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地ノ震迷、天ノ黄昏  作者: 日仁希瑠
KNOCKIN’ ON PARADISE DOOR
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序章

 コツ、コツ、コツ。

 狭く、暗い部屋の中から、規則的でいてやる気のない音が聞こえてくる。それは数回聞こえてきたかと思うと一瞬止まり、またすぐにコツ、コツと同じリズムを繰り返す。その気怠げな音は、聞いているもののやる気までなくしてしまいそうだった。

 音の発生源は部屋の隅。扉を背に、向かって右側にある何やら怪しげな角張った(シルエット)からだった。いや、その影の向こうに座る人物の手元から、といった方が正確だろう。

 その丁度真正面で、影が揺らいだ。それは闇が視界を支配しかけているにも関わらず、器用に足下に散乱している様々な物を避け、相変わらず退屈そうに机を指で鳴らしている人物のすぐ傍らに立った。

 その影──否、その人物は、室内の暗さのせいで表情はおろか性別すらも判別できないが、その中でもかなり小柄だということがわかる。

 いや、そもそも、黄昏時とはいえ、南向きのこの部屋が既に人の性別すらわからなくなる程の暗さだということ自体がおかしい。廃病院よろしく窓に板を張り付けているわけではないし、カーテンもない。それどころか、ガラス張りの窓からは沈みかけの夕日が見えている。

 しかし実際、この部屋に陽光は射していない。

 否、この建物自体に光が届(・・・・・・・・・・)いていない(・・・・・)

 だというのに、この明らかな異常時であっても、二人の人物はそれを全く気に留めない。或いは、二人にはこれが『日常』なのだろうか。

 不意に、机の傍らに立った小柄な人物が口を開いた。驚くことにその声は女性の、それもまだ少し幼さの残る少女のものだった。

 「……成功したよ。もう完全に扱える」

 その言葉で机を鳴らす音が途絶えた。

 暫しの沈黙の後、座ったままの姿勢でその人物が少女に発した声は、またも女性のものだった。しかしこちらはそれなりに歳を重ねているらしく、未だ若々しく艶やかな言葉には、疲労とも哀愁ともとれる色が滲んでいた。

 「そう、当然ね。でも覚醒から少し時間がかかったな。……まあ、支障はないけど」

 だから今すぐに行動しよう、と腰を上げる女性。彼女は机の上を片付けようともせず、少女の脇を通って扉に向かう。先程の少女同様、器用に足下に散乱した物を避けながら。

 「ここは暗いから気が滅入っちゃうし、外に出るの久しぶりだし、楽しみだなぁ」

 女性の後を追いながら少女が言った。扉を開けて廊下に出ると、そこもやはり物の影だけしか見えない程暗かった。この建物全体がこんなふうになっているのであれば、気が滅入るのも当然といえるだろう。

 廊下を歩きながら幼い子供のようにはしゃぐ少女を見た女性が苦笑した。

 「まあ、ここはこの国では珍しく届かないからね。他よりも薄い(・・)から灯りをつけても意味ないし」

 「他の国は結構あるんだっけ」

 「そうね、アメリカとかは多いかな。というか、この国以外で薄い場所が殆どない国なんて、余程小さな国か、逆に国土全体が濃いかのどっちかでしょう」

 「え、え、でもさ。これ、故郷(くに)で見たことないよ?」

 「貴女の国はここよりも小さいじゃない」

 「でも、ここの……ええと、ホッカイドー?と変わらないよ」

 ムッとしながら訂正を求める少女。自ら棄て、戻るつもりもないとはいえ、故国を小さいと言われるのは気持ちのいいものではないだろう。若干ズレた反論だったが、それを察したのか、先を行く女性が話題を変えた。

 「身体の調子は?違和感はある?」

 あれは本人も望んだことだとはいえ、人体実験まがいのことをされたのだ。殆ど前例がない為、覚醒による副作用などがあるのかもわからず、あったとしてもどうにかなるものではない。故にこの問いは些か滑稽だったのだが、少女には嬉しかったらしい。二人の年齢が離れているのは声だけで察することができるが、かといって母娘というわけでもないだろう。だとすれば姉妹ということになるだろうか。身を案じられたことに対しての喜びを隠そうともせずに少女が答えた。

 「全然大丈夫だよ。あ、逆に絶好調すぎて違和感あるかも」

 「覚醒と適合で一週間以上も心身に負担をかけていたんだから、いきなり全回復すればそりゃあそうなるでしょうね」

 心配する必要はないと少女の頭に手を置く。

 その時ふと、女性は思った。──随分と遠くへ来たな、と。

 昔、傷を負って故郷を飛び出して、ある人物を師事し──そして今日に至るまで、どれ程の時間が経っただろう。気がつけば随分と歳を重ねてしまっている。あの頃の記憶も所々抜け落ちているようだ。

 だがそれも、その長く続いた苦悶の時も、もうすぐ終わる。

 否、終わらせる。

 その為にだけにこの国に来たのだ。

 その為だけに、ヒトであることをやめたのだ。

 自身の過去を救う為に。

 自身の未来を拓く為に。

 やがて二人は広い空間に出た。玄関だろうか、この場所は他よりも僅かばかり明るいように思えた。円形の床の中心に、錆びて落ちたシャンデリアが物も言わずに転がっている。

 女性が扉に手をかける。軋みながらゆっくりと開いていくそれを見ながら、少女は女性の手を握った。その手が優しく握り返され、少女ははにかみながら女性の瞳を見つめた。

 女性は少女を抱き寄せると、不敵に笑った。

 「さあ、行こうか。……この腐った世界を壊してやりましょう」

 彼女が言い終わるのと同時に、二人の姿は空間に溶けて消えていった。

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