命日と誕生日 伍
肩までの白髪を同じ長さに切り揃え、紅色のカチューシャを着けた少女。右眼の下と首には、鎖のような刺青がある。頭の上でぴょこぴょこと動いている獣の耳と、どうなっているのか、セーラー服の背面から突き出ている毛並みの良さそうな尻尾も、頭髪と同様に真っ白だった。
「ううん、“見越し入道”ってヤツかしら。見越しても見越されてもいないけど」
髪を弄りながら呑気に状況を確認する少女。
そこに、いつの間に現れたのか、人影がもう一つ。
「ってかほぼ鬼だね、アレ。巻物とかに描かれてる方の」
セーラー服の少女よりも五、六センチ程背が高い、腰まで届く白髪をいくつかの三つ編みに分けた少女が言った。この少女にも獣の耳と尻尾があったが、セーラー服の方とは違うもののようだった。そしてやはり、右眼の下と首に鎖の刺青がある。
彼女は長い髪を無造作に掻き上げ、頭頂部の獣耳を手で軽く払うと、大きく伸びをした。
「うーん、呼ばれて来たはいいけど……あたしたち、必要かなぁ。なんか一人バトってるし、もう帰っていいんじゃないかな?」
「私もそうしたいけど。でも今戦ってるヒト、見たことないわね。……部外者だったら面倒だし、後で怒られるのは嫌よ、流韻」
「えー、大丈夫だよ。記が何とかしてくれるよ、お姉ちゃん!」
だから帰って一緒にお風呂入ろー!とセーラー服……“姉”に抱きつく流韻。それを聞いた県庁の三人が、現状も忘れて耳を疑った。
確かに頭髪の色は同じだし、よく見れば目鼻立ちも似ていなくはないが、姉妹だというのであれば、どう見ても流韻が姉にしか見えない。
それに、その“面倒”の処理をさせられる記という人物が不憫でならない。
流韻が姉の尻尾を弄ろうとした時、数十メートル先で爆発音が響いた。
「ぐっ……!?」
「何……?」
爆風が周囲の瓦礫を吹き飛ばしていく。それが、ただの人間でしかない無防備な県庁の三人に、さながら砲弾のように襲いかかる。数キログラムのコンクリの破片が、頭を砕こうと──
「猛き焔よ、天を焦がせっ!」
その声とともに、肉片と血飛沫を求めていた瓦礫の砲弾は、一瞬にして鮮やかな紅色の炎に包まれ消えていった。かろうじて残った砂つぶのような欠片が、小さな音を立てて地面に落ちる。
“姉”は服についた埃を手で払い、三人の無事を確認すると、大きく溜め息を吐いた。
「訂正するわ、流韻。こっちの方が何百倍も面倒な気がする。帰りましょう」
僅か数十秒で意見を変える。げんなりとした表情をしているところを見ると、本当に面倒らしい。
対照的に満面の笑みを浮かべた流韻は、爆発の中心地──結がいるところを見た。見越し入道はさらに多くの血液を失っているらしく、アスファルトには赤紫色の染みが広がっていたが、その顔には全く変わらない、歯を剥いた笑顔があった。
結は無傷のまま、無表情のまま、ただ佇んでいる。
「うん、あたしたちはお呼びじゃないね。呼ばれたけど!さ、お姉ちゃん、行こ!」
自分よりも身長の低い姉の腕に抱きつき、デレデレと緩んだ表情を見せる流韻。そのまま立ち去ろうとする二人を呆然と眺めていた中間管理職が、我に返って慌てて止めに入る。
「ちょっと待……いや、お待ちください」
「「ヤだ」」
「は?あ、おい!」
無視してスタスタと歩き続ける、獣耳と尻尾を持つ白髪の二人。中間管理職は二人の前まで回ると、先程よりも強く制止した。
「あなた方は最小限の被害でアレを何とかするのが仕事でしょう!あの、周囲を気にせず物を壊し続けている黒髪の娘も既にそちらの監視下のはず、速やかに対処して頂きたい!」
「……超常廳の、監視下?」
姉は中間管理職を一瞥すると、頭を巡らせて結を見た。ちょうど見越し入道が結に飛びかかり、結がそれに巨大な岩をぶつけて凌いだところだった。
(岩……?さっきの爆発はあのヒトがやったんじゃないのかしら?それに、金属みたいな物を操っているように見えたけど、どんな能力を──……?)
口元に手を当てて結の能力を分析する。爆発、金属、岩──……だが、どれもバラバラに思えて、共通点を見つけることはできなかった。超常廳に所属していれば嫌でも様々な異能の力を目にするし、事実強力な力をもった廳のモノもいる。しかし、彼女のそれは度を越しているのではないか。
思考がそこまで行き着いたところで、姉はまあそういうこともあるか、と割り切った。そういう特殊なモノには心当たりがあったのだ。何事にも例外はある。
彼女が驚いた点はもう一つある。中間管理職が結を超常廳の監視下と言ったことだ。彼女と流韻は今日偶々この地区に派遣されてきただけで、新人が来るとは聞いていないし、そもそも県庁の人間が護送しているくらいだから尚更自分たちとは関わりのない人物だ、と納得していたのである。だがどうやらそれは誤りのようで、あの黒髪の少女は廳の新顔か何からしい。それ以外で県庁の人間が直接人外と関わることは、危険だという理由から殆どなかった。重大な超常事件になればなる程、警察を含め超常廳以外の組織が出てくることはない。
さて、どうしたものかと頭を捻り、ハッと何かに気づく姉。何事かとその場にいた全員が息を呑み、彼女の言葉を待つ。
「──どっちにしても私たちには関係なかったわね。他のヒトが来るだろうし。流韻、帰る──あ、ヤバ、」
「「「「え?」」」」
流韻と県庁三人組の声が重なった──その、瞬間。
一帯に、先程にも増して盛大な爆発音が響いた。