04-1
薄暗い部屋にカタカタという小さな音が響く。机の引き出しの奥で、偽装された通信機が書類を吐き出す。
窓からはオレンジ色の光が差し込んでいた。
眠りについたのは既に空が白み始めていたころだった。きっと今は夕方なのだろう。
グレンは顔をしかめて手を伸ばし、ベッド脇に置いてあったグラスを取る。ほこりが浮いたぬるい酒を流し込む。喉が焼ける感覚で、少しずつ目が覚めていく。
乱暴に机の引き出しを開ける。グレンが苛つくのも無理はない。最近、やけに仕事のペースが増えている。本来この星では数年に一度のペースだったはずが、今年に入ってからは毎月のように書類が届いていた。特に今回は、昨夜一件つぶしてきたばかりだったのに。
茶色く変色した紙をぐしゃりと掴むと、ロッキングチェアに倒れこむように体を預ける。ギシギシときしんだ音がして、椅子は健気に体重を受け止める。髪をかき上げ、焦点が合うのをゆっくりと待つ。
紙に書き込んであるのは数字の羅列のみだ。対象の座標と識別番号。それだけあれば十分だったし、そもそもそれ以上の情報は収集されていなかった。
ん?
細めたグレンの目が止まる。そこには仕事の通知ではなく、プレイヤーのゲーム開始時刻と降下地点の座標が書かれていた。顔を覆い、思わずこぼれる笑みを抑える。待ちわびた日がついに来たのだ。
キャトルマンを深めにかぶり、ダスターコートに袖を通しながら、グレンはドアを開けた。刺すような夕焼けがグレンを迎えた。
向かったのは冒険者ギルドだ。いつものように重苦しいドアを開ける。見慣れぬ女がいる。
ああ、もう来てやがる。いつも送信が遅すぎるんだよ、クソ衛星め。
緊張が体を一瞬こわばらせるが、務めて自然にふるまう。焦ることはない、こちらは何も装備していないのだ。相手が感知するようなものは、何も。
グレンが注視したのは、見慣れない冒険者。受付のドロレスから説明を受けていた。
あれで他の冒険者に溶け込んでいるつもりか。ガントレットにベスト、一つ一つの装備がやけに質が良い。そんなドレスを着て、どこに行くつもりだ? この星の奴でも、ちょっと注意力があればすぐに見抜くぜ。
その女は、明らかにプレイヤーだった。
奥のカウンターで酒を頼むと、他の冒険者に紛れて適当に壁にもたれ、じっくりと相手を観察する。
長い銀髪に白い肌、瞳はは赤みがかった茶色。なかなかの美人だ。戦い慣れしているとは思えない、筋肉の少ない体つき。身長、顔つき、声、訛り。基本情報をしっかり頭に叩き込む。
所作を見るに、初参加のプレイヤーだろう。予定通りだ。
アーマーのレベルは? 何せ10年以上この星に引きこもっていたのだ。自分の最後の情報とのずれを慎重に確認していく。
革製を模したガントレットに、薄茶色のベスト。スタンダードな装備だ。使い込み方からいって、ろくにチュートリアルもしていないな。
腕に砲門は見当たらないが、基本的にあれは可変パーツの塊である。あてにならない。だが、あの厚みなら出力はそう高くないはずだ。
グレンが知っているころは、腕の可変部と肩の制御部とでセットになっているものが主流だった。制御系を複数用意することにより、破損などの保険にするとともに、カスタムの自由度を上げているタイプだ。見たところ基本設計はそう変わっていないようだ。
では、脚部のバーニア性能は? 腰部に見えるオプション武器の種類は?
武器の単純な威力だけで言えば、かつてあったピークを過ぎて、現在はあえて抑えられている。ゲームバランスの崩壊が問題になったためだ。その後、多様性と小型化へ開発は向かい、現在では数多くの種類からプレイヤーが複数を選択できるようになっている。
さらに重要なのが、内部データである。特に各種マスタリーの性能には上限は設けられていない。マスタリーの性能を上げて、あえて武器の性能を落とす。もしくは持ち込み武器の種類を抑え、マスタリーで現地の武器を使用するプレイが流行っていたはずだ。
「ありがとうございました」
受付での説明が終わったようだ。まだ顔を覚えられるわけにはいかないが、やることもある。
グレンは歩き出し、女とうつむき気味にすれ違う。
カウンターに肘をかけ、まだ担当が整理中の書類に目を走らせる。サインにはノゾミ・ランバードと書かれていた。きれいな字だ、人間が書いたような微妙な癖もある。おそらく翻訳ソフトなどは使用していないのだろう。
勉強熱心なお嬢さんだ、こういうタイプはパターンが読みやすい。
視線を感じたのか、ドロレスが顔をあげる。手早く書類を脇にどかし、グレンに声をかける。
「グレンさん、お久しぶりですー。って、酒くさー」
「よう、珍しいカッコの姉ちゃんだったな。新顔か?」
「ええ、田舎から出てきて、今日ベーメンについたばっかりみたいですよ。冒険者組合とかにも疎いみたいで、ちょっと心配ですね。マナもほとんど感じなかったし」
まあそうだろうなと思いつつ、適当に相槌を打っておく。
「ところで、またしばらく旅に出たいんだが、キャラバンの護衛とかあるかい?」
「相変わらず急に決めるんですから。本当に風来坊ですねえ。いつも言っていますけど、そういう仕事はだいたい埋まってますって。
と、そうですねー、明日到着予定のキャラバンが一組ありますけど、そこと交渉してみたらどうです? 別に今日明日発つつもりでもないんでしょ」
「行先は?」
「フォルトナ。北方面ですね、細かい寄り道までは知りませんけど」
北か。ライの海も北、確か海峡の先だったな。ちょうどいい。
「わかった。到着したら紹介しといてくれ」
「はいはい、わかりました。でも、ちゃんと連絡つくようにしといてくださいよ? 前に何回かすっぽかされたこと、私はちゃんと覚えてるんですから」
「へいへい」
準備は出来ている。獲物は来た。餌もある。
その日、グレンの『ゲーム』が、静かに開始された。