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地ノ震迷、天ノ黄昏  作者: 日仁希瑠
KNOCKIN’ ON PARADISE DOOR
3/23

命日と誕生日 弐

 古来、人間は超常のモノの存在を認識し、時に崇め、また畏れながら、できる限りそれらと関わらぬように過ごしてきた。触らぬ神に祟りなし、というやつだろうか。日本ではそれらは“神”或いは“物の怪(ようかい)”と呼ばれ、祟り障らぬようにと祠などに祀られたモノも多い訳だが、当然、そんなところに彼ら(・・)はいない。

 妖怪(かれら)は暦とした生命体である。

 世界各国に伝わるそれぞれの神話や伝承。捻じ曲がり今日まで語り継がれてきたものも数多いだろうが、その元となった“神”や“悪魔”、“妖怪”、“怪物”は存在している。無論、これらの呼称は人間がそう呼んでいるというだけで、彼らは知性をもつモノがその大半を占めているし、食事も睡眠も摂れば子孫を遺す為の性交もする。人間より遥かに長いとはいえ、生命体である以上寿命ももつ。神話が確立した時代のモノたちは、既にその約八割が死亡しているといわれている。

 彼らはまさに人間のようで、争いもする。海外では人間が襲われることも多く、その為に祓魔師(エクソシスト)魔術師(ソーサラー)といった職業やその管理、運用を行う組織が作られた。日本では陰陽師が有名だが、その実、職業としての陰陽師は特殊な面が多く、現在では十名程しかその名を与えられていない。つまり、“妖怪”に対する対策が全くと言っていい程整っていなかったのだ。

 幕末から明治へ。鎖国が終わり、海外から様々な技術が齎され、日本の文明レベルは上昇した。だが同時に、これまで人が踏み入ることのなかった自然の奥地に人間が足を踏み入れ始めたことにより、それまでごく一部を除いて人里への干渉を避けていたモノたちの存在が明らかになってしまった。

 人間による迫害。人ならざるモノであるということを理由に住む地を追われ、その中で妖怪たちによる“超常犯罪”は次第に増加していった。

 明治二年の藩の廃止から三年。政府はこれを解決する為、人外への武力行使と殺傷を認めた、協力的な人外による対超常機関──“超自然異常進化対策廳”、通称“超常廳”を設立し、以後細かい部分は変われど廳による人外の監視は続いている。




 小さく軋む階段。結はそれを下りていく。

 この家には現在、結以外は誰も住んでいない。両親共に健在だが、元気すぎて今二人がどこの国にいるのか全く足取りが掴めない。去年の八月、「ちょっと海外で会社作ってくる」と言ったきりそのまま何の連絡もないので、便りがないのは元気な証拠として、呆れ半分、諦め半分で放っておくことにした。あそこまで自由奔放に振舞われると文句を言う気もなくなるが、不倫だとか家庭内暴力だとかでメディアが騒ぎ立てているのを見ると、両親の関係が若干羨ましく思えてくるものだ。父母共に年齢不詳だが、高校生の娘がいるのだ。それなりの年齢であることは間違いない。だというのに、あれだけの活力がどこから湧いてくるのか不思議でならない。

 そんな謎だらけの両親は、自分たちの娘が人間でなくなったことを知らない。こちらから連絡を取ろうにも両親は電話嫌いが酷く、消息もわからない為、連絡手段そのものがないのだ。

 階段を下りきった結は、そのまま真っ直ぐ玄関に向かわず、まだ僅かに夜の暗さの残るリビングのドアを開いた。両親が海外へ行ってからはせいぜい哀歌が来ているときくらいしか使われなくなり、その為、隅には少し埃が積もっている。時間があれば掃除でもしていきたいところだが、生憎とその時間がない。

 キッチンにある冷蔵庫を覗き、中に何も入っていないことを確認した時、家の前で車が止まる音がした。扉の開閉音の後、二人……いや、三人の足音が聞こえてきて、玄関の扉の目の前で立ち止まった。歩行時の体重の動かし方から全員男であろうと推測する。

 チャイムが鳴るのと同時にリビングを出た結は、玄関の脇にあるブレーカーのスイッチを切って、愛用の白にピンクのラインが入ったスニーカーをつっかけると、一つ深呼吸をしてから扉を開けた。

 「異人──“異能者”の蓮城 結だな。県庁・超常課の者だ」

 そこに立っていたのは、結が『感知』した通り三人の男たちだった。皆一様に黒のスーツ姿をしていて、一目見ただけで堅物であろうと想像できる表情をしていた。結は形式的に「そうです」とだけ答え、ボストンバッグを肩にかけ直すと玄関の扉を閉めて鍵をかけた。

 「無駄話は嫌いでな、何も問わないのは有り難い。……これを利き腕に」

 中間管理職的な雰囲気をもつ先頭の男が、黒いアタッシュケースを開いて腕輪を手渡す。純白で、一面にびっしりと真紅の模様が彫ってあるそれを左手で受け取った結は、利き腕にと言われて暫し戸惑った。箸を持つ方と訊かれれば左と答えるが、右手でも問題なく使える。ペンも同様とくれば、その他のことについてもまた同じである。いわゆる両利きというやつだ。結はこの質問をされる度、「利き腕とはどちらだろう」と頭を悩ませるハメになる。

 この場合はどうすべきかと質問しようとしたところで、特に言う必要性もないと思い至り、そのまま右手を輪の中に通した。

 その瞬間、腕輪に彫られた模様から燃え盛る鎖のようなものが現れ、うねりながら結の身体を包んだ。チリチリと微かな鈴の音のような音を発しているそれは、やがて球状に回転していた輪を狭めていき、結の身体にガチリと巻きついた。

 「……っ!」

 激痛、と呼ぶには程遠い。しかし、これまでの人生の中で経験したことのない種類の痛みが結を襲った。想像可能な限りの“痛み”を脳裏に引っ張り出す彼女だが、いかんせん人生経験がなさすぎた。この、感情とは別の何か──身体の内側にある何かに布をかけられ、巨大な手で押さえつけられているような“痛み”を和らげようとする試みは、失敗に終わった。

 「……よし、後部座席へ乗れ」

 鎖が服をすり抜け、痣のようになったのを見届けると、中間管理職が黒いセダンの後部座席へと身を滑り込ませた。残る二人のうちの一人は運転席へ、もう一人は結の背後で彼女が車に乗るのを待つ。

 痛みに慣れてきた結は、落としてしまったボストンバッグを拾い、後部座席の中間管理職に言った。

 「……今更ですけど。拒否権は、」

 「ない。現段階では国が定めた最低限の“人で在ろ()うと|する《

権》権利”以外は許可されていない」

 「もし乗らなかったら?」

 「出方次第だな。普通(・・)に逃げるくらいなら軽い刑罰がつく程度。だが、超常の力を使おうとすれば、我々に公的殺害(・・・・)の許可が下りる可能性がある」

 これには頭を捻るしかなかった。どう見てもただの人間でしかないこの男たちが、一体どうやって超常に立ち向かうというのか。“異能者”や“怪者”だというのであればまだ納得することもできるが、この男は(・・・・)先程県庁の者だ(・・・・・・・)と言った(・・・・)。他の土地ならいざ知らず、結の住むこの(まち)の県庁で人外が労働をしているとは考えられない。

 「詳しいことは向こう(・・・)で訊いてくれ。ただ、今の君ならば、普通の人間でも殺せるようになっている、ということだ」

 拒否権の有無以外の疑問が解決しないまま、結は仕方がなく車に乗った。背後に陣取っていた男が狭い車内に無理やり身体を入れ、ドアを閉めると、音もなく車が動き出した。




 (とてつもなく居心地が悪い……酔った)

 車が走り出してから僅か十分。結は二つの胸焼けに悩まされていた。一つは長年親しい男性がいなかったところにきた、両サイドを中年親父に囲まれているという今の状況により、そしてもう一つは、三半規管の脆弱さによる車酔いによって引き起こされたものだ。唯一の救いは、誰も口を開こうとしないことだろう。無駄な音が耳から入れば、饐えた臭いの液体が込み上げてくるのを抑えるのは困難を極めるはずだ。

 家から県庁までは、そこそこ距離がある。結自身、なぜ直接超常廳にではなく、一度県庁に寄らなければならないかがわからない。昨日の説明では、県庁に着いた後にそこから超常廳へ行くとのことだったが──

 (まあ、わからないのは全部なんだけど……ん?)

 小高い丘に沿って延びた国道に入った時、結の五感に何かが引っかかった。それはまるで、真夜中に風で木々の枝が擦れるような、陰鬱な空気の振動だった。

 (何……これ?)

 頭を巡らせ、不穏な感覚の出所を探る。

 しかし、その必要はなかった。

 「っマズい、“妖”だ!」

 この車の向かう先。

 僅か二百メートルの場所に、それは現れた。

 ボロボロの作務衣を一枚だけ羽織り、赤みがかった灰色の肌には棘のような毛がびっしりと生えている。だというのに、人型をしたそれの頭部には産毛一本生えてはおらず、優しい和尚のような笑みを湛えた顔の中で、丸く大きな双眸だけが暗い影を纏っていた。左手にはやはりボロボロの、元は赤色をしていたのであろう提灯を提げていた。

 「くそ、結界はどうした!?どうしてあんなデカい(・・・)のがこんな内地にいる!?」

 運転席の男が苛立ちを隠さず怒鳴る。

 「いいから止まれこの阿呆がっ!」

 「っはい!」

 中間管理職が運転手の座席の背面を蹴り上げる。それで我に帰った運転席が慌ててブレーキを踏み──結たち四人を乗せた車は、後輪を大きく滑らせてから盛大に横転した。

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