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地ノ震迷、天ノ黄昏  作者: 日仁希瑠
KNOCKIN’ ON PARADISE DOOR
14/23

無能と落ちこぼれ 漆

 「雨女……?って、あの(・・)雨女ですか?」

 和子が若干声量をさげる。周りに聞かれて困る話をしている訳ではないが、意識をしてしまうのだろう。

 外へ出ると雨が降り、屋内へ入ると止んでしまうという体質の女性を雨女という。男性であった場合は雨男、対して外出時には高確率で晴れであれば晴れ女、晴れ男と呼ばれる。最近は十代の若い者たち以外で、冗談であれ誰かに対してこのこう呼ぶことはまずない。

 が、憂果が言ったのはそちらの雨女ではない。そもそも、妖怪が生物学的に分類されている以上、天候を変えることのできるモノを“そういった体質の人間”として扱うことはない。

 雨女──元は幼い子供を雨の日に神隠しで失った母親とされ、泣いている子供の前に現れて連れ去っていくと言われる。雨を呼ぶ妖怪としても有名だ。先程の体質としての雨女などはこの妖怪からとったものだが、日本が超常犯罪大国とされている以上、質の悪い冗談としか言いようがない。

 「娘さんがいなくなる前、この辺りは雨が続いていた。娘さんは公園で遊んでくれるヒトを女性だと話した。和子さんと口論になり出て行ったのなら、子供なら泣いていたかもしれない。そして、今──娘さんが行方不明になってから、雨は上がった。とすると、まあ雨女と考えるのが自然だと思うわ」

 雨女が伝承通りの存在ならね、と肩を竦める憂果。

 普段の彼女からは想像できない程に饒舌だが、嫌と言いながらも依頼を達成しようとするあたりが律儀である。

 しかし、憂果の推理が当たっていたとして、その雨女の居場所がわからないことにはどうしようもない。

 和子は手掛かりになりそうな情報を伝えられた事に幾分表情を和らげ、憂果と流韻は思案に暮れている。その横で、結は一人、三人を眺めながら自分の指を弄っていた。

 退屈、という訳ではない。親になったことなど無いとはいえ、一人娘が行方不明となってしまった女性の心境は想像することができる。それがまだ六歳の子供であるなら、その捜索や救助に自分の力が必要だと言うのなら、できる限りのことはしたいとも思う。人並みに感情はもっているのだから。

 そう、人並みに、だ。電車で席を譲ってみようかと迷ったり(・・・・)、飼い主に捨てられた犬猫を飼ってみようかと思ったり(・・・・)、そういった世間一般の善行に対して心を揺らされる程度の、ちょっとした同情心。

 (憂果は……私より一つ歳下だって言ってたっけ。流韻はその更に一つ下で……)

 彼女たちは、いつから超常廳に居るのだろう。やはり、後天的に妖怪になったモノとは、感覚も思考も違うのだろうか。

 自分の意思でここにいる訳では無い。それについては法的措置として理解しているが、さして説明もなくこうして任務に連れ出されると、少しばかり気分が悪い。

 私は面倒なやつだな、と自嘲気味に口元を緩め、木の幹に背を預けたまま池を眺める。

 「んー、どうしようお姉ちゃん?雨女って何処に住んでるのかな」

 「さあ?それを探すんだけど……その辺にアパートでも借りてないかしら」

 流韻の問いに、やる気なく返す憂果。勿論そう都合よくいくとは思っていないが、住民票を調べてみれば何かわかるかもしれない。住民登録がされているのであれば、まずはそこから調べればいい。逆にされていないのであれば、少々手荒な手段を使っても問題ない。

 (とはいえ、恐らくされてはいないだろうし……そもそも、雨女なんて(・・・・・)本当にいるのかしら(・・・・・・・・・)

 その名を知らぬものなどそうは居ないだろうが、実際に見たという話は聞かない。あっても、信憑性のない、悪戯程度のものばかりだ。

 子供を攫った。ならば、隠しておける場所が必要だ。その子供をどうするかはわからないが、多少騒がしくしても気にされない所にいるだろう。いや、攫われたのが三日前なら、もう騒ぐこともできなくなっている可能性もある。

 「雨女ってさ、雨降らすんだよね?雨降らない地域に行ったら『神様〜』とか言われそうだねぇ」

 流韻が空を指差し、思ったままを口にする。確かに、絶えず振り続けられるのは困るが、雨が恵みである、という考えはどこの国でも共通だろう。

 その雨女に娘を攫われた、という女性が目の前にいるのに、不謹慎ではないか──そう思う結だったが、しかし憂果は何かに気付いた様子だった。

 「……結、だったかしら。その、左手の……光るやつで、天気を調べれない?」

 「へ?天気?」

 突然話しかけられ若干動揺する。昨日の出会いから今に至るまで、まともに会話をしていないのだから当然だ。結としては聞きたいこともあるのだが、過保護な妹がそれを許さない。

 光るやつ、とはエアフォンのことだろう。昨日、隔世で使えなかったので故障かと思ったが、こちらでは問題なく機能している。

 「できるけど、何で?」

 この状況で天気を調べてどうしようというのだろう。その意図を読み取れない結は訊き返すが、どうやら雨が降っている場所、降っていた場所から雨女の場所を特定しよう、ということらしい。雨女が自身の意思で雨を降らせるのか、または勝手に雨が降ってしまうのかは別にして、少しは手掛かりになる筈だ。

 エアフォンを起動し、空中にディスプレイを表示する。検索エンジンに入力すると、現在位置を中心にしたこの地域の気象情報がピックアップされた。

 「もう少し範囲を広くできない?あと、三日前からの情報も出して」

 横から覗いて指示を出す憂果。人使いが荒いと内心愚痴を零しながらもその通りの情報を表示していく結だが、じきに違和感を覚えた。

 (あれ……?なんだろう、これ……)

 三日前までの雨と、昨晩の雨。それ以外では、東京を中心とした一定区域で雨は全く降っていない。そこから出ると、前線の影響で数日雨が降り続けたり、今も降っていたりする。東京だけが、まるで穴が空いているかのように──いや、雨が避けているかのようになっている。

 明らかに不自然だが、これがどういう意味をもつのかがわからない。

 視線で憂果に問う結だが、憂果も頭を捻っている。

 何気なくディスプレイを操作していた結が、気象情報をリアルタイムのものに切り替える。薄い雨雲が、注意していないとわからない程度の速度で動いている。今日はあまり風が出ていないので、四月になったばかりで雨上がりであっても、然程寒さを感じない。

 流韻と和子もディスプレイを覗き込んだ時、結の手に雫が落ちた。

 葉に残った雨水だろうか、と顔を上げ──そして、固まった。その瞳は驚愕の色に染まっている。

 そして、それは結だけではない。エアフォンのディスプレイを見ていた三人も、そこに映し出される映像に言葉をなくしていた。

 リアルタイムで関東一帯の気象情報が映し出されるエアディスプレイ。その東京部分──正確には、今結たちがいる地区の上空に、突如雨雲が現れたのだ。

 何の前触れもなく、辺りが葉を打つ雨の音に呑み込まれる。公園に来ていたものたちは堪らず駆け出し、雨を凌げる場所を探す。結たち四人も近くのボートの乗り場の屋根の下に駆け込み、服の裾を絞りながら周囲を見回す。

 「雨……急にどうして?憂果、これ、」

 「──……っ、幸子!」

 結が憂果に問うのと、和子が娘の名を叫んだのは同時だった。

 三人は何事かと和子を見るが、その時には既に彼女は雨の中を駆け出していた。

 慌てて和子を追い、結が手を引いて制止する。

 「和子さん、一体どうし……」

 「離して!幸子が、娘がいたんです!行かないと……!」

 憂果と流韻が顔を見合わせ、一つ頷くと、憂果は和子が目指した方向へ走った。

 結と流韻はなんとか和子を宥め、ボート乗り場まで戻り、再度服の水気を取る。すると流韻が結に近づき、

 「おいお前。心の底から不愉快だけど、お姉ちゃんの言うことだからな。ここで一緒にお姉ちゃんを待つ」

 目を合わせることもせず、唾を吐き捨てるように、睨みながら言う。そこで初めて、結はこの雨が自然現象ではないことを知った。和子が娘を見たと言うのが本当なら、一人ではない(・・・・・・)と憂果は考えたのだろう。先程の流韻との一瞬のやり取りで、どちらが残るかを決めたらしい。不愉快と言ったのは、それが新人である結の面倒を見ろ、という意味も含まれているからだろう。

 同時に、和子が追ってこないように見張っておけ、ということでもある。

 流韻はその役目を結に任せるらしく、憂果の消えていった方角へ目を向けるのだった。

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