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Future in an oblong box  作者: 鳴海 酒
第14話 それでもやっぱり君が好き
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14-2


 廊下には煙が立ち込めている。兵士たちが発射した、発煙弾による白煙だった。

 ノゾミらが隠れている浴室の扉が開き、兵士たちが入ってくる。それとともに、廊下を満たした煙も室内へと流れ込む。用意された煙は空気より重たく、膝までの高さを漂う。

 発案者はグレン。ゴーストに反応するマジックアイテムだという理由で、兵士たちに前もって配られていた。


 何を妙なことをと、ディーコンは呆れた。

 マナの塊であるゴーストは、まれに人間に憑りつき、精神を乗っ取ることがある。確かに危険だ。しかし、マジックを使える者にとっては大した脅威にはならない。肉を持たない体は、マナをぶつけることで簡単に四散する。

 挙句に、王城内にゴーストが突然発生するなんて、普通は考えられない。古戦場のようなマナがたまりやすいところならばまだわかる。呆れはしたが、止めはしなかった。あのグレンがやることなら、たぶん意味があるのだ。ディーコンもほかの兵士たちも、冒険者としていろいろな経験を積んでいる彼には一目置いている。


 異変に兵士が気付く。

「おい、あそこだ」

 彼が指をさす先には、ぽっかりと透明な空間が口を開けていた。立ち込める白煙が、まるで誰かに遠慮するように、その一角のみを避けて通っていたのだ。

 見えないはずの自分たちに視線が集まる。メドウスは焦るが、マントが使えなくなった時のことくらいは打ち合わせてある。

「メドウスさん、ロープをかけて窓からです。ノゾミさんが飛び出したらすぐに逃げますよ」

「メド、私は一人でも大丈夫だから。自分のことだけ考えて」

 指揮はラトル、盾はノゾミ。予定通りだ。ノゾミは冷静だ。どう切りかかれば、一番効率が良いかを考えていた。メドウスと二人で戦うという選択肢は、最初から存在しない。彼の安全はすべてに優先される。


 兵士たちも警戒し、武器を構える。早くあれを、そんな声が聞こえる。中央の兵士は何やら小さな小さな球を取り出し、投げつけた。

 取り出したアイテムは正体は? ばれたのは場所だけなのか、それとも姿が丸見えなのか? 移動するべき? そんな小さな迷いが積み重なり、一瞬の遅れを生んだ。いや、二人してマントをかぶっている今の状態では、そもそも避けられたかどうか。

 ともかく、兵士の投げた球体はマントにぶつかり、派手な黄色をまき散らす。

 ゴーストに効くマジックアイテムだ。適当な説明をグレンはしていた。何のことはないただの塗料だが、マントを封じる役目だけは確実にこなす。


 視界が一瞬で黄色に染まったのとほぼ同時に、ノゾミは体を翻し、姿を表す。メドウスの体が少しでも見えないようにという配慮から、マントの後ろ側から飛び出る。正面にいる兵士たちには、空間を切り裂いて突然女が現れたように見えたかもしれない。

 斜に構えると背筋を伸ばし、腕を軽く広げ、わざとらしいほどに尊大な態度で口を開く。

 ノゾミは言った。

「ごきげんよう、兵士諸君。奴から私のことは聞かなかったのか?」


 思わせぶりなことを言ってみる。声をかけ、会話が可能な相手だと意識を蒔く。兵士の一人が困った様子で、ディーコンにうかがうような視線を送る。

 ノゾミは薄い笑みを残したまま、ゆっくりと近づく。足にゆっくりマナを集める。まだだ、間合いまであと二歩が必要だ。三人の兵士が囲むようにノゾミに近づき、入れ替わりにディーコンは扉まで下がる。黄色い塊と化していたメドウスも、合わせるようにゆっくりと後ずさる。まだだ、走るのはノゾミが動いてからだ。頭の中で常に言い聞かせておかないと、体が勝手に動き出しそうで。

 全員がじりじりと距離を支配しようと動き続ける。緊張がだんだんと煮詰まって、破裂の時を迎える。


「それ以上ちか――」

 言い終わることはできなかった。誰かが口を開けた瞬間を、ノゾミは狙っていた。ノゾミは右へ飛ぶと一人目の兵士に切りかかる。

 ゆっくりと、ノゾミからするとゆっくりとした動きで振りかぶり、相手にわざと守らせる。殺すつもりはない。ガツンと固い衝撃がして、剣がこん棒へと食い込む。刹那、ノットマンの力を借りた容赦のない足払いを飛ばし、よろけた兵士の頭へと蹴りを見舞う。兵士はふらつき、中央の兵を巻き込む。鎧がぶつかる金属音が響くが、かまわず動く。誰一人として気に留める者はいない。

 振り返り身構える。三人目の兵士は落ち着いている。じりじりと警戒しながらにじり寄る。

「扉の老人がマナを集めています」

 ラトルが警告する。不可解さから最初はなじめなかったマジックだが、今では前兆を見ての警戒も慣れてきた。マナ自体を検知することはいまだにできないが、ポイントは熱の動きだ。熱が特徴的な揺らぎを見せるのだ。

 ノゾミは一瞥もせずに兵士にとびかかる。マジックは下手に防いだりかわしたりするよりも、打たせないほうが早い。だからこそ、兵士を射線に入れることを狙う。それを見て、ディーコンは即座にマジックを放った。さすがは本職の魔術師というべきか。とっさに放ったにも関わらず、その精度はメドウス以上だ。

 熱線がノゾミの背中を焼く。右肩が熱い、服をかすめたかもしれない。血は出ただろうか。頭の半分でそんなことを考えながら動く。降りかかるこん棒は、左手のガントレットで無理に弾いた。衝撃から一瞬遅れて、じわりと左腕の骨が痛んだ。

 大丈夫、こんなので壊れるほど軟じゃない。不安になる気持ちを抑え、鎧を、胴体部をめがけて刃を振るう。ガチリと継ぎ目に刃が噛みこむ。

「電撃を!」

 青い光がきらめく。鈍い音と低い悲鳴。剣に仕込まれた、ヴィエントの電撃だ。

 崩れ落ちる兵士のこん棒を広い、ディーコンへと投げつける。ディーコンは身をかわし、石壁にぶつかったこん棒はカツンと情けない音を立てる。


「メドウスさんはすでに下です、ノゾミさんも早く!」

 ノゾミはうす笑いを浮かべる。それだけ聞けば十分だ。自分の役目は済んだ。

 兵士が一人立ち上がり、ディーコンをかばうように前に出た。中央に立っていた、無傷の奴だろう。ノゾミは切りかかることを考え直す。背筋を伸ばし、腕を突き出し、剣をディーコンに向けて言う。

「私のことは、ダンジグに聞くがいい。奴が黒幕だ」

 ディーコンは前に出ようとした兵士を制する。マジックをいつでも打てるように、両腕を構えたまま答える。

「ダンジグとは誰だ」

 会話に乗ってきたディーコンに、ノゾミはほっとする。打つ気なら、とうに打っているはずだ。

 この老人は手強いかもしれない。ノゾミは昔を思い出す。部下がやられているのに、こいつだけは後方に控えて決してノゾミの間合いに入ることはなかった。そういう奴は大抵厄介なんだ。身体能力ではない。トミーガン(マジック)を持つ相手に、青年も老人もあるだろうか。

 ノゾミは堂々と胸を張る。

「女王に聞きなさい。私を傷つけることは賢い行いではないわ。そちらの兵士たちも、殺してはいない。お互い、ここで引きましょう?」

 話しながらゆっくりと後ずさる。窓へと近づいていく。


 ディーコンは迷う。それこそがノゾミの狙いだ。ディーコンも薄々わかっている。しかし、それでも迷っている。この賊があまりに不可解だから。

 今の会話の意味はなんだ? どこから現れた。なぜここに忍び込む。目的はなんだ?

 こいつは侵入者だ。我々の味方ではない。それは確かだ。しかし、全ての面で敵でもないのではないか。相手の目的とこちらの被害とは、一致しないのでは。ディーコンはそんな考えを捨てきることができなかった


 もう一つ理由がある。賊の片方の顔には見覚えがあった。

 何年も前だが、酒場で一度会ったことがある。うろ覚えだが、あの時は酔いつぶれた師を迎えに来たのだったか。

 かつての親友だった宮廷魔術師。ディーコンは彼を尊敬していた。魔術の研究で、宮廷でも彼に並ぶ者はいないと思っていた。彼が錬金術師に転向すると聞いたときは驚いたが、以前から興味があるのを知っていたので、快く応援した。

 一瞬見えた横顔は、その錬金術師の弟子だった少年によく似ていたのだ。


 ノゾミはディーコンの戸惑いを感じている。なぜかなんてどうでもいい、今はその数秒が貴重だった。猫のようなしなやかさで窓際へとたどり着く。そのまま油断なく、さっと窓から飛び降りる。派手に色のついたマントを片手に、暗闇の中、ロープを伝い滑っていく。

 下は石垣と堀に挟まれた狭い草むら。降り立つと、ノゾミはずきずきと痛みを増す右肩にマントをかける。木の陰で待っていたメドウスが、ほっとした表情を見せる。

「よかった。行こう、ノゾミ。今度は僕が前に出る」

 そう言って、ノゾミの前に立ち、レッドスペシャルを構える。

 ああ、なんて頼もしいんだろう。ノゾミはそのままメドウスの後姿を見ていたかったが、それはできない。

「何言ってるの、メドは私よりも足が遅いじゃない」

 メドウスは何か言いたそうに口をとがらせる。ノゾミはその顔を堪能し、にっこり微笑む。さあ、もたもたしてはいられない。逃げた場所はばれている、すぐに大勢の兵が押し寄せてくるだろう。


「このまま堀の横を道沿いに北へ。森へ抜けますよ。堀を超えるまでは一本道ですから、運が悪いと兵士にもぶつかります」

「強行突破しかないわね、急ぎましょう」

「ちょっと、ノゾミさんー」

 ラトルの心配そうな声がする。

「個別回線でしょうね?」

 苛ついたノゾミは、低い声で釘を刺す。

 ケガは問題ない。メドは優しいから、バレたらきっと立ち止まって応急処置をしようと言うはずだ。腕は動くし、出血も大した量ではない。まだ、大丈夫。ノゾミは心の中で自分に言い聞かせるように確認すると、走り始める。


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