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ノゾミたちは走り出す。ラトルが指示した目的地は、北西の森。城の北西方面は二年前の地震で石垣も櫓も崩れかけており、絶賛補修中だった。侵入するときには避けた場所だが、森さえ逃げ込むことができればこちらのものだ。
「次の角を右へ曲がってください」
ラトル地図通りに案内する。ノゾミは胸がざわつくのを感じる。勘が、この道はまずいと告げている。
「ラトル、この道はだめ」
「でも、ここが最短ルートです」
「だからなのよ。大勢に追われているときは、最短ルートじゃだめなのよ」
大勢から逃げているときは、まずは引っ掻き回すことだ。
過去の経験から、ノゾミは知っている。一番まずいのは、相手にしっかりと連携を取られることだ。そうなったら、隠れたところでいずれ捕まる。早いか遅いかの違いだけだ。
こちらから積極的に引っ掻き回し、ほころびを作ってやる。そうするうちにやっと、ネズミの通り道ような狭い穴が見つかるのだ。
問答をしているうちに、数人の兵士にぶち当たる。
「お前ら何者だ? そこで止まれ」
こちらの姿を見て、相手は明らかに迷っている。まだ事情を知らない、ただの巡回だろうか。落ち着いて歩いていたら「やあご苦労」の一言で切り抜けられたかもしれない。そんな都合のいい妄想を、頭を振って投げ捨てる。
ノゾミはそのまま走り続ける。兵士も遅れて抜刀する。腕は悪くないのだが、相手が悪かった。一人は堀の下へと蹴落として、もう一人を適当に剣であしらう。突き飛ばされしりもちをついた兵士は、手持ちの笛で人を呼ぶ。
ノゾミの剣が青い電撃を放つ。兵士は崩れ落ちるが、既に笛は夜の闇に響いた後だ。
「ノゾミさん、急がないと仲間が来ます」
焦るラトルとは裏腹に、ノゾミは冷静さを増していく。仲間を呼びたいなら、呼ぶがいいさ。
軍の侵攻に備えるための段状の城郭。ラトルにはその迷路が見えている。しかし、彼女は二次元でしかそれを見ていない。
「メド、私に掴まって」
答えも聞かずにノゾミはメドウスを抱きかかえる。石垣の低めの場所を探すと、石垣を駆けあがりレンガの塀を越える。すんでのところで、石垣の下に兵士たちが集まる。まるでピンボールの球のような彼らを、蹴飛ばしたい衝動に駆られる。
ノゾミたちは塀の下に降り立つと、城壁の闇に紛れる。ノゾミはメドウスに、いくつかの弾を手渡す。発煙弾に、音響弾。ポケットを漁って出てきた順だ。
苦労して作り出したレールガン、レッドスペシャルの初の実戦だ。
緊張しながら装填するメドウスに、ノゾミは肩を叩き、いたずらっぽく微笑む。
「派手に行きましょう」
西の方角へむけて、適当に何発も発射する。数秒ののち、遠くで甲高い破裂音が聞こえる。各所で白煙が立ち上る。
ラトルが近寄る足音に気づき、警告する。ノゾミも気付いていた。さっきの奴らと違い、軽装で無駄のない動き。
「ラトル自慢のアレはどこ?」
メドウスが取り出した弾をレッドスペシャルごとひったくると、ノゾミは手慣れた様子で装填し、容赦なく発砲する。
空気が破裂し、金属音と悲鳴が響く。
発射した弾丸は、銅貨の束だ。軽い円形の、殺傷力の低い散弾。もともとは、コーディネーターとの戦闘を見据えて用意した弾丸だった。
ラトルが弾に硬貨を選んだ理由はいくつかある。まず最初の条件は、簡単に命中させられること。そして、殺さずに相手を無力化できること。一番価値が低い銅貨ならば、まとめて多数を入手でき、しかも足がつきにくい。
こんな場所でお披露目することになるとは思わなかったのだが、対人用のアイテムとして、備えておいて正解だったようだ。
うめく兵士たちを跳び越して、二人は駆ける。
「ずいぶん慣れてるんだね」
「以前、銀行強盗でもしてたんですかー?」
「したこともあるわよ」
ぎょっとしたラトルが、冗談ですよねーと聞く。
ノゾミは言う。
「あら、私にだってお金に困ってた時期くらいあったわよ。昔、食べ物がなくてすっごく困ったときにね、銃を持ってボロっちい銀行に入ったの。でも、勢いだけでろくに準備もしてなかったから、失敗しちゃった」
「捕まったの?」
「ううん、そこは三週間も前に店じまいしてたわ。お金どころか埃だらけ」
くくく、とメドウスが走りながら笑いをこらえる。続きが気になったラトルは、聞いてみる。
「それで、どうしたんですー? そのまま倒れて埃まみれってわけじゃないんでしょ」
ノゾミは頬を赤くし、恥ずかしそうに言った。
「書類の片付けをしてた、しなびたお爺さんがいたの。ピーチパイをもらったわ。美味しかったなあ」
「いい思い出だね」
メドウスは笑ってくれる。ぜえぜえと苦しそうだが、ちゃんと笑ってくれている。
ノゾミは言う。
「メドウス、あなた本当に良い人だわ」
ちょうど話が途切れたところで、つながれている馬を見つける。
二人は馬を奪い、さらに逃げる。




