『子猫』 アーリー
「いや~しっかし儲かった儲かった、ほら呑めよ奢りだぞ」
「要らないわよ、それにまだ仕事中です・・・んでー、あんたはそのお上りさんのお坊ちゃんを変態に捧げてきた挙句、金までそのお坊ちゃんから恵んでもらったて来たのかい?」
女は不機嫌そうにそう言うとドンッと音を鳴らし目の前のテーブルにジョッキが乱暴に置かれる。
乱暴にエールを運んできたのはここバッカスの看板娘アーリーだ。アーリーはオレがネイルに拾われてからの付き合いで幼なじみみたいなもんだ。
その幼なじみアーリーがなんだか非難するような目でオレを見ている。
「そんな目でみんなよって、大体遅かれ早かれあのままじゃ『蛇』に丸呑みにされちまってるさ」
「だったらあんたが助けてやったらよかったんじゃないの~?」
「んな事できるか正義の味方じゃあるまいし・・・」
コイツはいつだってそうだ。何故かオレに在り来りな『正しさ』って奴を求めてきやがる。自分勝手な理想なんかじゃ飯も食えないってのにな。
「あのなアーリーいつも言ってるがな・・・ここは楽園じゃないんだぜ、むしろ生き難い掃き溜めばかりの街だ。そんな中で甘っちょろい事ばっかり言ってると何時か痛い目合うのはお前だからな」
俺がそう言い放つとますますアーリーは不機嫌になっていく。
もうそろそろその視線で石化できそうだ。
あと少しで俺が石化の呪いにかかるって所でいつもの様に助け舟が入る。
「よせよせアーリー、カル坊の行動は避難されるようなもんじゃない。話を聞けばむしろ皆の事を思っての行動だ・・・まぁ金を貰ってくるのはどうかと思うが、この街では別段責められうような事じゃない・・・ガハハハッ」
バッカスのマスターハロイドが娘の想いを豪快に笑い飛ばす。
「パパ・・・でも「お~今日は蛇から金貨巻き上げて大量だってな~カルー」」
そう言いながらオレの肩にその太い腕を組んできたのはドワーフのデニスだ。デニスは陽気な奴で大体夜になるとバッカスで呑んだくれてる所謂常連客だ。まぁ、各言うオレも料理はからっきしだからいつもマスターとアーリーに世話になりっぱなしだ。
「おいおい物騒な言い方はしないでほしいなデニス、風聞ってもんがあるからな。あんまり蛇に睨まれると俺たちカエルは恐ろしくて身動き取れなくなっちまうぜ」
「くっはっは・・・違いねぇ『商会』は体質がねちっこいからな~流石のカイル・レントンも腰が引けちまうってか~」
「そんなんじゃねぇけどよ、まぁ・・・なんつうの・・めんどくさいのは嫌いなんだよ」
「ほう、まぁそう言う事にしておくか・・・まぁなにわともあれ呑むか!」
エールがなみなみと注がれたジョッキを俺とデニスの二人が掲げる
「よ~しそれじゃぁ・・・今日と言う一日に「「乾杯!!」」」
ガチンっと三つのグラスがぶつかり景気のいい音が鳴る。
「・・・ん?」
「あらぁ~アタイだけ仲間外れなんてイヤ~よ~」
そう言ってジョッキを片手にいつの間にかデニスの反対側から擦り寄ってきたのは娼婦のレニーだ。
レニーはオレやアーリーが小さい頃からずっと面倒を見てくれた俺達の姉みたいな存在だ。
もともとは穏やかな性格だったんだけどいつの間にか娼館に勤める様になっちまったみたいで。まぁ生きてくための術は人それぞれだから俺が何言うつもりも無いけど、なんというか娼館でレニ―と再開した時は最初その妖艶な雰囲気にレニーだと全く気づかなかったぐらいだ。
娼婦なんて仕事柄かレニーはいつもキワドイドレスをその真っ白な肢体に纏っている。そしてそのドレスのスリットから覗く足は酒場中の奴らがいつもチラ見してやがる。
いつの間にかレニーはジョッキ片手に近づいてきて身体を擦り付けるように密着してくる。そしてスルリと俺の腕に体ごと絡めてくるのだ。当然オレの腕には柔らかな双房が当たってくる。
「レニ、ちょ・・当たってるって」
「ん~・・んふ~・・・当ててるの」
「当ててるのって、ちょ・・・・」
別に女は嫌いじゃないし色事も勿論好きだがあんまり公衆の面前でと言うのは俺の趣味じゃない。
身動ぎして腕を抜こうとすると「別に良いじゃないの、減るもんでもないし~」とか言いながらレニ―は更に密着してくる。
「がははは、レニーよ、それは普通男が言うセリフだぞ」
隣でその様子を見ていたデニスが豪快に笑っている。
何か言おうとこちらを見ていたアーリーだがレニーの乱入で関心は別のところに行ったみたいだ。
しかしながらアーリーの視線が先ほどとは違う意味で痛い。
「まったく・・・ほんと人の気も知らないで・・・」
◇◆◇◆◇◆◇◆
薄暗い部屋にヤコブは片膝をつき主である『女帝』アンリ・イヤンテールに事の経緯を報告していた。
今日起こった事を飾ることはなくありのままに。
「~でコレクターが逃げよ~うとする・・・ターゲットにぃ~一撃~入れてぇ~それを~こっちがぁ捕獲したぁ~んだ」
「―――でお前はおめおめ半端野郎に助けられて商品傷物にされて、ソレをこのアタイにわざわざ自分から報告しにきたのかい・・・いい度胸だ死―――」
「あ~ね~ごぉ~・・・ちぃ~っと落ち着けぇ~・・・まだ話は~おわってねぇ~」
いつの間に抜いたのであろう・・・ヤコブの首筋には今冷たく底冷えするような悪意が押し付けられていた。押し付けられているソレは女帝アンリ・イヤンテールの愛刀菊一文字であった。
鈍く光る鋼の刀は今にもヤコブの首を落とさんとせんばかりの輝きを放っている。
しかしながらヤコブは微動だにせずアンリを視る。
その冷たい仮面の下の素顔を見通すかのように。
アンリが自分を切らないと知っている。いや・・・切らないことを切望しているのか。実際もしこのまま刀が自分を切ったとしてもソレはソレで自らの価値がなかっただけの事。
いつも独自の道を進む『女帝』事アンリ・イヤンテール。
その字にふさわしくその性格は苛烈で自由奔放。誰にも屈せず誰にも媚びない。孤高の在り方を示し行動するアンリに自然と付き従う者が集まった。
またこの国でアンリの名を直ると言う事の意味を知らない者は居ない。
そんなアンリを慕って集まったのがこのイヤンテール商会の成り立ちでもあった。故に商会メンバーのアンリに対する忠誠心は絶大で自身の命を掛けれる程にはある。そんなアンリに番頭まで任されているヤコブがここでアンリに切られる訳はない。
結果は火を視るより明らかである。
静寂の中どれ位たったであろうか、首筋に当てられている重圧が不意に外れた。
「はぁ~あんたほんといい度胸だね・・・普通ここはみみったらしく許しを乞う所だぞ・・・・それで・・・結局の所ヤコブ、あんた何掴んだのさ?」
「結果からぁ~言うとぉ~・・・『収集家』・・・・は治癒術を使う」
「!!」
「確かに、この~目で傷がぁ~治るのをぉぉ・・・観た・・・しかぁ~し、治癒魔術かどうかはわからない・・奴はぁ~・・・恐らぁ~く、ポーションを触媒にぃ~何かを行ったぁ~」
「確かに・・・傷は治ったんだね?」
「嗚呼ぁ、物の数秒でぇ~、頬の腫れがぁ~引いたぁ・・・しかしぃ~あの巻き戻るような治癒速度、あれではまるで・・・『神の奇跡の代行者』級だぁ~」
「!・・・詳しく話な」
ヤコブはにやりとほくそ笑む。
やっぱりこの情報はアンリが必要としているものだった。アンリはあまり自身の事を話さない。が、前々から治癒術使いを探していたのをヤコブは知っている。しかもなぜかアンリはコレクターに前々から興味を示している。その両方が絡まった情報だ、アンリが必要としない訳はない。
ヤコブは自分の予測が正しかった事とやはりアンリに必要とされているその事に嬉々とし今日自身が見てきた事の続きを話しだす。
「・・・魔術とは考えにくいか・・・だが・・・アイツに・・・しかし・・・」
さっきまでの鬼の形相はどこえやら・・報告を聴いたアンリは急速に思案に更けていった。
だがヤコブは微動だにしない。
もうすぐ何かしらの司令が下るであろうから。
一度思想に更けるとアンリは必ず何かしらの答えを出す。否、答えを出すまで思想に更ける。故に迅速にその答えを現実のものとするためにヤコブは待つのであった。我が主のために・・・自らの・・・のために・・・。
「―――ヤコブ」
「へい姉御」
「『収集家』をココに連れて来い」
「直ちに」
◇◆◇◆◇◆◇◆
忙しい夕飯時を終えて裏通りの酒場兼食事処の『バッカス』は落ち着きを取り戻しつつあった。
ガチャガチャと食器を洗いながらアーリーは依然「まったくほんと・・」などとプリプリとしていた。
「なぁ~アーリー、その・・・なんだ・・・怒るのは良いが、食器割らないでくれよ」
「怒ってなんかい・ま・せ・ん!!」
「ほんとカル坊の事になるとわかりやすいなぁ~」
「パパ・・五月蝿いよ」
「あ、はいすいません」
あまりのアーリーの迫力に流石のハロイドも押し黙る。
アーリーの視線の先にはレニを侍らかせ、後から合流していったバッカスの常連客達と飲み明かすカルの姿があった。
「はぁっ・・・ダメ、パパちょっと休憩してくる」
「ああ、あんまり遅くなるなよ」
「風が気持ちいい」
アーリーは昔から幼馴染|4人≪・・≫でいつも遊んでいた広場に来ていた。
昼間なら子供達がいつも遊んでいるが今の時間は流石に誰も居ない。
日は沈んでるが小高い位置にあるこの広場にはいつも月明かりが差し込んでいる。
今日の夜空は雲がのっぺりと横たわり恥ずかしがり屋の月を雲が覆い隠していて朧月夜でいつもより少し薄暗い。
何だか今の私の気持ちみたいだ。
気分がすぐれない時はいつもココに来る。
別にココに来たから答えが出るわけじゃないんだけど何だか少しホッとする。
きっとこの広場には私はいい思い出しか無いからなのかもね。
アーリーはいつものベンチに座っていた。
子供の頃からずっと座るベンチはこの場所、そういえば座る場所でカルと喧嘩したこともあったね。
目を瞑れば4人で遊んでた光景が今でも蘇るよ。
私、カル、レニ姉、エルザ4人いっつも一緒だった。
男の子はカルだけで自分は他の遊びをしたいのに優しいからふくれっ面しながらお飯事に付き合ってくれていて、昔は優しくてかっこよかったのにね。
エルザ、カルは変わっちゃったよ。
昔は誰だろうが間違ていると思えば立ち向かっていってた。
絶対勝てないのにいじめっ子のバイン達に一人で向かって行ったり、小さい子を守ったり。
小さい時のカルの口癖は「俺は絶対騎士になる!」だったよね。
笑っちゃうよね。
それが今じゃ盗賊崩れだよ。
きっとエルザが今のカルを見たら幻滅するよ。
そりゃぁアノ事は皆ショックだったよ。
でもアレは誰が悪いとかじゃないんだよ。
それなのにカルはきっと自分の責任だと思ったんだよね。
でもそうじゃないんだよ。
「家」がなくなってみんなバラバラになってアレからなんだかみんな少しづつおかしくなちゃったんだよ。
私はパパに拾われたからよかったけどあんなにおしとやかだったレニ姉は娼婦になっちゃったし、カルはネイルって盗掘屋に拾われて今じゃチンピラみたいだし、いじめっ子のバインはいつからか行方不明、昔は毎日バッカスにご飯食べに来てはカルと喧嘩してたのに。
カルは最近この街でちょっと名前が売れ出して調子乗っちゃってるみたい。
馬鹿みたい。
収集家とか言われちゃってさ。
なによ収集家って、意味わかんないし。
今のカルはかっこわるいよ。
でもちゃんと言えないあたしも・・・かっこわるい。
ねぇエルザ私どうしたらいいんだろ?
レニ姉は何だかカルにちょっかい出してるし。
私の気持ち知ってるのに・・・レニ姉は意地悪だ。
私だって・・・・本当はもっとカルのこと・・・・
ぶんぶんぶん
思考を振り解くようにアーリーは自分の頭を振り回す。
「何考えてんだろ・・・アタシ」
空を見上げるとあれだけ月を隠していた雲はなくビロードの様な夜空に大きく三日月が輝いていた。
私は月が好き。
夜空に輝く月を見ると何だか頑張ろうって気にさせてくれる。
「よいしょ、頑張らなくちゃ」
結構休憩しちゃったし、早く戻らないとね。
ベンチから立上ろうとした時不意に背後から足音が聞こえた。
きっとカルね。
パパかレニ姉に私の帰りが遅いからちょっと見てこいって言われた来たって所ね。
後ろかこっそり近づいて来るなんていい度胸ねカルの奴、逆に脅かしてやろう。
アーリーはほくそ笑むと背後から近づく足音に耳を傾けていた。
不意に一陣の風が広場を駆けた。
「きゃっ」
突然の風で舞い上がった砂埃が目に入ってしまった。
アーリーはおそらくすぐ近くに居るであろうカルに声を掛ける。
「あ、カルちょっとまってね、目に砂が入っちゃって・・・せっかく逆におど」
目をこすり振り向いた先に居たのは予想したカルではなかった。
「残念」
冷たい声が広場に響く。
to be continued・・・・
最後まで読んで下さってありがとうございます