15-5
階段を下りてしばらく歩くと、ぽんと広い空間に出た。
洞窟はドラゴンの胃袋のような形に乱暴にくりぬかれ、その中心に教会がぽつんと建てられている。
ノゾミとメドウスは、顔を見合わせ、頷き合う。
メドウスを通路の入り口に残し、ノゾミが姿勢を低くして入り口へと駆け寄る。
声や物音はしない。中を覗くが人影はない。
内部は広い礼拝堂だった。意外にも豪華な作りになっており、白を基調とした壁面に、ところどころに像や絵画などが飾られている。天井の照明は暖かなオレンジ色で、その光を受けて、額や椅子のふちの金属が大小の格子を作っている。
静かだ。でも、罠にしては回りくどい。
ノゾミは少し考えると、振り返り、メドウスに手で合図を送る。
メドウスも同様に音を立てずに窓に近寄ると、そっと中の様子を確認する。レールガンを構え、ノゾミに視線を送る。
再度頷き合う二人。
メドウスを脇に待機させたまま、ノゾミはゆっくりと扉の前に移動する。深呼吸を一つ。剣を手にする。少し悩み、小剣モードを選ぶ。速度重視のモードだ。
扉を開く。ぎぎいと錆びた金属がこすれる音が尾を引く。
まっすぐに引かれた絨毯の上を、ゆっくりと歩く。正面には十字架。
半ばまで来たところで、ノゾミは立ち止まる。足を軽く崩し、腰に手を当てると周囲を見回す。
油断するわけではないが、肺にたまった空気を入れ替えると、軽く頭を振る。何も無いのだろうかと思いかける。そんなはずもないだろうに。
口元に手を当て、軽くうつむく。ノゾミがどうするかを考えようとした瞬間、声がした。
「よく来たな、早かったじゃないか」
びくりとして壇上を見る。いつの間にか、グレンがそこにいた。
ラトルが囁く。
「教壇の裏です、そこから現れました。おそらくそこに、奥へ続く通路があるんでしょう」
ノゾミは、油断なく左右に目を配らせる。足を半歩ずらしマナを集める。すぐにでも動ける位置に構え、とびかかるコースを頭の中で組み立てる。
「一人か? あの坊ちゃんはどうした? てっきり一緒だと思ったが」
「狙われるとわかって連れてくるほど、バカじゃないわ」
「ふむ、まあいいか」
グレンは顎の無精ひげを撫でると、にやりと意味深な笑みを浮かべる。懐から小さなリモコンを取り出す。ノゾミが警戒を見せると、心配するなと手で合図する。
突如、パイプオルガンの音が響いた。荘厳な音色が洞窟を使い反響する。曲は知らないが、賛美歌だということはノゾミにも分かった。
「何よ、この曲は」
「知らないか? バッハだよ。あれだけ音楽が発展した20世紀ですら、真の意味で作曲をしたのは二人しかいないとされている。バッハと、ええと、あと一人はどっかの貴族だ。名前は忘れちまったが」
「インテリなのね。でも、クソ滑稽だわ。神父にあこがれているのなら、一足飛びに天使にしてあげるわよ」
ノゾミはにらむ。左腕を持ち上げ、レーザーの銃口をグレンにむける。もっとも、対策くらいしているだろうし、これで倒せるとも思っていない。
「そう焦るなよ。映画でもゲームでも、最期の戦いの前には話くらいするものだぜ」
「なら、早く済ませなさい。――結局、あんたの目的はなんなのよ」
グレンは肩をすくめ、困ったようなそぶりを見せた。ノゾミも肩の力を抜き、警戒を少しだけ緩める。
「そうそう、それだ。お前には話しておくべきだと思ってな。なあに、単純な話さ。俺はゲームで遊びたかったんだ」
「はぁ? ゲーム? そんなの勝手にしてなさいよ」
「まあ聞けよ。俺はもともとジェリー社の開発部の人間だったのさ。プレイヤーになったこともあるし、VRMMOにハマった時期もあった。俺の最大の失敗は、ゲーム好きなのにそういう会社に入っちまったってことだ。あまつさえ開発にな。遊ぼうとしたときになってやっと気付いたんだ、自分で開発したゲームはクソつまらねえってことに」
ノゾミは脇に並んでいる机に腰かける。足を組むことはしなかったが、前の椅子に行儀悪く足をかけ、退屈そうにぐらぐら揺らす。続けろ、と顎をしゃくる。
「それで? 別の会社のゲームでもしてれば良かったでしょうに」
「そうだな。いや、しばらくはゲームに対する情熱を失って、単純に仕事として作業をこなしてた。そんなときに、調査員の事故がやけに多いとかいうことで、この星の現地調査をすることになった」
ノゾミは、じとりとグレンを睨みつける。
「マナのこと?」
聞くまでもない、ノゾミにもわかっている。
「そうだ。驚いたぜ、本当に。確かにそこにあるのが見えるのに、ログを確認しても何も検出できねえ。モニタにも映らねえ。まさに魔法さ」
「で、同行した人たちを殺して、それを独り占めすることにした、と」
アグアスの洞窟深くで死んでいた男を思い出す。きっと他にも何人も犠牲者がいたのだろう。
「……それは少し先走り過ぎだ」
グレンが首を横に振る。
「――プリンシス・オブ・ユニヴァース」
グレンがつぶやくように口にした一つの言葉。それはツアー関係者なら誰もが知っている。一つの惑星をまるまる改造した、宇宙で最大規模のゲームの舞台だ。
開発された最新の機器は真っ先に投入され、現実の冒険だけでなく、VRMMOにも対応している。各企業が合同で開発しており、ダンジョン数も数えきれないほど。いくつもの大陸、島はそれぞれレベルや環境毎にわけられている。
しかし、ノゾミはまだ、グレンが目指しているものを理解できない。
「運営の用意したボスを倒すだけじゃ、つまらないと思ったことはねえか?」
なにをバカなことを。
「この力で、俺がボスになってやるのさ」




