『死神』 ヨミ
「―――でさ、ほんとしょうもない男だよアイツは―――ねぇカル、聞いてるの?」
「ん?あ、あぁ」
生返事を返しつつぬるいエールを一気に流しこむ。もうかれこれ三回以上は似たような話をレニが囀り続けている。そりゃ聞く気もなくなるだろ。しかもそれが他の男の話とか、それを何故俺に聴かせるのかが意味がわからない。
しかし、気づけばいつからかアーリーが居ないな。ちょっと休憩って言うには少し長すぎる時間だ。
マスターも気になっているのかチラチラ裏口の方をみたりしている。ぼちぼち見に行かないとダメかな。
まったく世話の係る奴だ、まぁいつもどうりと言えばいつもどうりなんだがな。
「全く聞いてないでしょ!」
そう言うやいなや、レニが俺の頬を抓る。
「あだだだだ!抓るな!悪かった悪かったから」
「まったくもう」
それはこっちのセリフだぜ。ちょっと考え事してただけで抓るとか。別に自分の女でも無いのに最近のレニはちょっと面倒だな、しかし一言一句聞いとかなきゃいけないもんかね、まったくもう。
「がははは、不満が顔に出てるぞカル~。コレクターも女には型なしだな、何だもう酔ったのか?」
デニスがジョッキを煽ると、いつものように笑っている。
デニスのジョッキ内は特別製の火酒で俺たちのようなエールでは無い。にも関わらずデニスはまるで水でも飲むかのようにゴクゴクと飲み干す。
「ぷはぁ~っ!マスターおかわり、ほらカル坊も呑め呑め」
「ほれ」と言うマスターの声と同時に火酒がジョッキで出てくる。注文もしていないのについでと言わんばかりにエールがジョッキで出てくる。
俺は立ち上がると同時にエールを受け取るとそのまま一気に流しこむ。
「ごくん・・・ごくんごくん・・・かぁ~っ」
「ん~トイレ?」
そう言いながらレニが身体を少し躱してくれる。
「ちげーよ・・・アーリー遅いなと思ってな」
「ふ~ん、アーリー大事にされてるわねぇ~」
なんだか恨めしそうにレニがこちらを見上げてるが無視だ。
「そんなんじゃねーよ、ったく・・・んじゃちょっと見てくるわマスター」
「あぁーちゃんと見つけて来といてくれよ、うちのどら猫」
「了解」
俺は軽く手を挙げるとバッカスを後にした。
外に出ると流石にもう夜半過ぎ、初夏と言えど少し肌寒い。
店の裏手に回ると真っすぐ伸びる緩やかな坂道が続いており、ぽつぽつと民家はあるが住んでるかどうかわからないぐらいに寂れている。
昼間はこの辺にも屋台がちらほら出たりする事もありそれなりに賑わうんだが夜になると途端にその空気感が変わる。
少し歩き出すと店の喧騒も聞こえなくなり次第に静寂が辺りを包む。
ふと夜空を見上げると半月程の月が辺りを照らしている。雲も出ているはずなのに月のひかりを浴びるのを嫌うかの如く半月の回りには一切の雲が無い。
「満月でもないのにやけに明るいなとおもったら、なんか変な空だな」
まぁいいや。
どうせアーリーの事だからいつもの広場だろうと思い広場の方へと更に足を進める。
アーリーはいつも何かあると決まってあの広場でめそめそしている。
昔よく皆で遊んだ場所だ。
俺、アーリー、レニ、後・・・・エルザか。
そういや、いつも無理やりお飯事させられてたな。って、今も対して変わらないか。
なんだか情けなくなってきた自分に肩を落とす。抓られた頬をさすりなが再び歩き出す。
「はぁ~っ、やれやれだ」
「コレクターは独り言が好き?それとも悩み事?」
唐突に掛けられた声。
坂道の先に一つのシルエットが浮かび上がる。
「・・・誰だ?今猫探しの真っ最中なんだ。急ぎじゃなけりゃ後にしてくれないかい?」
声からして女、それもかなり若い。10代半ばだな。背は低いが背中に長物を背負っているのがそのシルエットから判る。
「・・・・こんな夜中に猫さがし?コレクターは猫好き?興味津津」
声の主はすっぽりと頭からかぶった外套を風になびかせ背負った獲物に手を掛ける。
「いやいや・・・話聞いてるか?どこの誰だかしらないけど、ここいらじゃ可愛い女の子を苛めるのはベットの中だけって相場決まってるんだ、それにお嬢ちゃんじゃお外でオイタにはまだ経験不足だろ?っとっとと帰んな」
そう言いながらおどけたふりをして相手との間合いを図りつつも、そっと腰に刺したダガーの柄に右手を伸ばす。
「馬鹿じゃない」
冷めた声と同時に少女は背負ったソレをそのまま袈裟懸けに、何とも無げに振り下ろす。その様はまるで草でも刈るかの様な気軽さだ。
大きさを感じさせない速度で迫る相手の攻撃を俺はギリギリで躱す。鼻先を過ぎていく得物は夜を纏うかのようにすべてが黒かった。
躱し際に腰のダガーを抜き、そのまま攻撃に転じる。
一閃。
闇夜に煌めいたその刃は事も無げに少女の得物のの柄にて止められていた。
「っち」
「それはこっちのセリフ」
キツめの風が不意に吹く。
外套がはためき月明かりに照らされ露わになった少女と共に長い獲物もその姿を顕にする。
独特のデティールを持つ黒塗りの刃。その刃は確実に刈り取る為に作られた物。
大きく湾曲したその刃に続くのは長い長い黒塗りの柄。
おおよそ少女の背程もある大きな得物、死を連想させる髑髏が石突の部分に付いている。
『デスサイズ』
所謂死神の大鎌である。
独特のその得物を確認すると俺は大げさに今日一番のため息を付いた。
「今日はなんて厄日だ。昼は『蛇』に睨まれて夜は『死神』に取り付かれるとか・・・はぁ~おたくらイヤンテール商会はなんか俺に恨みでもあるのか?」
一度間合いを外し俺は大げさに肩をすくめてみせる。
「む?バレた」
「そりゃわかるだろ、大体世界広しといえど大鎌もった少女なんてそうは居ないよ、どんな物騒な青春送ってるんだって話だぜ。それにこの辺の連中はそんな少女を見かけたら大体ケツ捲って逃げ出すぜ、なんてたって大鎌を獲物にするって言えば大方の相場は――――『死神』だろ?」
軽口を叩きながらも俺の心臓は早鐘を鳴らしている。
そりゃそうだろ、こっちは酔っ払ってる上に武器は護身用のダガー一本。相手は十中八九イヤンテール商会副頭取『死神』ヨミ。その辺の三下とは訳が違う。実力も手管もわからない相手をするなんてのはかなりリスキーな選択だ。出来ることならこのまま挨拶だけして素通りしたい所だ。
「で?その死神様が俺なんかに何用で?こっちはちょっと野暮用で小憎たらしい子猫ちゃんを探しに行かないとダメなんだ。」
「ん、猫はいいもの、猫かわいい」
「ん?まぁそうだな・・・うちの子猫はどうせこの先の広場でいじけてるだけなんだけど流石に時間が遅すぎるからお迎えって訳なのよ」
「子猫イジケテル・・・」
何だかよくわからない返答だ、話通じているのか?
取り敢えずここは何とかやり過ごそう。
「いや、まぁ確かにそんな重大な用事かと言えば「わかった」――――え?分かってくれたの・・・助かるわ~」
どうやら何とかこちらの意思は伝わったらしい。どんな用事かしらないが後できっちり商会まで足を運ぼう。
構えた身体を戻し、警戒しつつもヨミの脇を抜けようとした時、突如目の前に黒塗りの刃が現れる。
「おととっとと、ってイヤイヤお嬢ちゃん?」
「猫イジメるのはイケない」
「ちょ、分かってくれたんじゃなかったの、かな!」
そう言うや、迫り来るデスサイズをダガーでいなすと同時に体を捻り即座に少女の脇をくぐり抜ける。
が、眼前にまたもや現れる黒塗りの刃。
「子猫に罪は無い」
「いや、なんの話!つか別にホントの猫探してる、わけじゃねー!」
そう言い放つと今度はデスサイズの柄を弾き、俺は突破を試みる。
すると壊れたおもちゃみたいに弾かれた鎌が俺の眼前にと戻ってくる。
なんだか弄ばれてる感が半端ない。
「む?猫・・・探さないのか?まぁもうどっちでも良い。ヨミ楽しい」
少女はそう言いながら軽く微笑む。その微笑みは子供が新しいおもちゃを与えられた時見せるものに似ている気がした。
「もう何が何やら」
俺はよくわからないやり取りにうんざりしつつ一度バックステップし距離を取る。
そして『死神』ヨミについてのうわさ話を脳裏に思い描く。
―――『死神』ヨミ
目を合わせると死ぬ。
話をすると首を狩られる。
黒装の少女が現れる所、必ず人が死ぬ。故に『死神』
刈り取った命は数知れず稀代の暗殺者と言われる黒髪黒目の少女。
この街の誰もが会いたくないと願う少女は身の丈を超える鎌を操り姉の為に今日も魂を狩る。
その死神の固有能力、所謂原典は「死が視える」と言うものらしい。
まったく、どんだけ殺すのが好きなんだ。
普通に俺会話してるし何度か目も合ってるわ、しっかしそんな曰く付きの少女じゃ誰もがお相手を御免被るのも当たり前か。
しかし今回ばかりはそうも行かない。
相手が何故か俺にご執心なのか、ほっといてくれなさそうだし。
アーリーはこの先に必ず居る。いつもの様にのほほんと夜空を眺めながらベンチに座っているんだ。
ともかくこのお嬢ちゃんを抜けないとアーリーの首根っこも掴めない。
「俺が探してるのはな、幼なじみの女の子だ。断っておくが本当の猫では無い、そしてこの先にある公園のベンチに座って恐らく俺を待ってるはずなんだ。だから嬢ちゃんがなんの用かは知らないが後にしてくれないかな?そもそも嬢ちゃんはなんの用なんだ?」
「ん?用・・・・ん~・・・・・・・・・・・何?」
目の前の少女はあざとくもピンと立てた人差し指を口元につけ困った顔をしながらいきなり考えだした様子だ。いやいや用事忘れるとかどんだけよ、もう用事もなくいきなり斬りつけてくるなんて只の殺人鬼じゃねーかって、この子「死神」だったっけ、もっとタチわりーわ。
「!思い出した、ヨミ門番」
「門番?」
「本日この先作戦実施中、何人たりとも通すことなかれ」
淡々とした口調で返してくるヨミ。小柄な少女は自身の背丈より長いそのデスサイズを片手で軽々と肩へと担ぐように構える。
「作戦?それって・・・「ヨミに勝てたら教えてあげる」」
唐突に少女が嗤う。
「フフ、もうコレクターは子猫探さないでいい」
「あん?それを決めるのは普通俺のはずだけど?」
ジリッっと地面から音が鳴る。スタンスを換え腰を低く落とし右手に握ったダガーを横引きに構え、身体の前へとそっと置く。
リーチ、装備、体調、何を取ってもいい所が無いがとっととこの現状を打破しないとな。
「でも探す必要は無いんだよ・・じゃっ―――いくよっ!!」
少女が言うや否や、唐突の連撃が見舞われる。その速度たるや、まるで熟練の剣士でも相手にしているかのようで決して長物のから繰り広げられる攻撃速度では無い。
「ちょ、ちょちょちょちょっと」
そのすべてを俺はダガーでいなし受け止め躱す。
普通長物といえばこの世界の常識では槍が最もポピュラーでその最たる攻撃方法は「突き」である。
払うことも勿論できるがやはり連撃となれば突きに限る。
しかしこの相対する少女は非常に稀有な武器「大鎌」で、しかもその攻撃方法は「払い」である。普通なら大振りに成るであろうソレを事も無げにこの少女は片手で扱う。
この細腕に一体どれほどの膂力を秘めているのか。
「ちょっと嬢ちゃん、非常識にも程があるっ、ぜい!」
「ん?ヨミは常識人・・・至って普通」
「いやいや」
「どちらかと言えばダガー一本でデスサイズを受けきるあなたがオカシイ」
「はんっ、どうでもいいがそろそろ向こうに行かせて貰うぜ」
そう言い放つと俺は再度ダガーで迫り来るデスサイズを受け流す。
それと同時に全身のバネを利用し一気に今度はヨミ自身にむかって走りだす。
ためらいすらなくダガーで突きを繰り出すが、これは恐らく避けられる。
躱してくるであろうと予測していた俺は腕が伸びきるその前に、ダガーのナックルガードに指をかけくるりとその刃の方向を変える。
握りを換え、避けた方へとダガーの刃が突き立てるように追尾していく。しかしそれすらも軽々とヨミは躱す。
正直こんな厄介な相手と最後までダンスを踊るつもりは毛頭ない。
ダガーではリーチが足りない。が、それはいつもの事。
俺はナイフ捌きと体術を駆使し見目麗しいこの死神へと肉薄する。
「くっ」
この距離を嫌がったのかヨミはデスサイズの中頃を両手で持つとくるりと牽制するかのようにデスサイズを回転させる。俺はわざと追い払うように横薙ぎにダガーを振るう。それと同時に左手を相手の死角になる位置へと持っていく。
予想どうりヨミはバックステップで距離を取りにきた。
先ほどまでなら安全な距離、そして自分の距離だっただろう。
だがそこはもう俺の距離でも在る。
「もらった」
そう言い放つと同時に俺は身体を捻り左手に魔力を込める。
左手の中に出現した投擲用ナイフを三本同時に投げつける。
3条の銀線が一直線にヨミへと向かう。
瞬時に回避行動を行ったのは流石と言えるが俺の狙いはヨミ自身では無い。
バックステップの着地と同時に放った攻撃だ。先程までの踊るような回避行動ではなく、大きく身体を崩しながらの回避。
この攻撃は所謂「デコイ」だ。
そして作り出したその姿勢。
この瞬間を狙っていた。
ヨミの羽織っている外套が地面に着く屈伸状態を。
このスキをつくべく俺は右手に在るダガーをスローイング。
そして同時に呟く。
「ヘイスト」
夜の静寂に力ある言葉が響き渡る。
それと同時に宙に放たれたダガーは放つとほぼ同時に地面に突き刺さっている。
倍速のアーティファクトによって高速化したダガーは柄の部分まで深々と地面に突き刺さり狙いの外套の端を縫い付けていた。
「ん、アレ・・・ヨミ・・・負け?」
外套が地面に縫い付けられた事によって身体が引っ張られうまく体勢を作れないヨミは恨めしそうにこっちを見ていた。
「ああ、嬢ちゃんの負けだ。それでなんで襲いかかってきた?」
俺は深々と地面に突き刺さたダガーを引き抜いてやる。
「それはアタイが教えてやるよコレクター」
女の声が静寂に響く
to be continued・・・・・
最後まで読んで下さってありがとうございます