14-6
ノゾミたちは森の中へ踏み入る。馬は入り口で放した。森と言っても城の敷地内だ、ある程度の手入れはされている。オウロ山の獣道に比べれば天国だ。特に、草をかき分けずに済むのがありがたい。明るければすぐに痕跡も発見されて追い付かれただろうが、暗闇の中を逃げるならば好都合だ。
「行くわよ」
ノゾミが先導し、メドウスが追う。いつも通りだ。ラトルはさっと周囲を見回し、現在地を確認する。
「ノゾミさん、もう少し西。左方向へ」
ラトルが案内するのは古井戸の一つ。この城にはなぜか、井戸が多数作られている。ベーメン城はたしかに大きな城だが、城内だけで100ヶ所以上も作られているのだ。城の本来の機能を考えるなら、水の確保は重要な問題だが、それにしても数が多すぎる。
それらは、城ができるよりもさらに前から作られてきた、張り巡らされた地下道への入り口でもあるのだ。今となっては、その地図が頭に入っているものなどいない――衛星画像を手に入れている、ラトル以外には。
メドウスは、前を行くノゾミがやけに遅いことに気付く。あのオウロ山を登った時ですら、追いつくのが精いっぱいだったのに。
遅いだけでない。腕を抑え、ふらついている。足音に混じり、荒い吐息も聞こえる。
「危ない!」
メドウスは駆け寄り、ふらついたノゾミの肩を抱いた。青白い顔は、暗闇の下では判断がつかない。
ノゾミは小さくうめくと、少し戸惑い、しかし素直に体重をメドウスに預けた。メドウスはまるでガラス細工に触れるように、丁寧にノゾミの体を調べる。すぐに、肩を縛る布に気付く。布を触ると湿り気を帯びている。はっとして見ると、その指先は黒く汚れている。
慌てて手を服で拭うと、ノゾミの額に触れる。
「いつから?」
「たいしたことないわ」
メドウスは何も言わない。ノゾミも、さすがにムリな言い訳だったと思う。
「熱もある、すぐに休ませないと」
ラトルが答える。
「ムリです、捕まっちゃいますよ。……既に薬は飲みました。けれど、たいして効いていません」
「他の薬は持っている?」
「これより強い薬を飲んだら、眠っちゃうわ。でも、大丈夫よ。ここまで来れば、いざとなったらあなた一人でも逃げられるわ」
「バカなこと言わないでくれ、そんなことするはずないじゃないか」
その言葉に満足したノゾミは、少しだけメドウスの手の中で目を閉じる。
ディーコンは森へ入ると、すぐにマナのフィールドを展開した。精度を求めるのならある程度の濃度が欲しいところだが、現在この森の中である程度以上のマナを持つ生物など、あの二人以外にいないだろう。限界まで広げると、慎重に歩き始める。
飛び道具をどこまで警戒すべきか。あのバルサラが弟子に選んだ男が、そこまで好戦的だとは思えないが。
まあいい、ここで死んだところで、どうせ孤独な爺なのだ。開き直ると気分も多少楽になる。
森に入った時間も場所も、そう離れてはいない。彼らの道は、すぐに交わる。
ディーコンとラトルは、ほぼ同時に接近に気付く。
「ノゾミさん、後ろから追手が」
振り向いて闇の向こうを見つめるが、そこには何も見えはしない。
メドウスはレッドスペシャルを構え、ノゾミの前にかばうように立つ。
ようやくガサガサと足音が聞こえてくると、メドウスは引き金に指をかける。
老人は言った。低く、よく通る声だ。声はするが、まだ姿は見えない。
「銃を下げてくれないか。親友の弟子たちと戦う気はないよ」
メドウスはその言葉に迷う。僕たちのことを知っている?
「親友とは?」
「バルサラさ。立派な魔術師で、錬金術師だった。お前さんとも一度、酒場で会ったことがあると思うんだが、覚えていないか?」
メドウスは師との会話を思い出す。バルサラはあまり過去のことを語りたがらなかったので、その名前を見つけだすのにしばらく時間を必要とした。
「ディーコン……さん? 宮廷魔術師の?」
「なんだよ、お前ら知り合いだったのか?」
聞き覚えのある、ぶっきらぼうな声。グレンだった。
緊張感のない声だが、手にはしっかりと拳銃が握られていた。腰ほどの茂みを大股で越え、近づく。その間も銃口は、紐でもついているかのように、メドウスに向けられたままだ。
ディーコンは後をつけられていることに気付いていたが、あえて何も言わなかった。森に入ってマナを展開して気付いたのだ。あのタイミングで声をかけても余計な誤解を生むだけで、下手をすればディーコン自身が危ないと思った。それよりは、流れに任せて平和的に解決することに賭ける。
メドウスが言う。
「グレンさんまで、なぜここに!?」
ディーコンは眉間にしわを寄せる。グレンを睨む。説明しろと目で訴える。
グレンはディーコンを見ると、
「一緒に仕事をしたことがある、それだけだ」
それだけ言って、銃を構えなおす。
「銃を下ろしてくれないか」
ディーコンの言葉に、グレンはため息をついて言う。
「あんた、忠誠心は高いと思ってたんだがな」
「わしは逆に、お前には忠誠心なんてものは無いと思っていたよ」
二度目のため息。
「もらった金の分は働く主義だ」
グレンは、さっきからノゾミが喋らないことに気付く。肩を抑え、小さく震えている。
もう少しタフな女だと思っていたのだが。その様子を見て、無性に渇きを覚える。
グレンはノゾミに聞いた。
「ノゾミ、お前は、これからどうする気だ?」
「決まってるわ、メドの望むことをするだけよ」
細いが、しっかりした声だ。




