15-4
ごとりと、重たい金属がかみ合う音がした。グレンは赤茶けた扉を見た。
待っていた。
フラグが立った。封印が解けたのだ。
潮風が砂を持ち上げる。ざらつく口の中を水で清める。肩を持ち上げ、歩きっぱなしで疲れた筋をゆっくりと伸ばしていく。
扉の前に立つと、手をかけ、ゆっくりと押す。
重たい金属の扉が動き出す。
中には、上下に続く二つの階段。グレンは銃を構え、下へと降りていく。
丘を越えたところで、白い塔が目に入る。この島はそんなに大きな島ではない。一帯を見渡すが、人工物はそれくらいのもの。
ここがラストダンジョンなのだ。ノゾミは理解する。
たいした冒険をしてきたわけではない。おそらく本来予定されていたイベントの、半分も消化していないだろう。それでも、最高の時間だったとノゾミは思う。
本気でその気になれば、この戦いから逃げられないなんてことは無いのだろうけれど、それではメドウスが納得しないだろう。もしかしたら一人でも行ってしまうかもしれない。それに、グレンの目的が知りたいという好奇心もある。
戦って掴み取るのはわかりやすいし、何より自分にはそういうのがお似合いなんだろう。
ただ一つ申し訳ないのは、メドウスを意味も分からないままに連れてきてしまったこと。もちろん聞かれることにはすべて正直に答えたけれど、どこまで本当に理解してくれたのかはわからない。ただ、後悔だけはさせたくなかった。
メドウスを見つめ、ノゾミは昔を思い出す。
ガラクタを寄せ集めて作られたような町で育ち、底から抜け出すための切符を手に入れたときのことを。行先もろくに見ずに旅に出たが、ノゾミは満足している。
現在の状況についても、実は面白がっている自分がいる。たぶんグレンも毎日が退屈だったのだ。ノゾミには会社勤めの経験はないが、きっと変化の乏しい毎日なのだ。
冷蔵庫を開けたら、渋いだけの泥水しか入っていないようなものだ。そんな世界で暮らしていたら、この星はさぞかし魅力的なおもちゃに見えた事だろう。
塔の横には、素っ気ない看板があった。
『クェルノ灯台』。そばに焚火の跡を見つけたが、既に冷たい。周囲に人影も無い。
何となくだが、理解はしていた。彼も楽しみたいのだ、殺したいわけではなく。
狙撃なんてつまらないやりかたではない。きっとダンジョンの最深部で待っていて、ボスとして立ちふさがるつもりなのだろう。
「じゃあ、入りますか」
ノゾミは剣を手に、ゆっくりと塔へ足を踏み入れる。
「おおっと、ノゾミさん。フェアリーを連れてきたボーナスです。ダンジョンのデータが入手できますが、ダウンロードしときますか?」
軽快な電子音がして、ラトルからの報告が入った。相変わらずの軽い声。
フェアリーという単語に、そういえばそういう設定だったなと思い出す。
「そうね、偽情報とウイルスには気を付けて」
「はいどうもー。うわー、かなり広いみたいですよ、ここ。とりあえずそこの階段は下です。続きは歩きながらガイドしていきますねー」
「便利だね、こういうのがラトルの本来の役割なの?」
「そうね、たまには妖精らしく働いてもらいましょうか」
階段を降りると、地下は石造りの迷宮が広がっている。鈍い光を放つライトはあるものの、照らされているのはノゾミたちの周囲のみ。
「ずいぶん見通しが悪いね」
「かまわず進んでください、こちらの動きに合わせて、ライトも動きます」
ラトルの言葉通り、歩くたびにライトが切り替わっていく。戦いや移動には支障がないが、先に何があるかは、実際に進まないとわからないようになっている。
「ノゾミ、どうする? これじゃ向こうからは丸見えだ。狙撃ができるグレンとは、相性が悪すぎる。他の道を行く?」
「たぶん大丈夫よ。あいつの性格からして、最深部で待ってると思う。そうじゃなきゃ、ここに来る前にとっくに襲われてるわ」
歩いていくと、がこんという鈍い石音が響く。ラトルの警告。ダンジョンの仕掛けは生きている。通路の壁が開き、剣を持った骸骨が二匹現れる。
メドウスが構える。
「ゾンビとは違う。骨?」
「スケルトンよ、低レベルのザコモンスター。メドは後ろで見てるといいわ」
ノゾミは慣れた調子で駆け寄ると、ハルバードをぐるりと振り回し、横なぎにスケルトンを吹き飛ばす。ガラスをひっかいたような高い悲鳴ともに、骨は砕け散り、影にぶち当たって動かなくなる。
「ノゾミ、こいつらは?」
「このゲームの、本来の主催者が用意したモンスターよ」
「もしかしてスネークピットの内部も、本当ならこうなっていたのかな」
「そうですねー、モンスター配置は多少違いますが。もっともあそこでは、入り込んだ盗賊が埋め合わせをしてくれていたみたいですけど」
別に宝箱を落とすわけでもない。先を急ぎながら説明をする。
「今のやつは骨格がセラミック製だから、脆いわ。ダメージを受けても怯まずに突っ込んではくるけど、力押しで十分。キラキラ光沢があるスケルトンには気を付けて。そいつは金属製だから、頭を狙うの。行動を制御するCPUがあるわ」
「ん、わかった。その辺の判断は、ラトルにお願いするよ」
「それが賢明ですねー。プロに任せてください」
実際に、扉を開けるたびに待ち構えるのは、スケルトンだけではない。ゴブリンや巨大なサソリ、蛇。今までの出番を取り戻すように、ノゾミ達を歓迎する。
数匹ずつ現れる敵は、マジックの格好の餌食になる。扉を開けた直後の硬直時間を狙い、マジックを叩き込む。それだけで中型のモンスターは吹きとび、残ったものもノゾミのハルバードになぎ倒される。
念のためにレールガンも構えているが、幸いにも出番はまだ先だ。
「そこは右です、そのまま。扉は触らないでくださいね、罠です。ああ、その先はダークゾーンなので、ライトを用意して。一気に駆け抜けますよー」
ラトルの指示で言われるままに進み、やがて階段へとたどり着く。
「ここからはマップはありません、心して進みましょう」
階下に明りは無い。迷宮の出口から差し込むか細い光を頼りに、壁に手を付けて降りていく。
風も感じないのに、空気が切り替わるのがわかった。




