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地ノ震迷、天ノ黄昏  作者: 日仁希瑠
KNOCKIN’ ON PARADISE DOOR
12/23

無能と落ちこぼれ 伍

 朝の日の光──といっても、この隔世では空に浮かぶ人口光源が明滅を繰り返しているだけだが、それでも窓の外が明るくなると気分も晴れる。

 陽気に鼻歌を歌いながら、流韻は手際よく朝食の後片付けをしていた。慣れた手つきから、普段から家事を(こな)している事がわかる。皿洗いの際に、流しの周囲に水を飛び散らせることもなければ、まして落として割ってしまうこともない。布巾で水分を拭き取るにしても手早く確実に済ませ、元の位置に戻していく。

 満足そうな顔をしていた憂果は、テーブルの脇に置いていた本を手に取りつつ、流韻のその様を見て微笑んだ。

 「なんか、流韻は主婦みたいね。本当に。料理は上手いし、掃除も洗濯も何でもございという感じで」

 褒めているのだろうが、だからといって自分も手伝おうとは思わないらしい。口振りからして流韻が家事を担っているのだろうが、本来であれば、それは姉である憂果の役目なのではないか。

 頭頂部の耳と二股の尻尾を左右に振り振り、背を向けたまま首を捻って頭を憂果に向ける流韻。そのまま頰を赤らめ、ほうと一つ息を吐く。

 「んもう、朝からお姉ちゃんは上手だなぁ。あたしはいつでもお姉ちゃんの主婦だよ!」

 「よく意味はわからないけど、唐突にシャフ度で照れ始めたわね。それ、首とか疲れない?」

 「いやぁ、可愛いかなって思って……どうだった?ムラっとした?」

 「しないわよ。貧血気味でフラっとはしてるけど」

 「ええっ!?お姉ちゃん貧血なの!?」

 じゃあレバーとか買ってこないと!と鼻息を荒くする流韻。何時買いに行こうかと考えながら憂果に抱きつくが、本当に貧血なら急に抱きつくのも止めた方がいいだろう。

 当の憂果は抱きつかれた状態のまま読書を始め、流韻は姉から離れようともしない。

 実年齢と外見が反転しているこの姉妹の、いつも通りの朝──そしてその中に割り込む、けたたましい声。

 勢いよく扉を開き、やあやあと無遠慮に上り込む幸。背中に生えた一対の翼を器用に動かし、テーブルなどに引っ掛けてしまわないように気を付けながら二人の前に立つ。

 「お早う二人共!今朝も元気な様で何よりだよ!この間の怪我の具合はどうだい、憂果?何でも爆発に巻き込まれたとか!いやあ、災難だったねぇ!」

 今この場で最も元気なのは間違いなく幸だ。朝から世界中の不幸はそれで全て解決できます、というように笑っているのも、彼女くらいのものだろう。

 朝食後の穏やかな一時を害され、流韻が猫の様に毛を逆立てて威嚇する。入る際にノックもせず、更に入室の断りも無い幸に、これ以上ないくらい鋭い視線を浴びせる。

 「あら幸、相変わらず騒がしいわね。何か用があるなら帰って、何もないなら失せてくれる?」

 どちらにせよ、この二人は早急に平穏を取り戻したいらしい。用向きを問わずに立ち上がり、自室へ戻ろうとする。

 「おおっと少し待ってくれるかい?私は君たちを呼びに来ただけで、用があると言う訳ではないんだ。いやまあ呼びに来たんだからそれが用事とも言えるんだけど、寧ろ二人の方もお客さんに用があるんじゃないかな」

 一息で状況説明をするが、残念なことに説明になっていない。憂果と流韻も恐らく、今のやりとりで理解したことなどないだろう。

 笑みを絶やさない幸の前で、互いに顔を見合わせた二人は、同時に同じ方向へ首を傾け、表情を全く変えないまま、

 「「え、もしかして新人とか来てるの?」」

 驚くことにすんなり理解している二人。いや、この三人は案外長い付き合いで、ある程度のことなら説明不足でも問題なく通じるのかもしれない。

 よくわかったね!と目を見開く幸。わかり難い言い回しをした本人もこの有様である。それを認識しているのなら、もう少し説明の仕方を考えても良かったのではないか。

 しかし付き合いの長さではなく、つい先程憂果宛に届いた文蝶の内容から推測しただけらしい。

 几帳面に折り畳まれた手紙をポケットから取り出すと、興味なさげにそれを左右に振り、わざとらしく溜め息を吐く。それを見て、幸が成る程と納得する。

 憂果は面倒くさそうに壁に寄りかかるが、別段隠す素振りも無い。朝食の間に新人云々の話を聞かされていたらしい流韻も、幸を含め来客を歓迎する気は無いらしい。読書の邪魔をするなと手振りで幸を追い出そうとする憂果だが、この二人を応接間に連れていく為にわざわざ呼びに来たのだ。幸一人がのこのこと戻る訳にもいかない。

 それに本来、新人は憂果たちす号の配属なのだから、宿舎が同じで多少交流もあるとはいえ、別部隊の所属である幸が対応する必要は微塵もない。文蝶も来ていて来訪は知っていたのだから、準備をしておくなり宿舎の前で待っていたりはできた筈だ。

 しかしそれに怒ることもせず、幸はさあさあと二人の背を押して応接間へと向かわせる。抵抗虚しく部屋から移動させられた憂果と流韻は、応接間から聞こえる話し声を聞き、新人以外にも誰かいるのかと幸に問う。

 「ああ、多分、靈歸と話しているんだろう。初対面で珍しいことだけど、彼女のことを気に入ったのかな。視たとも言っていたけど、私の時とは随分違うね。いやあ、成長したねぇ靈歸も」

 へえ、と気の無い返事をする憂果と流韻だが、応接間に入った一瞬、予期せぬ再開に息を呑んだ。

 そこに座っていたのは、先日出雲の国道で見越し入道を降した少女だったからだ。

 成る程、と思考を巡らせる憂果。あのやたらと髪が長い少女が新人だと言うのであれば、色々と辻褄が合う。国道で見越し入道と遭遇した時は、恐らく隔世への転送の為、庁舎に向かっていたところだったのだろう。

 しかし当然、結は憂果と流韻のことなど知らない。なにせあの時は一度も二人のいる方に顔を向けなかったし、もし目が合っていたとしても、記憶に残ったとは考え辛い。見越し入道を降す際の爆炎、それに憂果を巻き込んだことも、当然覚えてはいない。

 巻き込まれた、といっても負ったのは擦り傷だ。獣人の肉体には全く堪えていないし、既に完治もしている。しかし、憂果自身は気にしていないが、姉離れをしていない、否、する気もない妹は別だ。

 結の顔を見るなり、憂果を抱き寄せて敵意を剥き出しにする。

 「お前っ!またあたしのお姉ちゃんに怪我させに来たんだなっ!?剥くぞ!皮を!!」

 「え、え?……皮を?誰?」

 「うるっっさい黙れ変態ドS三角関係愛好者!!今度はお前に怪我させてやるっ!!おいコラなんか言えこの無口気取り寝取り鬼畜女ッッッ!!」

 「えぇ……?え、と?私は、」

 「喋んなっつっただろうがぁぁあああああぁぁッ!!」

 黙れと言っておきながら次には何か言え、そしてまた喋るなとは、一体どうしろと言うのだ。案の定、結はただただ困惑の表情を浮かべ、流韻と憂果の顔を交互に見ている。靈歸に助けを求めようと視線を送るも、癒されるというような表情でコーヒーを啜っていて、結には見向きもしない。

 幸が流韻の肩に手を置き、何故か楽しげにはははと笑う。この状況で笑えるのはどういう神経だろう。争いを好む質には見えないが、楽しそうで何よりとでも思っていそうだ。それはそれで問題な気もするが。

 「うん、仲が良さそうで良かったよ!もしかして知り合いだったのかい?なら丁度いい、彼女がす号の新人君だ!いやあ、賑やかになるねぇ!」

 「いや貴女が一番賑やかかと……あの、どういう状況ですか?」

 理解が追いつかない結だが、記憶がなければ無理もない。しかしそうとは知らぬ流韻は、悪びれた様子もない彼女に今にも跳びかかりそうだ。些か度がすぎるとはいえ、肉親に怪我をさせた相手なのだから気持ちもわからなくはないが、しかし当の憂果の意見というものもある。流韻が一人で怒るのは、側から見れば滑稽に映るかもしれない。

 「流韻、痛いし苦しいし暑苦しい。離してくれない?」

 「ほらお姉ちゃん痛がってる!お前の所為だからな!お前が悪いんだからな!!」

 「いやこれは流韻、貴女の所為よ。全面的に貴女が悪い。というか怪我という程のものでも、」

 「あんな奴を庇うなんてお姉ちゃんはなんっっって優しいんだろう!でも私は許さない、絶対に赦さないからな!!そのウザったい髪引き千切って藁人形に詰め込んでぇっへぁぁああん!?」

 暴走する流韻の首筋を憂果が人差し指でなぞる。流韻が「ふひゃぁうっ」と奇声を上げたところで次いで息を吹きかけ、尻尾を撫で、弄ぶ。流韻の呼吸が荒くなり、立っていることもやっとになった時、最後に耳朶(みみたぶ)を甘噛みすると、流韻は耳まで赤くして表情を緩め、その場に座り込んでしまった。

 妹が静かになった──否、静かに何やら小声で興奮している横で、憂果が呆れたように溜め息を吐く。随分手慣れているが、何時もこんな具合なのだとしたら、憂果もさぞ疲れることだろう。

 頬を抓っても戻ってこない流韻を担ぎ、椅子に座らせてから結に向き直る。訊きたいことが無いといえば嘘になるが、正直新人の世話など面倒だ。事務的に済ませてしまえと手短に自己紹介をする。

 「私は超常廳妖課、す号隊隊長の憂果。あちらは妹の流韻。宿舎へようこそ」

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