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地ノ震迷、天ノ黄昏  作者: 日仁希瑠
KNOCKIN’ ON PARADISE DOOR
13/23

無能と落ちこぼれ 陸

 四月五日、午後一時四十八分。

 東京二十三区の一つ、練馬区の石神井公園。

 昨晩から続いた雨は朝方には止んでいたが、頭上は未だ灰黒色であって、またいつ降り出すともしれない。晴れていれば数時間である程度乾ききるであろう地面にも、至る所に水溜りが残ったままだ。

 しかし、平日の昼過ぎだというのに、ここにはちらほらと人影がある。幼稚園からの帰り道と思しき母子もいれば、頭に白いものが混じった初老の男、営業の途中で休んでいるのか、又は他の理由があるのか、スーツ姿で濡れたベンチに腰掛けている者。この公園を抜け道として利用しているモノもいた。中には翅や翼、牙、爪、耳など、人間に似ていたり、或いは表皮の色素からして異形であるモノもいる。時期的に学校は一学期を迎えている筈だが、どういう訳だか若者の姿も多い。

 その中で、一際目立つ集団がいた。

 いや、集団、と呼んでいいかはわからない。何しろ彼女(・・)たちは三人だ。

 この三人が好奇の視線に晒されているのは、偏に外見だろう。服装、と言った方が正しいかもしれない。内二人は獣人族であるらしく、どちらも美しい白髪と碧玉の様な瞳をしている。背の低い方は肩で髪を切り揃えて紅色のカチューシャを着け、何処の物かわからないセーラー服の上から檸檬色の着物を羽織り、腰には花をあしらった真紅の帯。底が十センチ以上はありそうな草履を履いていて、乾いた木の幹に背を預けて本を読んでいる。

 背の高い獣人は腰に届く髪をいくつかの三つ編みに分け、蝶を模したバレッタで前髪を留めている。濃紺色をした上半身だけの着物、焦茶色のジーンズ、老竹色のロングジャケットに黒のトレッキングブーツという服装で、背の低い獣人に抱きついて離れない。

 珍妙、である。

 その二人を横から眺める三人目は、よくある十代の女性の服装だった。丈の短い桃色のタンクトップと白いパーカー、デニムのショートパンツにスニーカー。長い、ストレートの黒髪をルーズツインテールにしている。この、勘違いした明治の服装とでも呼びたくなるような(なり)の知人が二人もいれば、(さぞ)かし充実した日常生活が送れるに違いない。

 その、唯一真面(まとも)と言える服装をしている、黒髪の少女が言った。

 「ねえ、あの、何時までここにいればいいの?」

 しかし返答はない。憂果は変わらず読書を続け、流韻はこれ以上ないくらい緩んだ表情で姉に甘えている。

 エアフォンから時刻を表示する。午後一時五十五分。

 二人が何も教えようとしないので、結も仕方なく近くの木──染井吉野の幹に(もた)れ掛かる。昨晩の雨で大分散ってしまっているが、砂利道などに敷き詰められた花弁と、まだ枝に残っている花とで、中途半端に春くさい光景になってしまっている。その中を横切る人ビトを見るともなしに見ていた結は、気づかれない程度に溜め息を吐いた。

 結は、あまり春が好きではない。彼女曰く、音が味気ないらしい。いっそ夏のように、盛大に五月蝿くしてくれれば逆に気持ちもいいのだが、春は全てが中途半端で、どうにも好きになれない。

 元来静かな場所を好む彼女は、冬──それも真冬の、できれば積もるか積もらないか程度の雪が降った明け方が合っているらしい。

 暖かい日本茶を好んで飲むこともあり、親友である哀歌からは「隠居したお婆ちゃんみたいだ」とよくからかわれるが、肌を焼いたりピアスをしたりと必要以上に着飾るよりはお婆ちゃんでいいと思う。今のこの服装にしても、哀歌の買い物に付き合っていなければ間違いなく買っていなかっただろう。服やアクセサリーに興味がないという、年頃の少女にしてはやや珍しいタイプだ。

 それに、顔が整っているというだけで、結は地味だ。本人が目立ちたがらないのもあるが、何というか、雰囲気に華やかさがない。

 「すみません皆さん、お待たせしてしまって」

 一人の女性が三人に駆け寄る。特筆すべき点がない、何処にでもいそうな人間の女性だ。歳の頃は三十代前半といったところか。この謎の三人組に声をかけるような用事があるようには見えない。

 憂果が本を閉じて帯に挟む。

 時刻は丁度、午後二時になったところだ。

 「時間通りよ。まあ、確かに待ちはしたけど」

 憂果がこの女性を特別嫌っている訳ではなく、この口調、言い回しは素であるらしい。聞いている方は棘があると感じるかもしれないが、本人にそのつもりがあるかはわからない。

 「それで……ええと、猪狩さん、だったかしら?ここが例の場所?」

 「んもー、あの人は猪狩さんじゃないよ、お姉ちゃん。朝谷さんだよ?」

 「いえ、あの、船越です……」

  女性が(やつ)れた表情で訂正する。随分と隈が酷いところを見ると、殆ど寝ていないのだろう。

 この女性、船越 和子は、昨日──四月四日の夕暮れに、せ号、す号共有宿舎に現れた。

 これから生活することになる部屋に案内され、その後荷物を丸ごと紛失してしまっている結は、背格好が似ている幸の服を借りて風呂に入り、唯一の持ち物である私服(今彼女が着ている物だ)を洗濯機にかけて談話室に戻った。幸の私服は全てチャイナドレス風であるらしく、着方を教わっているところに来たのが彼女だった。

 隔世に一般人がいることは珍しくない。検問での身分証明や、必要であれば紹介状の確認などはあるが、ここには超常犯罪関連の依頼が連日持ち込まれてくる。紹介状というのは、各市、各県の役所にある超常廳の“窓口”が必要と判断した際に発行される葉書サイズの書簡だ。

 超常事件に関する依頼、その任務には大きく二つが存在する。

 窓口にて“超常廳”そのものに対して妖怪の調査、拘束、場合によっては討伐を依頼する『正式任務』、紹介状を貰い、隔世に赴きいずれかの隊に直接依頼をする『個別任務』がそれだ。二つの大きな違いは、依頼されてから隊に任務が与えられる迄の間に、超常廳を仕切る上層部が関わっているか否か。前者は廳官、八人会といった上層部を通じ、依頼内容に見合った実績と実力を備えた部隊に任務が発行されるが、後者はその過程を抜いている為、あらゆる意味で理不尽な内容のものも出てくる。正式任務は審査期間がある為に、依頼を持ち込んでもすぐに調査などが始まる訳ではない。個別任務であれば手の空いている隊を指名し、簡単な書類作成の後にすぐにでも任務発行、という流れになるが、それ故に緊急性と難易度が高いものも多いのだ。

 超常廳では毎年殉職者も出ているのが現実だが、その内の個別任務が占める割合は年々増加の傾向にある。

 今回船越が持ってきた依頼は、「三日前から行方がわからない娘を探してほしい」というものだった。これだけであれば警察の出番だろうが、問題は行方不明の娘がその一週間程前から妙な発言をしていたことにある。

 娘の名は幸子、今年で6歳になるらしい。

 三月末といえば、桜が咲き始めると同時に、中々に雨が多い時期でもある。雨脚は然程でもないが断続的であり、太陽が雲に隠れてしまうので地面も乾かない。

 その幸子から、家にいる間に公園で女性と遊んでもらっているという話を繰り返し聞かされた。その公園は家からも近く、共働きで相手をしてやれないことから、初めは子供好きで面倒見のいい誰かが娘と遊んでくれているのだと思っていたそうだが、連日雨に濡れて帰ってくる姿を見て和子は異常を感じた。つまり、幸子は毎日、雨の中で件の女性と会っていたということになる。娘の相手をしてもらえるのは有難いが、それではあまりに非常識だ。幸子にその女性と二度と合わないようにと説得するが口論になり──四月一日の午後から行方がわからなくなったのだという。

 「その公園がここ、という訳ね」

 池の濁った水を見ながら憂果が言う。

 「正直、働きたくないんだけど。直接依頼されて断れば生活が危ういし、まあ、探してみるわ」

 その言葉に、和子の表情が明るくなる。昨日の夕刻にも同じ様な会話をしたが、失踪事件など超常廳が真面に取り合ってくれなかったのだろう。

 しかし手掛かりがない。情報がなければ幸子を見つけることはできない。

 眠そうに辺りを見ていた憂果が、ああ、成る程と一人納得する。結、流韻、和子の三人が何事かと首を傾げると、視線だけをそちらに動かして、

 「多分ソレ、雨女じゃないかしら」

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