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グレンはノゾミに聞いた。そのガキに惚れているのかと。ノゾミは答える。当り前だと。
グレンとしては、ゲームを進めてさえくれるなら、二人が乳繰り合おうが殺し合おうがかまわない。そうでないのなら、方向転換が必要だ。ノゾミがこの先どうするつもりなのか、見極めねばならない。しかし、メドウスという男の目的――錬金術師の事故の調査――に付き合うつもりだとすると、かなりの時間が取られるだろう。それはかったるいことだ。
一番の懸念は、ノゾミがこの星でメドウスと暮らそうと考えることだ。
移住目的でゲームに参加するプレイヤーがいることくらい知っている。
その星でプレイヤーとして暮らすうちに、そのまま居ついてしまった者たち。また、最初からそれを目的として、第二の人生をファンタジーの世界で終えようとする者たち。時期により多い少ないの違いこそあれ、やつらは常に一定の数がいる。
そしてグレンは、理由がどうあれ、彼らをカクテル飲みのように一段下に見ている。せっかくの酒に砂糖をぶち込み台無しにする奴らだ。犬に食われちまえば良いと本気で考えている。
企業として一応の対策は取っているものの、もちろんこの星では機能していない。もともと開発側であったグレンは、当然そういった事情を知っている。
グレンはぼやく。よりにもよって待ち望んでいた奴がこの病気にかかるとは。
ノゾミの口調に、グレンはぞわりとした悪寒を感じた。身の危険だとか戦いだのの警戒ではない。嫌な思い出が蘇る。厄介でクソ面倒くさく、理解なんてとうの昔に諦めたあれだ。
グレンはある女を思い出す。昔一緒に暮らしていた、ヒス女だ。名前はたしかリンダだったか。ケンカをするたび、グレンはリンダを必死でなだめ、説明し、機嫌を取った。デビという女もいた。彼女はわめかないだけマシだったが、べたべたと引っ付いてきた。まんざらでもないと思ってしまうぶん泥沼は深く、たちが悪かった。
その繰り返しで得たのは、女を説得することの無意味さを知ったことだけだ。無知の知を知った、ソクラテスに並んだのだ。
グレンは知っている。こういうときに、女に反対してもムダなのだ。
ディーコンが口を開く。沈黙するグレンの様子に危険を察したのかもしれない。
「金と言ったな、グレン。その金は、私が出そう」
「はあ?」
グレンは間抜けな声を出す。いったいこの男に何の得があって、そんなことをするのか。
「私にも、この年までため込んだ金が多少ある。陛下に依頼された額の倍を出そう。その金で二人をフォルトナまで護衛してやってくれ」
グレンは一瞬ぽかんとした表情を浮かべる。すぐに、くっくっと小さな笑いがこみ上げる。隣の木に手を打ち付け、頭を振る。
何をバカなことを。よりによって、俺に頼むか?
ディーコンは続ける。
「この騒動だ、例えこのまま逃げたところで、ベーメンにいる限りはいずれ見つかる。向こうなら人の出入りも活発だし、追手も届かんだろう。ほとぼりをさますには都合がいいと思うがね。……その間、私もバルサラの死について調べてみよう。落ち着いたら手紙をよこす、それまで隠れていろ」
「信用、できるんですか? あまりにも都合よすぎません?」
ラトルが小声で聞く。メドウスは答える。
「大丈夫だと思う。師匠はディーコンさんのことを、王宮で唯一信用できる男だって言ってた。僕も名前しか知らないけどね。それに、提案自体は悪くない」
「私は、メドに任せるわ」
グレンとしても、フォルトナなら妥協できる。ライの海に近いからだ。しかし、護衛か。
いろいろと考え続けていたグレンは、積み上げた考えを唐突に放棄する。もういい、だんだんと面倒くさくなった。計画は外れ、コントロールも奪われる。いいさ、最初からやり直して次の客を待とう。そんなことまで思う。
この男が原因か。グレンはメドウスをじろりと睨む。この男を殺せば、ノゾミは俺を恨んで追いかけてくるだろうか。それもいいかもしれない。
数秒の間ではあったが、様々な考えがグレンの頭をよぎっていく。
交渉決裂だな。口の中で転がしたセリフは、誰にも届かない。
ゆっくりと銃を持ち上げる。やめろ、とディーコンが叫ぶ。メドウスはノゾミをかばうために体を差し出す。
グレンはろくに狙いもせずに引き金を引く。
発砲音とメドウスが弾き飛ばされたのとは、ほぼ同時だった。
グレンがすっと銃を持ち上げた瞬間、ノゾミは既に動いていた。ラトルにスキル使用の指示を出す。
ラトルは何も言わずに従った。ケガをした体に負担がかかるのはわかっていたが、そんなことを言っている場合ではなかった。言い返していたら、その間にメドウスが打ち抜かれていただろう。
ノゾミは飛び掛かるようにメドウスを弾き飛ばし、その勢いのままグレンに切りかかった。
甲高い金属音が響く。グレンも大型のナイフを抜き、応戦する。
数合切り結び、グレンは後方に跳んだ。ただの筋力ではありえない跳躍。彼もまた、熟練の冒険者であり、マジックモーメントの使い手なのだ。
ノゾミは追えなかった。肩を抑え、声にならない呻きを上げてしゃがみ込む。代わりにメドウスがレッドスペシャルを構え発砲する。マナにより加速された弾丸が、白いプラズマを散らしていく。細い樹々など問題にならない貫通力だが、それも当たればの話だ。グレンは暗闇の中、素早く移動して的を絞らせない。経験に圧倒的な差があった。
ディーコンはマナを展開し、暗闇の中で跳ねるグレンを追う。グレンが女ではなくメドウスに狙いをつけているのを察し、その射線上に飛び出す。
発砲音。音も無くディーコンが崩れ落ちる。
メドウスはディーコンに駆け寄り、抱き上げる。
ノゾミは奥歯が砕けんばかりに食いしばり、一言絞り出す。
「……グレン!」
グレンはバツが悪そうに、頭をぼりぼりとかきむしりながら近寄ってくる。
「俺は、謝らねえぜ」
所作に油断はないものの、すぐに続きを始める気はないようだ。
ノゾミが苦しそうに、ラトルが選んだ薬をメドウスに渡す。メドウスはそれを飲ませ、次に、服を破ると傷口を確認した。テープ型のばんそうこうを張り付ける。幸いにも弾は貫通していた。
「大丈夫、命は助かるはずです」
普段から空気を読まないラトルのセリフだ、死ぬならそう言う。ある程度信用してもいいだろう。
「……グレン、二人を、……たのむ」
ディーコンは一言だけつぶやき、目を閉じた。かすれた声だった。
「わかったよ、やればいいんだろ、やれば」
グレンはあっさりと白旗をあげる。時間がないことを言い訳に、すべてをあきらめる。せめてもの抵抗に、あからさまに嫌な顔をしてみる。
「やるのはいいが、お前らは俺を信用できるのか?」
「あら、もらった金の分は働く主義だって、さっき言ったばかりじゃない」
ノゾミは皮肉をたっぷり込める。
「主義ってのは、ぶれるもんだ。……それも前に言ったろ?」
そっちの坊やは? あごをしゃくり促す。
メドウスは口を開く代わりに、ゆっくりと、深く頷いた。納得していない部分もあったけれど、自分の力ではこの男には到底かなわないのもわかっている。
今だけは、メドウスはバルサラのことなんてどうでもよかった。ただ、ノゾミを死なせないことだけを考えていた。
「上等だ。この先に、枯れた古井戸がある。底まで降りると横穴があるはずだ。城の外へつながってる。追手は適当にごまかしといてやるから、お前らはそこを通ってさっさと消えろ」
言うだけ言って、――そこでやっと銃をしまい――グレンはディーコンを乱暴にかついだ。
なぜグレンが井戸のことを知っているのか。気になる点はあったが、それどころでもなかった。メドウスはノゾミに肩を貸し、ゆっくりと暗闇に消える。
グレンはただひたすらに、疲れていた。




