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地ノ震迷、天ノ黄昏  作者: 日仁希瑠
KNOCKIN’ ON PARADISE DOOR
2/23

命日と誕生日 壱

 『じゃあ、暫く会えなくなるんだ?』

 左手首に着けたエアフォンからそう聞こえてきた時、彼女──昨日十七歳になったばかりの蓮城(れんじょう) (ゆい)は、アンティークな壁掛け式の電子時計の秒針を目で追っていた。結が年老いた雀の鳴き声を思わせる規則的な音を聴きながら、心ここに在らずといった雰囲気で髪を弄った時、タイミングよく秒針が“十二”を通過して、分針がカチリと軽快な音を立ててほんの少し動いた。

 まだ朝焼けの香りの残る午前九時。

 四月三日、水曜日である。

 あと数日もすれば彼女は学年が上がるはずだったのだが、誕生日、つまり昨日起こったある出来事が原因で、どうにも新学年を迎えられそうになくなってしまった。今朝起きてこれからの自分の生活を考えた結は、軽く絶望しながら親友である山城(やましろ) 哀歌(あいか)にエアフォンでコールし、悩み相談のようなものをしながら今に至る。

 結はベッドの上に上半身を投げ出すと、天井に付けられたLEDのライトを眺めた。五年ほど前に腕時計型の携帯端末“エアフォン”が開発されてからというもの、国内での通信機器の類の技術向上は目覚ましく、その研究速度には目を見張るものがある。なんでも、干渉元素(エーテル)を扱う技術が確立しつつあるらしい。

 しかし結には、その他の製品開発がおざなりになっているように思えてならない。このLED電球というものが世間を賑わせたのは既に数十年前の話だ。確かに、その当時からすれば比べ物にならないほど安くなったというし、性能も向上しているらしいのだが、どうにも過去の焼き回しにしか映らないのだ。

 新しい何か(・・)がなければ、残るのは衰退の道のみ。

 「とはいえ……私の変化(これ)は、かなり嫌だなぁ」

 世界に変化は不可欠だとはいえ、誰もそれが自分に起こるとは考えない。どれ程自己犠牲の精神をもっている者でも、どこかに必ず傍観している部分がある。まして結は、体型や顔立ちこそ整ってはいるものの、これといって目を惹くところがあるわけではない。有り体に言えば地味なのだ。友人と呼べるのは小学校の頃から一緒にいる哀歌だけで、高校に入ってからはその哀歌と会う回数も少しだが減り、昔よりは一人でいる時間が増えた。そんな凡庸な一少女にどのような“変化”が起こると予想できるだろう。

 『?何か言った?』

 「ああいや、何でもないよ」

 まだ通話状態だったことを思い出した結は、上体を起こしてエアフォンから現在時刻を表示する。午前九時を八分過ぎたところだった。

 『で、いつ向こうに行くの?ていうか学校は?辞めるの?それともあっちにあるのかな?』

 哀歌が一度に複数の質問をしてくるのはいつものことで、結も出逢って間もない頃は「質問は一つずつ」と言っていたのだが、今ではそれを気にすることもなくなった。

 しかし、学校のことは結も気になっているところだった。比較的就職率の高いこの時代とはいえ、最終学歴が高校中退ではその恩恵に与れるとは思えない。将来やりたいことがあるわけではないが、高校を出ているのといないのとではできることに大きな差が現れるだろう。

 だが、今の彼女にこの心配は無用かもしれなかった。いや、正確には無駄というべきか。

 結が朝から親友の哀歌とこんな話をしているのは、何も親の仕事の都合で海外へ行くことになったとか、いきなり許嫁が現れて結婚することになってしまっただとか、そういうゴキゲンな理由からではない。もっと小さな、蓮城 結という一個人の問題だ。

 彼女はこれより先、事実上国の監視下に置かれることになる。

 犯罪に手を染めたわけではない。むしろ、現実はその真逆である。

 彼女は、蓮城 結という人物は、昨日死亡した。

 それは病死でも事故死でも、自殺でも他殺でもない。彼女の身体に起こった変化が“人間”としての肉体を破壊し、新たに作り変えたのだ。

 つまり彼女は、もう人間ではない(・・・・・・・・)

 『でもまさかなー、結が人外になるなんて思わなかったよ』

 結の心情を知ってか知らずか、のほほんとした口調を崩さない哀歌。だが今はそれが有難くもあった。ヒトでなくなり今までの関係が変わるのではないかと内心恐れていた結だったが、どうやら杞憂だったようだ。

 「それは私もだけど。わかったら怖いよ、それ」

 そんなことができるのは、未来を予知できるモノか、或いは人間を人外へと造り変えることのできるモノくらいだろう。一瞬馬鹿馬鹿しいと頭を振った結だったが、ありえない話ではないのではないかと思った。

 「でもこれで……本当に同じ(・・)だね、私たち」

 そう言った結の声に安堵の色が混じっていたのは気のせいではないだろう。哀歌のことは親友だと思っているし、それは哀歌も同じだと考えているが、二人の間にある“溝”ともいうべきものを意識してこなかったといえば嘘になる。結と初めて出逢った頃の哀歌は、今の彼女からは想像もできない程に酷い顔をしていた。目の下の隈は一向に消えず、毎晩泣き腫らしているのか白目は僅かに赤くなっていて、同じクラスの人間とは、望まない、しかし容易に想像できる関わり方をすることになってしまって。この地域に越してこなければもう少し違った学校生活を送っていたのかもしれないと思うと、どうにも遣る瀬ない気持ちになる。

 「全く、未だに“神の国”だとか、本当に何考えてるんだろうね」

 『うーん、わからなくはないよ。この辺りは昔からそう呼ばれてたみたいだし、今みたいな特殊な犯罪なんかが多くなれば“人間至上主義”が魅力的に映るのは仕方ないと思うけど』

 「それを人外が言うのも違和感があるね……」

 『あはは、でも結も人のこと言えないよ?』

 反論に詰まる結。そう言われてしまってはぐうの音も出ない。しかし数十時間前までは普通の人間だったのだ。すぐに今の自分を受け入れろというのは酷だろう。

 (人外……か)

 窓の外にある、代わり映えしない民家の数々を眺めながら溜め息を吐く。

 人外だということが先天的なものであったなら何も問題はなかったかもしれない。余程強力な力をもった種族でなければ、国や廳もそっとしておいてくれただろう。だが残念なことに、後天的に人外となったモノは総じて強大な力をもつ。それを野放しにしておくリスクより、手元に置いておく方が有用だと判断したのだろう。結にとっては迷惑以外の何物でもないが、場合によっては国家の危機を引き起こす種となるかもしれない存在を放置しておいては、それこそ国の威信に関わる問題になりかねない。

 結は再度、現在時刻を表示する。既に九時三十分を過ぎていることを知った結は、名残惜しそうに哀歌に言った。

 「じゃあ、また連絡するよ。電波届くかわからないけど」

 『電話が無理なら手紙でもいいよ。こっちに届くかわからないけど』

 二人で同時にくすりと笑い、通話を終了する。

 大きめのボストンバッグを肩にかけた結は、自室の扉を開け、ぐるりと部屋の中を見回してから玄関へと向かった。

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