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Future in an oblong box  作者: 鳴海 酒
第14話 それでもやっぱり君が好き
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14-5


 さてと。勢いで部屋を飛び出したものの、グレンは迷っている。

 透明になるマジックアイテムと聞き、犯人はノゾミだと確定した。もう一人は間違いなく、あのお坊ちゃんだろう。向かう先は目星がついているものの、兵士の前で鉢合わせして、知り合いだとばれるのはくだらない。

 考えているところで、城壁の向こうで火の手が上がる。よく観察していると、平屋の宿舎や厩舎からということに気付く。逃げ遅れるやつがいないように、加減したのだろうか。だとすれば、まだまだ余裕がありそうだ。


 あまり迷っている時間もなさそうだ。グレンは迂回して、北東の森へと向かう。イゴールらもそちらに逃げ込むとわかっているはずだ。

 地震で崩れた石垣のせいで、現在、そちら方面の警戒線は、城側へとかなり後退している。多めに人を配置しているとはいえ、間延びしたラインでは、ノゾミらがその気になればとても止めることはできないだろう。

 警戒線さえ越えてしまえば、すぐ向こうは森。そこに逃げ込みさえすれば、後はどうとでもなる。


 途中で兵士から報告を受けたが、グレンにとって目新しい情報はない。酔い覚ましに水をもらう。こちらの方がよっぽど助かる。

 奴らが銃弾がわりに硬貨を使ったと聞いたときだけは、面白いことを考えるものだと、少しだけ思った。しかしそれが、単なる非殺傷弾という用途だったことに気付き、すぐに失望した。

 もちろん奴らの考えもわかる。無意味に殺しても相手の恨みを買うだけだし、実際に攻撃よりも陽動を目的に動いている。しかし、今は祭りの真っ最中なのだ。しけた花火を持たされて、誰が満足できるものか。


 グレンは開けた広場に出る。ちょうど石垣が切れる部分にあたり、森へ逃げ込もうとするにはここが最短のルートだ。グレンは崩れかけた櫓を見上げる。石垣は無残に崩れ落ち、床板が見える状態にありながら、角の石でかろうじて支えられている。

 危ういバランスを保ちつつも崩れないそれは、まるでこの星の現状をそのまま表しているようだった。


 馬の声がして、グレンはさっと石の陰に隠れる。石垣の影の闇を、一頭の馬が駆け抜けていく。わざわざそんな走りにくい場所を走る奴なんて、今の状況ではあいつらしかいない。そう思ったが、目を凝らすとその人物はディーコンだった。

 珍しいな。グレンはつぶやく。つぶやいてから気付く。珍しいで済むのか? 明らかに異常なことだろう。

 老齢の彼が、事後の調査に出るのならまだしも、直接荒事のさなかに飛び込んでいくだなんて。しかも、供も連れずに。

 グレンの勘が囁く。冒険者としての勘だ。グレンはディーコンの後を追うことにする。こちらの方が面白いことになりそうだ。




 グレンが出ていったあと、ディーコンはイゴールに、いくつか警備について頼みごとをしていた。

「相手はこちらを殺す気はないはずだ、こちらもなるべく生かして捕えるようにしてくれ。越権行為なのは承知しているが、頼む」

 そう言って頭を下げるディーコンを、イゴールは慌てて止めた。

 兵の指揮権はイゴールにある。だが目のまえの老魔術師は、彼が生まれる前から王宮で女王に仕えてきたのだ。その信頼は厚い。自他に厳しく、こんなことを言うような男でもなかった。

 普段なら何を無茶なと取り合わないところだったが、イゴールはただならぬものを感じ、真剣な顔で頷いた。

 話が終わると、ディーコンも単独でノゾミらの後を追う。

 確信があってのことではない。ただ、いてもたってもいられなかった。


 今となっては、バルサラの宮廷時代のことを知る人物は、ディーコンくらいしかいなくなってしまった。と同時に、ディーコンにとってもバルサラは、ほとんど唯一といってもいい親友だった。

 死んだり田舎へ帰った友人も多いが、王宮の権力に魅せられて変わってしまったものも多い。

 ディーコンが真の意味で心を許せる人物というのは、王宮から離れつつも王都に残ることを選んだバルサラくらいしか残っていなかったのだ。

 そんな親友の、ただ一人の弟子。


 バルサラが以前から危ない橋を渡ろうとしていたのは知っている。彼はディーコンに一線を引き、決して自分の領分に立ち入らせようとはしなかった。

 それは王宮から去ったバルサラを、役人たちのしがらみから守ってくれた、ディーコンへの礼だったのかもしれない。ディーコンはそのことについて、バルサラに一言も喋ってはいないが、彼は気付いていただろうと思っている。だから、ディーコンも深く聞かなかった。

 しかし、ここにきてディーコンは激しい後悔に襲われることになる。


 彼は形見なのだ。忘れ形見だ。

 王宮に忍び込んでくるだなんて、よほどのことだ。ディーコンは、あの弟子が親友の意志を継いでいると思っている。ならば、親友と同じように扱わなければならない。

 あのときは守れなかった。ならば、今度こそ、私が守らなければならない。




 ノゾミは馬が地を蹴るたびに、うめくのを我慢しなくてはならなかった。ケガをしたのは肩なのに、振動は腹の奥に、体の芯にと直接響いてくる。

 マントを使用不能にされたのは幸いだった。汚れた体でメドウスに密着しなくても済むからだ。

 窓から降りようとしたときに、ロープを握る手がやけに滑った。肩から腕を伝い、手が濡れていたのだ。飛び降りた直後、一刻も早くメドウスに駆け寄りたいのを我慢して、くすねていたカーテンできつく縛り上げた。痛み止めも飲んだものの、マシになったのかどうかはわからない。


 ノゾミは、自分を犠牲にしてでも彼を助けようなどという性格ではない。

 彼の幸せは望むところなのだが、その横にいるのは常に自分でなくてはならない。せっかく逃げてきたこの星で、メドウスという形が見える幸せを掴めたのだ。それを味わう前に死ぬなんて、まっぴらごめんだ。

 それに、メドウス一人では逃げきれないだろうという考えもある。マナが使えるといっても、メドウスはあくまでも、この星の一般男性だ。ノットマンのような装備もない。自分が倒れたら、誰が彼を守るというのか。

 ケガのことはギリギリまで隠すつもりだが、いざとなったら打ち明けて、助けを求めようとは思っている。ただ、メドウスを心から信じてはいるけれど、それでも怖かった。命がかかった場面で、人がどんな選択をするのかを何度か見たことがあるから。

 ノゾミは考える。どのタイミングで話をするのが、一番効果的なのかを。ノゾミは考える。最悪の場合、どう動くのかを。

 メドウスをおいて一人で逃げるという選択肢は、思いつきもしない。迷うのは、メドウス一人でも逃がしてやり、一人で死ぬのか。それとも同情を引いて自分を庇ってもらい、二人で死ぬのか。

「一人で逃げてくれてもかまわないけれど、どうせ捕まっちゃうなら、死ぬところは見たいな」

 小さくつぶやく。考えている間だけは、痛みも和らぐ。いつの間にかノゾミは微笑んでいた。




 三者の思惑は、スターゲイジーパイに刺さった頭のように、てんでバラバラの方向を向いていた。それなのに、奇妙なことにその体は、森のとある一点で交わろうとしていた。


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