『蛇』 ヤコブ
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ちなみに題名は何か良いのが思いつけば変更します
「に、兄さん!!助けてよ!」
悲壮感漂わせながらいっぱいいっぱいの顔で件の少年が俺の腰だめ辺りに抱き着いてくる。
不意を突く出来事だったが俺は冷静に対処した。
「誰が兄さんだぁ~このぼけぇ~~!!」
すかさず俺は少年の頬に右拳を捻り込む。コークスクリューチョッピングライトだ。少年はぶふぇらっ!等と意味不明な言葉を発しながら床で寝転んでいるようだ。
ぴくっぴくっと痙攣を繰り返す少年を一瞥すると俺はイヤンテールの一味を覗き見る。やつ等はあまりの展開についていけていない様子で呆然と床でひくついている少年を見ていた。
その隙を見逃すほど俺はそんなに甘くない。
「あ、それじゃお邪魔しました」
軽い口調でそう言うと、シュタッ!という擬音が聞こえそうな程高速に右手を自らの前に出し「あ、ども」って感じで俺はその場を抜け出した。いやはや世の中低姿勢って大事だなとつくづく思う。
ふむ。
ちょろいぜ。
「いや~いやいや、待てよ待てよ~『収集家』・・・人の獲物に手~だすったぁ~一体ど~言う~了見だい~?」
どうやら隙は突けなかったようだし、やっぱり世の中そんなに甘くはなかった様だ。
「はぁ~」
その予想通り過ぎる文句に俺は嘆息すると声の主である「イヤンテール商会」番頭の一人ヤコブの方を向く。
『イヤンテール商会番頭 蛇のヤコブ』
そのしゃべり口調から想像出来るようにコイツは糞粘着質で有名だ。
裏通りじゃ危なすぎて誰もが避けて通る様な人間だ。
正直俺も係わり合いにはなりたくない。裏通りなんでもランキング、略称裏ランで友達になりたくないランキングトップ3に毎年必ず入るって強者だ。
字でもある蛇の由来はヤコブのその細身で長身、蛇のような容姿から取ったと言われているが、その噂を流したのはヤコブ本人らしい。元来字とは強者のみ持つ事のできる二つ名。自ら名乗るものではない。
そんなことはこの裏通りの人間なら誰でも知っている。普通なら自ら字を名乗る等実力を謀る様なものなので、ばれれば逆に侮られてしまう。
しかしながらヤコブは実は蛇蝎剣と呼ばれる魔剣の名手であり、その実力はこの裏通りで上から数えたほうが遥かに早いと言われるほどの腕前らしい。
しかも自ら字を名乗ったと、噂を流して人を油断させ絡んできた奴らを悉く陥れていったと言う逸話がある。その暴力的な容姿からは想像しにくいが意外に知性派で抜け目が無く、様々な策略謀略を使用する。
その上行動力も暴力的でどんなに困難な『仕事』でも全てを丸呑みにしてしまうが如く遂行する。
故にヤコブは未だ蛇と呼ばれている。
で、そんな『蛇』がどう言う事か俺に因縁をつけて来ている。
おおかたこの少年をどっかの変態にでも売る算段でも付けていたのだろう。人身売買なんてクソッタレだがこの世界ではそれすらも飯の種だ。勿論奴隷制度もある上にかの『青い血』の方々等は平気で性奴隷を買い求めたりする。話がそれたな・・・。
こう言っちゃ~なんだがヤコブの奴が呼ぶように俺にも『収集家』と言う字が存在する。
最初に誰が呼び始めたかは知らないが字が在ると言う事は良くも悪くもここ裏通りでは俺もそれなりに有名人だ。
そんな有名人同士が揉め事を起こすと碌なことに成らないし、ここにはそういった揉め事を起さないように暗黙のルールが存在するのも事実だ。
実際にヤコブ要するイヤンテール商会には頭取の『女帝』イヤンテール、副頭取の『死神』ヨミ等字持ちと呼ばれる実力者が多数在籍する。しかしながら反勢力である筈の『ギルド』の字持ちが実際に対立した等ここ数年聞いた事がない。
なぜかと言われれば様々な理由が多すぎてシガラミとしか言えないが、それ以上に直接対決などせずとも周囲の風評が地位を決める。そんな風土が此処には古くから在るらしい。
対立派閥と言えど貴族等から見れば俺らは等しく王都に巣くう害虫で在ることには変わりない。足並み揃わぬ害虫など容易な討伐対象にしかならないからな。どんなに気に食わなくてもお互いが、自分の身を守る為に利用しなければいけないのだ。
それにしても、あまりずっと訝しげな顔をしているわけにもいかず取合えず俺は何かしらのリアクションをしなければならない。無視なんてしたらきっと最悪だからな。
「いやだなぁ~手を出すだなんて人聞きの悪い、獲物があまりにも粋が良い様だから俺は『蛇』の旦那にお手伝いがてらちょびっと弱らして返しただけですよ」
「ははは」と俺は友好的かつにこやかな態度を崩さずヤコブに返す。
「言うねぇ~、ハグレ風情がよ~・・・このヤコブ様のお手伝いってかぁ~~・・・ぁあ゛ん?」
両の手をポケットに突っ込んだまま長身のヤコブがその体ごと捻り込むように俺の目の前にそのイカツイ顔を持ってくる。
「ええ、それに俺の専門はご存知の通りギリですからね、他人様の得意分野に土足で入り込めるほどの根性は俺には持ち合わせていないんでね」
ヤコブの顔がかなり近いがその程度の脅しで怯むほどコッチも柔じゃない。
微動だにせず俺は飄々とヤコブをかわす。
「はんっ・・・まぁ~いい、仮に~手伝いだったとしようじゃぁ~ないか・・・兄弟・・・」
「(誰が兄弟だよっ!こんないかつい兄弟欲しくないわ!!)」
ついつい心の中で突っ込む。
「だがぁ~・・・手伝いにしちゃ~・・・失敗だったなぁ~~~~~ぁあ゛あ゛ん?」
ヤコブのイカツイ顔が更に近づいてくる。しかも何を優位に思ったのか気持ち悪いぐらいドヤ顔だ。
このまま行くと違う世界に逝きそうなのでさすがの俺も軽く身を翻す。
「失敗だなんて大げさなぁ、ちょっと血反吐巻き散らかして床に転がってるだけじゃないですか、きっと使い道は色々とありますよ『蛇の旦那』」
兄弟扱いは嫌なので蛇の旦那で微妙に拒否ってみる事にした。
ちょうど床に寝そべる少年がピクリ、ピクリと痙攣を起こしている。
そしてその頬は早くも赤く腫れ上がりだしていた。
「それがダメなんだよぉ~・・・『お客』から傷一つ付けるなって要望でなぁ~・・」
「(はぁっ!知るかボケっ!!)」と言う心の声を冷静に胸にしまいつつ俺は思案する。
ん~・・・どうしようかな・・・。
このままヤコブ等を適当に煙に撒いてこの場を去る事はなんとか出来るだろう・・・多分。実際取り逃しかけた非は向こうにあるし俺ははっきり言ってただ巻き込まれただけだからな。まぁ反射的にかなりいいパンチ入れちまったけど、それはご愛嬌だ。まぁでもきっとヤコブ達は『お客』に報告するわな。普通の客ならいいまだいい。それこそ客どころか『女帝』の耳にでも入れば俺どころかネイルひいては『ネスト』の関係ない奴らまで絶対に巻き込まれる。
なんとしてもそれだけは避けたい。
あんまり『商売の種』をひけらかすのは好きじゃないんだが・・・この際仕方ない。
「なるほど・・・・まぁ、あれだ。要するに傷が無ければいいんだろ?」
ヤコブの「ぁあ゛あ゛ぁん?」と言う声を無視し俺はさっき高級商店街で買ったばかりの品物を腰のマジックバックから取り出し下品な包装を破くとフラスコ管に入ったポーションが姿を現す。
「おい!お前、ポーション程度振りかけて傷直しましたとか言うんじゃね~だろ~な!こいつはこれからすぐ納品するんだからよ~回復待ちの悠長な時間なんてね~んだぞ!」
今まで黙っていたヤコブの取り巻きの一人が結構な勢いでこっちににじり寄ってくる。
まったくこいつらは全員『人と喋る時は相手の顔が20センチ以内にいないと普通に喋れない病』かなにかか!
「ちけーし邪魔だつーの、黙ってみてろ三下」
「てめぇっ!「黙れ」・・・ウス」
ヤコブにどやされ黙る取巻きだが・・・ヤコブ滑舌よく喋れたんだな。とどうでも良い事に少し関心してしまったが中断しかけた作業を俺は再開する。
「人のぉ~手下ぁ~三下呼ばわりぃ~・・・したんだ、傷がなくなら無ければ分かってるよなぁ~~ぁあ゛ん?」
俺はヤコブの文句を聞き流しながら少年の頬にライフポーションを掛け流す。
ポーションは普通患部にかけると体内にある魔力に働きかけ自然治癒力を上昇させる効果を持つ。
その効果の程は通常のライフポーションで切り傷程度なら1時間程度、深く肉がえぐれたり間接を捻挫したり等治りにくいものなどは1日~3日程度掛かると言うのがこの世間一般の常識である。
熱風邪のような病気にも有効でその場合は飲用すればそれなりに効果が見込める。ただし味は糞不味いが。ちなみに今回みたいな打ち身程度なら3時間ぐらいが相場だ。
ちょうどライフポーションを一本使い切ると俺は灰色の髪を掻き上げ右耳のピアスを軽く触る。全身を魔力が巡りアーティファクトへと魔力を注ぎ込むと俺は対象を認識、固定する。
「ヘイスト」
俺が『力ある言葉』を小声で呟くと腫れ上がっていた少年の頬はものの数秒で、みるみる内に元通りになっていった。まぁこれぐらいそこそこ治癒魔術が使えれば誰だって出来る芸当だ。ただ・・・その治癒魔術使いはそれなりに珍しく治癒魔術のレベルによっては『聖女』だの『大神官』だの大仰な字がつくことになる。しかも一般市民には治療の代価が高額すぎて治癒魔術を目にせず一生を終えるなんてのもざらだ。
ちなみに俺が行ったのは勿論治癒魔術なんかではなく古代王国期あたりのアーティファクト『倍速のアーティファクト』だ。効果の程は見ての通りで、『物体の力等を速くする』という能力がこのアーティファクトには込められている。さっき使ったポーションの場合は治療する効果を速くする、といったモノだがその他にも色々応用が利く汎用性の高い俺の手持ちで最も役に立つアーティファクトだ。しかしながら効果範囲が極狭いのが玉に傷だ。
「ま、ざっとこんなもんで・・・あぁ、後治療費はもらっとくぜ」
そう言うと俺は少年の腰袋の紐をナイフで切断し、呆然とするヤコブ等一味を尻目にその場を立ち去る。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「・・・っおい!何時までぇ~・・ぼけっとぉ~つっ立てるんだぁ~お前らは~~さぁ~っさと仕事しろ~・・・それとも何か~ぁこのまま永遠にそこ~立っておきたいのか~~ぁあ゛あ゛ん!!」
「ひっ・・あい!了解です」
上ずった声でそう答えるとモヒーとアンソニーはターゲットの少年を用意していた縄で縛りあげ、大柄なアンソニーが肩に担ぎあげ約束の場所へと向かう。
「後はぁ~頼んだぁ~ぞ・・・俺は用事がぁ~できた・・・・クフフ・・・」
二人の部下にそう告げると俺は「イヤンテール商会」に帰る事にする。さっきの一件を姉御に報告しておかないとな・・。
それにしても『収集家』か・・・おもしろいなぁ~・・・アイツ
この裏の界隈には大きく分けて4つの勢力がある。最大勢力『ギルド』、それに唯一対抗できる俺達『イヤンテール商会』そしてハグレ者達の巣窟『ネスト』あと第4勢力・・・有象無象のその他程度だが勢力というにはまだ纏まりがない。しかしながら数だけは半端なく多いからなんとも言えない。
ヤコブには戦闘狂の毛がある。それが故に姉御こと『女帝』アンリ・イヤンテール言い含まれている命令があった。確かにヤコブはかなりの実力者だしその実力はこの界隈で上から数えたほうが早い程だ。だがまだまだその程度って事でけして最強とか言われる程でもない。故に他者と安易に戦ってはいけないと言い含められている。特に『原典』と呼ばれているスキルを有する存在と。
『原典』
それはこの世界で生きるものなら知らぬものが居ないと言われるスキル。
このスキルの特筆すべきは個人の力の異様性とでも言おうか・・・戦闘力、魔力、知力、判断力、情報収集能力様々な力があるがこの世界にはスキルと言われる技能が存在しており、その能力は様々だが基本凡庸製が高くある程度の修練を積み必要な最低限の才能さえ有れば習得出来ると言われている。
しかし『原典』は違う。
元々生まれ持った者、突如発現する者、生死の境を彷徨い手に入れた者等、取得方法は様々だが一様に言えるのは異様。
なにが・・・・と言いたくなるがあまりにも異様で突飛な能力が多いのだ。
この裏通りで最も有名な原典が『皇帝』
現最大勢力「ギルド」率いるレッド・D・エイランの原典だ。その能力は自分の配下の数に応じて自身が強くなるといったシンプルなものだ。しかしながらシンプル故に最強。「ギルド」の構成員はゆうに100名を超えている。
1+1はたかが2でも1に100を足せば101となる。
その101の脅威を知らない人間はここいらにはいない。
そしてもう一人有名なのが『不死者』ネイル。
ハグレ者どもの巣窟『ネスト』の代表格であるネイルのその原典と思われるのは字の由来そのまんま『不死者』らしい。
どんな困難な状況下にあろうとも必ず生還する事からそう言われてる・・・・が、その能力を見たものは居ない。なぜなら発動時と思われる時には決まって自分だけ生還している。・・・だかららしいと言う事だ。
と言ったように、恐らくこの原典を持つであろうと思われる者達がこの界隈では少なからず存在する。
世界的に見ても歴史的に見ても、希有な能力とされる原典がこの街では何故か多く見られる。
その理由は王国建国の際まで遡り、魔女の呪いとも聖王国の誉れとも言われているがその理由を知るものは今の時代には存在しない。
この原典持ちの人材を多く輩出してきたことから聖王国は他の国を圧倒し大陸一の強国となったと言われている。
それにしても『収集家』カイル・・・。
『不死者』ネイルが唯一信頼している相手と言われ、若くして『ネスト』の代表格の一人だ。
盗みのプロフェッショナルと言われている『収集家』はそこが何処であろうと忍び込み、必ず目的の者を盗み出すと言われている。
盗られた方は何時盗られたかも気付いていない事が多い、よって誰に盗られたかも気付けない。
その能力の幅は広く、多種多様を極めると言われている。
恐らく何かしらの原典を持っている可能性が高い。
新進気鋭の新人として今この界隈でもっとも注目を浴びているのが『収集家』カイル・レイトン
しかもその能力は謎。今回その一端をヤコブは覗き見た。
収集家』の由来はその能力の幅・多さから来たものであると言われている。
ヤコブは『収集家』に関するある噂を思いだしていた。
曰く『収集家』はナイフ使いである。
曰く『収集家』は変装の達人である。
曰く『収集家』は軽業師である。
曰く『収集家』は奇術師である。
曰く『収集家』は百のスキルを持っている。
そして新たに・・・『収集家』は治癒師である・・・か。
これだけ謎が多いスキルは現存しない。
そしてこれだけ幅広くスキルを取る人間も普通ならば存在しない。
ならばと人々は口をそろえて言う。
『収集家』は原典持ちだと。
取り敢えず姉御に事の流れと収集家の能力の報告だ。
姉御は何故か収集家にご執心だからな・・・・。
まぁいい・・・どうせいずれ・・・
「嗚呼・・・『収集家』・・・・喰っちまいてぇ~なぁ~あぁ・・・うめぇ~んだろうなぁ~・・・クフフ・・クフフフフフ・・・・」
夕暮れの裏通り、ヤコブの嗤い声が静かに響き渡る。
to be continued・・・・
最後まで読んで下さってありがとうございます