《青の虎》の縁談から始まる恋
この作品は前に短編で書いた「《銀の兎》の嫁は婚約破棄された他国の公爵令嬢」の七戦鬼の一人の話です。これだけでも読めます。
また、視点が前作とは違う書きかたなので苦手な方はご注意を。
「ごめん・・・君のような筋肉質な女性は無理なんだ・・・」
それが、彼女が婚約者に婚約破棄されたときの最後の言葉だった。
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テスタール王国の《青の虎》といえば知らぬものはいないほど有名な人物だ。
いわく、一人で一万の軍隊を全滅させた。
いわく、国を一夜で落としたことがある。
いわく、王ですら彼女には頭が上がらず王妃は彼女を尊敬している。
いわく、美しき見た目に似合わず戦闘狂の気がある。
いわく、強者をみつけると勝負を挑み圧勝して相手の心を折る。
などなど、様々な噂がある。
噂というのか大抵が事実を歪曲したものか、なんらかの事実からくるものがほとんどだが、彼女の場合はどれも本当のことだろうというのが国民の見解だ。
そんな彼女・・・《青の虎》と呼ばれる七戦鬼の一人で英雄のマリエール・カルハドス伯爵令嬢はお茶を飲みながらため息をついた。
「ねぇ、なんかこの前より噂増えてない?」
「ふふ・・・みんなあなたが好きなのよ。」
その問いに答えたのは彼女の古くからの友人でテスタール王国王妃のリリーネだ。
リリーネとマリエールは学園からの付き合いで彼女がまだ公爵令嬢だった頃からの付き合いだ。
かれこれ10年以上の付き合いになるが王妃になってからも私的な場所ではその気安さは変わらない。
マリエールは不貞腐れたように視線を外した。
「だって、ほとんどデタラメじゃないの・・・噂なんてあてにはならいとはいえ、ここまでだと流石にね・・・しかもまだ増えるし・・・」
「あら?でも全てが間違いでもないでしょ?」
そんなマリエールの様子を微笑ましく思いながらリリーネはくすりと笑う。
「少なくとも、一万の軍隊を全滅させたのと、王が頭が上がらないのと、私があなたを尊敬しているのは間違いないでしょ?」
「それはそうだけど・・・」
そう、マリエールはかつて、本当に一万の軍隊を全滅させたことがあるのだ。
比喩ではなく、実際に。
さらに、王とは学園時代にリリーネを通じて知り合って二人の仲を取り持ったことがあるので、王はその時のことからマリエールには頭が上がらないのだ。
「それでも、私は世間では脳筋な戦闘狂って思われてるのよ。それって酷くない?」
マリエールは元来体を動かすのが好きだ。
だからこそ昔から父に剣術の稽古をつけてもらい、気がつけば最強と呼ばれるまでに強くなってしまった。
そして、かつての最大の敵であった帝国との戦いで彼女は他国の英雄で後に七戦鬼と呼ばれる彼女を含めた7人で帝国を滅ぼした。
その時に彼女が貰った称号が《青の虎》で、一万の軍隊を全滅させた時の戦いかたと、青色の髪にちなんでそう呼ばれる。
とはいえ、別に戦いが好き訳ではない。
「まあまあ。仕方ないわよ。それよりも聞いた?ルーニエ王国の国王が結婚したって。」
「アランが?」
アラン・ルーニエ。
マリエールと同じ七戦鬼の一人で《銀の兎》の称号をもつルーニエ王国の国王だ。
七戦鬼は特別仲のいい集団ではないが、アラン・ルーニエという男は他の七戦鬼とそれなりに仲が良く他のメンバーのまとめ役にもなっていた。
マリエールともそこそこ面識のある男だ。
「ええ。なんでもハープル王国の公爵令嬢を妻にしたとか。それがまたロマンチックで国民には人気なのよ。」
「ロマンチックって、何かあったの?」
「ええ。なんでも、その公爵令嬢はハープル王国の王子と婚約してたらしいけど、冤罪で婚約破棄されて断罪されそうになったそうなのよ。そこをルーニエ王国の国王が助けて求婚したそうよ。それがまた凄くかっこ良かったそうでね。」
「何をしてるの彼は・・・でもそう・・・彼も結婚したのね。」
不思議と昔馴染みの結婚と聞くとマリエールは昔婚約者から言われたことを思い出す。
マリエールには学園時代に婚約者がいた。
それなりに愛はあったが、婚約者はマリエールが剣を握るのをよしとしなかった。
そして、彼は他の令嬢に恋をして、マリエールは彼に婚約破棄された。
その時に彼は彼女に向けて言ったのだ。
『ごめん・・・君みたいな筋肉質な女性は無理なんだ・・・』と。
この一言でマリエールは婚約者と婚約破棄してからも誰とも恋を出来ずにいた。
さらに、彼女が七戦鬼と呼ばれるようになってからは彼女に迫る男性はまったくいなくなった。
強すぎるが故の孤独。
マリエールは気にしないようにしてもふとした時、特に恋愛などの話のときにはその言葉を思い出してしまう。
「マリエール?」
そんなことを考えているとマリエールはリリーネに呼ばれた。
彼女はマリエールの様子から心配そうな表情をしていた。
なんでもないような表情を作ってからマリエールらリリーネに目線を向けた。
「ごめんなさい。ちょっとぼーとしてて。どうかした?」
そんなマリエールの様子をしばらく見て考えてからリリーネはマリエールに言った。
「ねぇ、マリエール。あなた結婚する気はない?」
「結婚?」
マリエールは言われた言葉を一瞬理解できなかった。
リリーネは真剣な瞳でマリエールを見ながら話を続ける。
「ええ。あなたももう28歳でしょ?だからその気はないかと思ってね。」
「それは・・・」
仮にも貴族の令嬢としては行き遅れなマリエールは言葉をつまらせる。
いくら英雄と呼ばれてもマリエールは女性だ。
家はすでに弟が継いでいるので問題はないが、いつまでも独り身という訳には行かないこともマリエールはわかってはいた。
「実はね。あなたに縁談を申し込みたいって人がいるのよ。」
「私に?」
英雄になってからマリエールの縁談は父だけではなく国王とリリーネにも管理されるようになった。
理由はマリエールという強大な存在が下手なところに行かないようにというものと、リリーネが是非ともと望んだからだ。
それにより、マリエールとの婚約のハードルはますます上がり縁談が来てもマリエールの耳に届く前に潰れてしまうのがオチなのだ。
「ええ。私としてあなたにぴったりの人だと思うわ。伯爵もそう思ってるみたいだし。会うだけあってくれないかしら?」
「そう・・・まあ、リリーネが言うならいいけど・・・」
マリエールとしてあまり乗り気にはなれなかったが、親友であるリリーネが自身を心配して言ってくれたことがわかるので素直に頷く。
すると、リリーネは嬉しそうに両手をあわせた。
「よかったわー!じゃあ、明日には顔合わせだからよろしくね。」
「えっ?明日?」
「ふふ・・・楽しみねぇ・・・」
驚くマリエールを放置して楽しそうなリリーネ。
マリエールは諦めてお茶を飲んだ。
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次の日、久しぶりに軍服からドレスに着飾ったマリエールは緊張しながら王宮の一室で待っていた。
実家でやると思っていたマリエールは朝一番で王宮の馬車が迎えにきたことで一気に緊張してしまう。
しばらく一人で待っているとドアのノックの後でリリーネと父。そして、見知った顔が姿を表した。
「トール?」
淡い金髪の貴公子然とした優男・・・彼はマリエールの学園の友人の一人で公爵家の当主でもあるトール・デスンドン公爵だ。
驚いた表情のマリエールを他の三人はいたずらが成功したように笑い、トールを残してリリーネとマリエールの父は退出した。
唖然とするマリエールにトールは笑いながら近づいた。
「驚いたかい?」
「ええ・・・まさかあなたなんて思ってなくて・・・でも、どうして・・・」
心底驚いたという表情のマリエールにトールはくすりと笑いながら椅子に腰をかけた。
・・・そう、マリエールの対面ではなく、隣に。
しかし、そんなことを気にしてられないほどマリエールは混乱していた。
友人との縁談というのも驚きだが、それ以上にトールから婚約など考えてもいなかったからだ。
トールという男は公爵家の当主というのもそうだが、優しげなルックスでしかも独身ということで貴族の令嬢がこぞって想いをよせるような優良物件だ。
そんな彼が何故マリエールを選んだのか。
マリエールはそれがわからなかった。
「どうしてって、それは僕が君を好きだからだよ?」
「は・・・・・?」
「うん。伝わってなさそうだね。ならハッキリと言ったほうがいいかな?僕はマリエールが昔から好きだったんだよ。」
「な、え・・・あ、と、トール?」
マリエールは頭の中がごちゃごちゃとして考えられなくなる。
トールが自分を好き?何故?
そんなマリエールにトールは続ける。
「本当はもっと前に言うつもりだったんだけどね。ライバルを牽制したり、マリエールを迎える準備をしたり、あとはリリーネ達の了承を得るのに時間が掛かってね。で、どうかな?」
「な、何が?」
「僕との縁談を受けてくれる?」
そう言ったトールの瞳はどこまでも真剣でマリエールは戸惑ってしまう。
トールのことは嫌いではない。
むしろマリエールは彼に好意らしきものを抱いてはいる。
しかし・・・
「トールは本当に私でいいの?こんな筋肉質な戦いしか能のない女で・・・」
マリエールは考えてしまう。
また、トールが婚約者だった彼のように拒絶するのではないのかと。
そう考えるとマリエールはダメだった。
諦めたような表情でマリエールはトールに続ける。
「トールはきっと勘違いをしているんだよ。こんな女らしくない女を好きになるなんてありえない。トールには私なんかよりもっと素敵な人が・・・」
「黙って。」
トールは今までにないくらいの低い声でマリエールの言葉を遮った。
マリエールがトールの表情をみると、その表情は明らかな怒りが浮かんでいた。
「マリエール本人でも、マリエールのことを悪く言うことは許さないよ。それに、勘違いだって?僕の思いはそんな簡単なものじゃない。10年だよ10年。そんな歳月を片想いしてたんだよ。」
あまりの迫力にマリエールは言葉が出なかった。
それでもトールは言葉を続ける。
「それに、マリエールはちゃんと女だよ。確かに普通の女性より筋肉質だけど、それだけだ。英雄?《青の虎》?そんな称号どうでもいいよ。僕が好きなのはマリエールだ。マリエールという女が僕の惚れた女。それが全てだ。」
「とー・・・る?」
「マリエールは過去の婚約者のことで悩んでいるんだろ?」
「!?な、なんで!!」
「全部知ってる。だからこそ僕は言うよ。マリエールが誰よりも大好きで愛している。だから・・・」
トールは真っ直ぐにマリエールの瞳をみて言った。
「マリエール。僕と結婚してくほしい。君を誰よりも幸せにすると誓う。大好きだ。」
マリエールはその言葉にふいに涙が浮かんできた。
長い間心に居座ったあの言葉を否定してくれる人がいる。
本心からマリエールを好きだと、愛していると言ってくれた。
だから・・・
「トール。」
マリエールは涙を目尻に浮かべながら笑顔を浮かべた。
「私で・・・私なんかでよければよろこんで。」
「君がいいんだ。マリエール。」
「うん・・・ありがとうトール。大好きだよ・・・・」
この時にマリエールが浮かべた笑顔は誰よりも可憐で女らしかった。
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それからの日々は慌ただしかった。
その日に即決まった縁談を家族やリリーネなどは大いに喜んでくれた。
特にリリーネの喜びは凄くて、トールに「マリエールを泣かせたら許さないから」と宣戦布告していた。
国としても、英雄の結婚ということで大いに盛り上がり、それから半年後には二人は結婚式をあげた。
結婚式の時にすでに妊娠していたマリエールは周りから大層驚かれた。
トールいわく、「毎日可愛がってる」とのことで、それを聞いたマリエールが真っ赤になり、そんな可憐なマリエールをみたリリーネが密かに萌えていたりした。
そして、それから数年でマリエールは3人の子供に恵まれて公爵夫人としても母親としても、もちろん・・・トールの妻としても幸せに暮らした。
ーー愛するものと共に生きれた《青の虎》の一生は幸せだったとされているーー
お読みいただきありがとうございます。
短編で続編ではないけど、関連作品をはじめて書きました。
前作を読んだ方で設定がおかしいと思った方がいましたら是非とも教えてください。
あと、前作では出してた魔法要素がなかったのは誰もが使えるわけではないからと、荒事ではなかったからです。
また、今作からの方も是非前作をお読みいただければ嬉しいです。
あと、少し補足をすると、昔からトールはマリエールが大好きで囲い込みのために時間がかかりました。
実は結構腹黒なドSです(笑)
ではではm(__)m