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Future in an oblong box  作者: 鳴海 酒
第15話 ライの海へ
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15-6

 

 いつの間にか曲は変わり、高低の旋律が速度を上げて複雑に絡み合っている。それは崖っぷちを歩く馬車のようにぎりぎりのバランスを保ち、ぞわりとする不協和音と快感との間をせめぎあう。


「勝手にやってなさい」

 ノゾミは取り合わない。

 バカな。

 そうだ、バカなと言う他ない。


「ところが、そうもいかなくてな。この星を抜け出すのに、お前の協力が必要なのさ」

「協力なんかするわけないでしょ。 ……ああ、もしかして、IDが必要なの?」

 正解だ。グレンはゆっくり口角を上げる。

 ツアー参加者全員に割り振られるIDは、各星間の移動パスも兼ねている。そのため、単なる会員証にとどまらず、下手なパスポートよりもよほど厳重な取り扱いがされている。

 理由は至極単純。冒険者本人の安否が非常に不安定だから。身ぐるみ剥がされる程度で済めば御の字、死亡よりも失踪が多く、盗まれて犯罪へ転用されることなど日常茶飯事だ。

 とはいえ、セキュリティレベルはどれも一律ではない。富裕層が安全を金で買っている反面、狙われやすいグレーなパスというものも存在する。ノゾミのパスが、まさにそれだった。


「まずは、会社の目から逃れる必要があったからな。それに、マナを集めたり扱い方を学ぶ時間も必要だった。グレン・ダンジグとしては、10年以上前に死亡扱いになっているはずさ。でなければ、こんな回りくどい手を使うこともなかったんだが」

「パスくらい譲ってあげるわ。私のIDで登録されているアーマーも、お金もいらない。すべて持ってこの星から出て行きなよ」

 そんな気はさらさらないが、一応の提案だ。

「わかってねえな。ゲームをしたいって言っただろ? 悪役は力ずくで奪うものだし、正義の味方は戦って阻止するもんだ」


 話は済んだとばかりに、グレンは銃を取り出す。ヘイトブリーダー。その長い銃身を天井に向け、グレンは引き金を引く。


「ノゾミさん、天井から何か来ます、避けて!」


 銃声が合図だった。パラパラと土のかけらが頭に降りかかり、ぞくりとする感覚が襲ってくる。ノゾミは身をひるがえし壁際へと飛ぶ。

 ほぼ同時に、天井から三メートルはあろうかというアザラシが落ちてくる。いや、違う。のっそりと持ち上げた上半身には、太い腕と薄汚れた女の顔がついている。女の頭には太いロープのような、無数の蛇が。

「ゴルゴン!」


 ガアンと高い爆発音。メドウスのレールガンの発射音だった。弾は巨体の右肩を焼いている。どす黒い体液が飛び散り、並ぶ机を汚していく。

「ふざけるな!」

 それまで黙って窓の向こうで話を聞いていたメドウスが吠える。

「グレン! 君にも理由があってしたことなら、怒りはあっても、矛は向けなかった。けれど、全部お前のわがままじゃないか。そんな理由で、お師匠様は殺されたってのか!」

「やっぱり隠れていたか、嬉しいぜ。復讐の相手はここだ。かかって来いよ」

「ラトル、こいつの特殊能力は?」

「データブックには石化、詳細は不明です」

 話しながらも足は止めない。

 剣を伸ばして切りかかるが、ゴルゴンは太い左腕を振り回す。刃を掴まれないように、マスタリーのフォローをフルに活用し、浅く深く踏み込んでいく。腕を掻い潜ったところで、頭から伸びる無数の鞭が襲い掛かる。斬りはらうものの、数が多い。押しきれない。

 ゴルゴンとやり合っている間も、左右でやかましく銃声が響く。ゴルゴンの巨体を盾にして、グレンの射線に入らないように回り続ける。グレンとメドウスは、物陰を移動しつつ銃で牽制しあっている。腕は明らかにグレンだが、メドウスもラトルのサポートにより、移動を続けるグレンの位置を正確に狙ってくる。


「ノゾミ、もっと楽しめよ。お前だってこういうのを求めてたんだろ?」

「うるさい!」

「一つだけヒントをやるよ。そいつの一番の売りは、眼の良さだ!」

 銃弾の雨を降らせながら、グレンが叫んだ。

 その言葉を理解していたわけではなかろうが、ゴルゴンの瞳が光る。


 ゴルゴンの顔を中心に、ピンク色のコーン状のマーカーが広がる。能力の効果範囲を表すマークだが、ノゾミのモニタが使えない今、それを確認できたのはラトルだけだった。

「その光はダメ、避け――」

 ラトルの声がかき消される。ノゾミの体が急に重たくなる。がくんとバランスを崩したノゾミは前に突っ伏しそうになる。その拍子で奴の首付近に剣を突き立てられたのは単なる偶然だ。

 必死でゴルゴンの頭を蹴り飛ばし、その場に倒れこむことだけは避ける。マジックモーメントを起用に起動すると、四つ足で猫のように着地して距離を取る。


「つっ、なによいきなり。ラトル? 返事して」

 焦るものの、止まっていては的になる。ヘッドギアをいじっている余裕もない。

「ノゾミ、ゴルゴンの眼の光だ、あれで機械の機能が停止する!」


 アーマー殺し。それが、ゴルゴンの持つスキルだった。あたかも石化したかのように、光を食らった機器の機能を一定時間停止させる。そしてそれを食らったプレイヤーは、うごめく蛇の髪により、物言わぬ石の像へと変わり果てるのだ。

 メドウスが受け取ったのは、ラトル本体の最後の通信だった。インカムを通じ、最後に飛ばした警告だ。

 しかし、インカムはあくまで子機に過ぎない。ラトルが完全に死んだわけではないが、アーマーの再起動など、機器に干渉する真似はできない。

 せめて首元に刺さった剣から電撃さえ放てればとも思ったが、効果範囲がわからない。その機能も殺されている可能性がある。


「受け取って!」

 窓からメドウスがハルバードを放り投げる。ノゾミはアーマーをパージするとそれを受け取り、戦う。使えるのは肉体と経験、そしてマナ。

 全て、自分自身が積み上げてきた力だった。


 ゴルゴンがおたけびを上げた。

 両腕はだらりと下げたまま。奴も苦しいのだ。

 メドウスがグレンに向かい、手榴弾を投げ付ける。とっておきだった、PK-186。煙幕などではない、殺傷を目的とした武器。


 閃光の後、一瞬だが道が開けた。フェイントも無しに――アーマー無しではそんなことをする余力も無いが――、一直線にゴルゴンへと向かう。

 ゴルゴンの眼が再度光る。が、影響のある装備品は何もつけていない。


 まっすぐに迫るノゾミの刃を前に、ゴルゴンはなすすべもなく、首をはねられた。


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