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土の臭いのする細い洞窟を抜けると、言われた通り、そこは別の井戸へとつながっていた。泥まみれになりつつも、ノゾミとメドウスはなんとか城を脱出する。
七日だけ亭にたどり着き、着替えと傷の手当てが終わったところで、東の空が白み始めた。
並んでうとうとしているうちに、グレンが二人を訪ねてくる。
「しっかりしろよ、ジジイもお前も気持ちよさそうに眠りやがって。一番働いてるのは俺なんだぜ」
ぼやきながら、いくつかの書簡を見せる。
「これは?」
「通行だの捜索だのの許可証一式さ。昨夜、俺たちは、追っていた賊と戦闘になった。ディーコンが賊の攻撃で傷を負い、やつらは北方面に逃げて行った。
追手として雇われた俺の担当は、ベーメンから北方方面の捜索だ。敵は組織として他の街に潜んでいる可能性があるからな」
なるほど、そういう筋書きか。ノゾミは理解し、力なく頷く。
「すぐに出るぞ。表に馬車を止めてある」
窓から見下ろすと、簡素だが箱馬車が止まっていた。
後ろに乗れ、頭は出すな。ギルドへ寄るが、顔を見せるな。子供にするような注意が続く。
「いいのかい? 僕らだけ休ませてもらって」
「バカ言うな、お前らお尋ね者だぜ。顔がどれだけバレてるか知らねえが、余計な面倒が増えるだけだ」
ありがたかった。顔なんて出す元気はない。傷の方はすでに処置を済ませており、普通に動く分には十分だが、ずきずきと鈍い感覚は消えていない。
ハルバードを始め、簡単な荷物を馬車へ放り込む。座席に座ったノゾミは、グレンに悪いと思いつつ、メドウスに掴まり眠りに落ちる。
こうして一行はベーメンを出て、北へ向かう。
傍目には、商人の夫婦とその護衛に見えただろうか。グレンの用意した許可証の威力は絶大で、調べられるどころか待ち時間すらほとんど使わずに、当面の目的地であるフォルトナへと辿りつく。
フォルトナは白く美しい街だった。港街ということもあり、潮風が心地よい。
宿に着く。『漕ぎだす姉妹亭』と、白い看板が出ていた。名前を聞かれ、ノゾミは少しだけ迷う。
あたりを見回すと、青々とした観葉植物があった。植物に詳しいわけではないが、ああいう形の葉は見覚えがある。熱帯地方でよく生えているやつだ。
「グリーンリーフ。ミセス・グリーンリーフよ。こちらは夫のミスタ・グリーンリーフ。一番高い部屋をお願い。あー、こいつはグレン。馬小屋でいいわ」
「おい、勝手に決めるな」
グレンが無理にカウンターに割り込んでくる。肩が押されて少しむっとする。
宿代はノゾミ持ちの約束だ。アグアスとラハムで手に入れた貴金属類を換金したので、別に金には困ってない。たまの贅沢くらい問題なかろう。
「ご職業は?」
「特に無いわ」
受付嬢は一瞬だけにらむような目つきを見せる。ノゾミは慌てて返す。
「大丈夫、職は無くとも金ならあるわ」
前払いでもかまわない。そういうと、やっと安心してくれたようだ。
では、部屋をお取りしておきますね。女性は硬い表情を崩さず、滑らかにペンを滑らせる。
荷物を片付けた三人は、夕飯を食べながら話し合う。
「ディーコンのジジイは、少なくとも一か月は待てと言ってたぜ。とりあえず連絡のために手紙は一通書くが、その後は好きにすりゃあいい」
「好きにするったって、どうするの? ここで待つのもいいけど、退屈だわ」
フォルトナのギルドで適当な依頼を受けようというノゾミの意見は、二人の男からの猛反対にあった。ただでさえ目立つノゾミがそんなことをすると、隠れている意味がまったくない。
じゃあどうするのよ。ぶすっとふくれるノゾミに、メドウスはなだめるつもりで提案する。
「ライの海でも探してみる? もう少し北だったと思うけど」
その言葉に、グレンの目がぎらりと光る。
考えとくわ。ノゾミはそれだけ言うと、その話題を打ち切る。
とりあえず数日は、宿を起点に自由行動ということで落ち着いた。ノゾミはグラスを空にすると、メドウスと連れ立って部屋へ戻る。
次の日、ノゾミとメドウスは朝早くから市場を見物に出る。大きな魚の陰で、エイの頭が並んでいる。笑顔の生首が並んでいるように見えて、ノゾミはクスリと笑った。
海産物が特に有名らしいが、野菜も様々なものが並んでいる。ベーメンも大きな都市だったが、活気でいうとこちらが上かもしれない。自由都市というだけあり、経済活動は活発なのだろう。
ノゾミは横目でメドウスを見る。少しは笑顔も浮かべてくれるが、いつもよりも口数が少ない。状況はよくない逃亡の旅だが、二人きりのせっかくのデートでもある。楽しんでもらわなければ。
「まだ気にしてるの?」
「いや、そうじゃない。ただ、傷跡のことで気になってることがあるんだ」
「大丈夫よ、ちゃんと薬も塗っている。あなたのためにも、きれいな体でいるわ」
ノゾミはそう言って、少し服をずらし、肩に巻かれた包帯を見せる。
「え? ……あっ、いや、」
勘違いに気付いたメドウスが、顔を赤くしてうつむく。
ちょっと申し訳なさそうに言う。
「そうじゃないよ、グレンのことだ。ディーコンさんの腹の傷は、師匠の傷に似ていた。貫通していたところも含めてね」
メドウスは、グレンをまだ警戒している。
「グレンが、その、ダンジグだと?」
「いつからとか、そんな話をしたろ? 年齢が合わないから、ダンジグ当人じゃあないだろうけど。でも、何か知っている可能性は高いと思う」
いや、とラトルが口を開く。
「ノゾミさんの手前、言いづらいんですがー、それ、案外当たりかもしれませんよ。その、見た目通りの年齢じゃないかもってことです」
ノゾミはぶすっとして反論する。こういうことは、その場で訂正しておくことが大切なのだ。
「ちょっとメド、神サマに誓っていうけど、私は見た目通りの年齢だからね」
お互い黙ったまま、腕を組み、しばらく歩く。
「……私が確かめてみようか?」
「素直に言うわけないじゃないか」
「大丈夫よ、きっと役に立てるわ」
「君はいつでも役に立ってるよ、その、僕よりも」
メドウスはうつむく。熱くなった顔を、ノゾミに見られたくなかったから。
ノゾミは少しだけメドウスを頭から追い出し、冷静にグレンを分析する。
なんとなくだが、グレンは育ちのいい男なのだろうとノゾミは感じていた。冒険者をしているだけあって、荒事には慣れている。しかし、根っからの悪人とも思えない。
あえてはみ出し者という言葉を使うとするなら、それは自分のほうだろう。
もしこの星に昔から根を張っていたのなら、開発者か金持ちのどちらかだ。どちらにしても、きっと頭は良いのだろう。けれど、犯罪や騙し合いとともに暮らしてきたのは、自分の方ではなかろうか。
慣れてはいないというだけで、頭が良いなら、騙し合いにも対応してくる。きっとグレンもそうだろう。ただ、たぶんだけれど、一線を越えるときには躊躇が生まれるはず。
頭で考える相手には、考える暇を与えないことだ。ノゾミは今までの経験から、それをよくわかっていた




