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地ノ震迷、天ノ黄昏  作者: 日仁希瑠
KNOCKIN’ ON PARADISE DOOR
5/23

命日と誕生日 肆

 鈴の音は次第に大きくなっている。しかしこれは、現実で鳴っているものではない。

 昨日──異能者として覚醒した時も、同じ音が聴こえていた。これが結の異能によるものなのか、或いは全く別の何かなのかはわからない。結自身、覚醒した異能のことなど殆ど知らないのだ。

 だがそれでも、感覚的に理解する。

 これは(・・・)自分ではない(・・・・・・)

 五感に集中力を傾ける。するとまた別の、しかしこれは覚えのある音が引っかかった。チリチリという、遠くで鈴を鳴らしているような音。腕輪からだ。二つとも全く違う音なのに同じ物で喩えるなんて、と結は可笑しくなった。

 視界の端で数台の車が衝突し、乗っていた家族や恋人がこちらを見て慌てて逃げ出す。

 見越し入道の牙が迫る。結はふと、伝承にこんなことあったかな、と場違いなことを考えた。確かに人を喰いちぎるのならそれなりの(モノ)があって然るべきなのだが、これではまるで鬼ではないか。

 そこで、妙に落ち着き払っている自分に気づく。つい先程まで怒りが身体のを支配していたというのに、周囲の状況を分析することができる。

 ──チリン。

 耳のすぐ側で、澄んだ音が響く。誰かを呼んでいるかのように。

 (……誰?)

 答える声はなく、代わりに二度、チリン、チリンと音がした。




 「──え?」

 その一瞬、結は深い森の中にいた。前後左右のみならず、張り出した枝に茂る青葉が頭上を覆い、地面には細く刀のような雑草が隙間もなく生えている。結を囲む木々たちは不思議な魔力でも宿っているかのように瑞々しく、風に揺られて葉を擦る様は、静かな曲を奏でているかのようだった。

 静かな──そう、唯一の違和感は、この森が静かすぎることだった。

 獣が通った跡もなければ、鳥の羽音も鳴き声も、それどころか昆虫一匹見当たらない。

 ただただ、風だけが何かを呟いている。

 チリン、と背後で鈴が鳴った。驚いて振り返るのと、華奢な女性の姿が白に溶けていくのはほぼ同時だった。

 「──っ!あなたは──……!?」

 無意識のうちに、結は叫んだ。だがその声は海の底で聞いているかのようにくぐもっていて、自分でも何と言ったか聞き取れなかった。それ以前に、何故叫んだのかすら理解できない。

 心臓を掴まれたように、胸が痛んだ。

 完全に白一色の世界が訪れる直前、耳元で小さく、はっきりと鈴が鳴り──

 「往きなさい。自ら選んだ務めを果たしに──……」




 ガキン、と何かが強く金属にぶつかる音がした。数瞬遅れてから、見越し入道が悲鳴を上げて仰け反る。

 「っ、馬鹿な……!」

 そう叫んだのは中間管理職だ。当然だろう。彼は今、“絶対にありえない”──否、“絶対にあってはならない”光景を目の当たりにしているのだから。

 なす術なく殺されるはずだった黒髪の少女はしかし、無傷のまま、数歩先で呻く見越し入道を眺めていた。

 少し離れたところにいた県庁の三人は、見越し入道の牙が結の首に突き立てられる寸前に起こった出来事を認識しながらも理解できない。数秒遅れてから、掠れながらも、運転手が何とか今見た事象を言葉にした。

 「あの女、腕輪を……封印を、なんでもないように……」

 「壊し、た……?」

 そう──幻覚のような森と女性を見た直後、結は身体に纏わりつく倦怠感や奇妙な痛みが消えていくのを感じ、衝動と防衛本能に導かれるままに異能を発現させた。その時、既に彼女を封じる力がなくなってしまっていたらしい腕輪は、いとも簡単に砕けてしまったのだ。

 本来ならば、こんなことはあってはならない。装着者の遺伝子情報などを瞬時に解析し、腕輪を着けている間は超常のモノが人間にとっての脅威でなくなる──それが“封呪の腕輪”の効果であり役目だ。しかし、“妖怪(じんがい)”の中でも最も強大な力を持つとされる異能者に対して腕輪が無力であったならば、最悪の場合──狭い島国である日本は、壊滅してしまうかもしれない。

 「る、ゥ、ゥ、ミあミアみァゲぁノニぃィサクなイ、のハのはハハ。何デデすかねー」

 より口角を上げ、牙が見える程にニタニタと笑った見越し入道が、長く、ささくれ立った爪をもつ手を薙ぐ。

 「──(かのえ)

 結の左眼に五芒星が浮かぶ。そして、見越し入道の腕から彼女を守るかのように純白の二重円が現れ、そこから生成された鋼鉄の刃が一斉に巨軀の妖に襲いかかった。

 「いぃィイイぃァいアイぁイあアィあいァいいィィいイ。痛いデすねー」

 後ろに吹き飛ばされる見越し入道。しかし、切り裂かれ、赤紫色の血液らしきものがあちこちから流れ出ているというのに、ただひたすらに結を喰らおうとする。余程空腹なのか、もしくはただ人を喰らいたいだけだろうか。

 その結は──結の顔には、何の表情もなかった。昔からどちらかといえば無口で、感情が顔に出にくかったらしいが、今のこれはそれとは明らかに違う。

 使い古された表現を敢えてするのであれば、まるで別人のよう、だった。

 「──(つちのと)

 抑揚のない声が、奇妙な程よく響いた。

 今にも飛びかかりそうだった見越し入道の頭上に、黄金色の二重円が描かれる。だが、その直径は、先程の“庚”のそれの六、七倍はあった。

 そして次の瞬間、その直径ギリギリの岩石がそこから降ってきたのだからたまったものではない。

 見越し入道が身体を捻ってやり過ごす。だが、岩の大きさを見誤り、左半身に直撃を喰らう。

 岩石はそのまま落下し、盛大にアスファルトを巻き上げながら地面に刺さった。

 「なっ、何て強引な奴だ!公道を壊しやがって……二次被害が出たらどうする気だ!?」

 「そんなこと考えてないだろ、人間じゃねぇんだぞ!ここにいたらそれこそ俺たちが危ない!」

 「オイ、何ゴチャゴチャ言ってんだ!さっさと奴ら(・・)に救援要請出せ!」

 「は、はい!」

 部下二人に怒声を浴びせる中間管理職。この者たちからすれば、“奴ら”──超常廳に助けを求めるというのは苦渋の選択だっただろう。

 いや、今の説明は正確ではない。島根(・・)県庁の人間がどれだけ煙たがろうと、超常廳の権限はそれより遥かに上だ。そもそも超常廳は、他のどんな組織の命令も圧力も受けることはない。超常事件の発生頻度、それが他国よりも多い現代日本が国としての機能を失わずにいるのは、超常廳の活躍によるところが大きい。

 だから、この三人を含め、超常事件発生を超常廳(あちら)に伝えるというのは義務であり、これを守らなければ、国家転覆罪で死刑判決を受けることすらある。裏を返せば、超常事件というのはそれ程の脅威である、ということだ。

 「今日でなければまだマシだったが……人の少ない日を、わざわざ狙ってきたわけでもなさそうだな」

 あの妖にはあまり知能がないように見える。嫌な偶然だが、何かで操られているというわけでもなさそうだ。

 超常廳の討伐班が到着するまで、早くて五分といったところか。それまで結が持ち堪えることは難しくないだろうが、被害の拡大が気になる。超常事件で破壊された物は国の予算で修理されるとはいえ、それが公共の道路であった場合、一時的に交通が規制されることになる。一月もあれば元には戻るだろうが、その間の損害が痛い。

 「……よし、我々も一度、ここを離れて──……」

 「──へぇ、随分大きいのね。邪魔そう」

 「!」

 中間管理職の声を遮り、どこから跳んできたのか音もなく地面に着地したのは、白髪の少女だった。

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