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ノゾミは覚悟を決め、ノブをぐっと押し込む。ナイフと同じだ。腹に突き入れて、手ごたえを確かめながら、ゆっくりとひねり上げる。
メドウスにはマントを被らせたままで、すぐ後ろに待たせている。何かあれば、一人でも逃げられるように。
明かりが筋を作り、それはすぐに帯になる。
ようやく人が通れる隙間が空いたところで、ノゾミと女王の眼があった。
ノゾミは話しかける。
『大声を出さないで。動かないで。――プレイヤーの一人として、あなたに聞きたいことがある』
女王はゆっくりと、大きく、首を縦に動かす。
彼女はまるでこちらが来るのを待っていたかのように、扉を向いて直立していた。まさか開く扉と侵入者に驚き、硬直していたわけではないだろう。
ゆったりとした紺色のローブを着ている。装飾品の類はつけていない。腰まですらりと伸びた黒髪が、向かい合うノゾミとの対比を際立たせていた。
『プレイヤーが、何用でここまで来たのです?』
『錬金術師の――』
言いかけて、ノゾミは止まる。コホンと咳ばらいをして、言語を変えて言い直す。ラトルが翻訳してくれるとはいえ、当事者であるメドウスに、できる限り直接聞かせてやりたかったからだ。
「3ヶ月くらい前かしら、ベーメンの郊外で、錬金術師の工房が火事になったわ。その件について、何か知らない?」
レイナの眉間にしわが寄る。何を言っているかわからないといった様子だった。
ダンジグにはクーデターについての警告をされていた。当然レイナもその覚悟でいた。それなのに襲ってくるでもなく、脳を洗脳するでもなく、市井の小さな事件の質問をぶつけられる。こいつは何を考えているのだ?
レイナは記憶をたどり、いくつかの事件を候補にあげる。錬金術師か。確かに、自分が指示したものがその中にある。この銀髪の女が言うのは、この件についてだろう。
同時にその意図を探ろうとする。まさかギルドの依頼で、事件の調査依頼があったわけではあるまい。それならば先日ダンジグから何かしら話があっただろう。いや、怠け者の主人のことだ、気付いていないということもあり得る。
相手はプレイヤーだ。下手な嘘は、こちらの首を絞める。
「たしかに妾が指示したが、それがどうかしたか? 正直、お主には何の関係もないと思うがの」
やっぱりか。ノゾミの心にずきりと棘が刺さる。瞳に影が落ちる。もちろんノゾミが直接手を下したわけではないのだが、よそ者の同胞としての罪悪感はある。
「何のためにだ? 何のために師匠を、錬金術師バルサラを殺した?」
ほとんど叫ぶような声だった。いつの間にかメドウスはマントを足元に脱ぎ捨ていて、息は荒かった。ぐっと両拳を握りしめて、今にもとびかかりそうな怒りを必死で抑えている。
ノゾミは入れ替わるようにそっと後ろに下がり、耳を澄ます。外は相変わらずの静寂。メドウスが逃げやすいようにわざと扉を開けておいたのが裏目に出てしまった。今の声が聞こえていないならいいのだが。そう願い、そっと扉を閉める。
レイナは突然現れたメドウスにさして驚きもしていない。冷たい口調で言う。
「星の環境維持、と言って、わかるか? 程度の差はあれ、妾も指示に従うだけの存在だ」
指示? いったい何の? 誰からの?
一言ごとに、メドウスの知りたいことは増えていく。
「メドウスさん、落ち着いて。本当に聞きたいことから聞いていきましょう」
「わかってる」
ラトルに感謝しつつ、メドウスは呼吸を整え、頭を整理した。そうだ、それよりも大切な質問がある。
「どうやって師……バルサラの工房を選んだ?」
「機密事項だ」
女王は素っ気なく言う。こいつに脅しは通じない。人形相手にいくら銃を突きつけたところで、つんとすましたその顔はくずせない。
ノゾミは隣から口を挟む。
『教えなさい』
『……衛星が、この星の熱量のデータを常に観測しています。特定の地点で一定時間、一定量の熱量が発生した場合、詳細なデータが送られてきて調査対象となります。それが人工の、特になんらかの機械によるものであれば、処分対象になります』
『調査と処分の方法は? ついでに、あんたが何に関わっていたのかも。――この星の言葉で、答えなさい』
「コーディネーターによる現地調査、その後に暗殺、破壊。私の役割は、衛星からの情報伝達と、破壊活動の隠蔽です」
「コーディネーターは何人いる? 全員答えなさい」
質問するうちに、ノゾミはずいぶんと感情的になっていた。声の大きさこそ抑えていたが、メドウスのことを思うあまり、そのメドウスが見えなくなりかけている。
「現在活動をしているのは、ダンジグ氏一人です」
ダンジグか。それが、メドの師匠の仇なのね。ノゾミは続く質問、――ダンジグはどこにいるのか――を聞こうとしたところで、メドウスに肩を叩かれた。
「ノゾミ、今の話を聞いて、何をつぶせばこの星は正しい形に戻ると思う?」
メドウスは、今回の目的の優先順位を、こう話していた。
一番の目標は、この星を正しい形に戻すことだ。それがバルサラの遺言でもある。
彼のノートには、こう書かれていた。「私が自身を危険にさらすのは、錬金術の発展を阻害するものを炙り出すためだ」と。
「答えてくれ、ノゾミ。僕には今の話で理解できないこともある。君の判断に従うよ」
ああ、なんと健気なんだろう。師の教えを守り、憎しみを抑えて、未来を見据えて動けるだなんて。
ダンジグよ。ダンジグさえ殺せば丸く収まるわ。――喉まで出かかっているその言葉を、ノゾミはメドウスのために黙って飲み込んだ。奴はコーディネーターだが、役割としてはあくまで手足だ。頭が残ってさえいれば、別の者を用意されるだけだろう。
「多分、衛星からのデータ受信装置。それは、簡単には用意できないもの。そこをつぶせば、たぶん」
ラトルもその言葉に同意してくれる。
口の中で鉄の味がする。メドは自分以上に我慢しているのだ、ダンジグを殺したくて仕方がないはずなのに。
必ず探し出してあげる。真っ赤なリボンで縛り上げてプレゼントしたら、メドは喜んでくれるかしら。ううん、自分の手でやりたかったって言って、悔しがるわ。きっとそうね。
なら、メドウスと一緒にダンジグのクソ野郎を探す旅に出ようかしら。最後には必ず見つけるが、すぐに見つからなくてもいい。疲れたメドを自分が優しく癒してやるのだ。
「――ノゾミ、どうしたの、ぼうっとして」
「あら、ごめんなさい」
ノゾミはそこで我に返る。受信装置はどこにあるの? 取り繕って言う。
「聞いてなかったんですか、ノゾミさん。地下のコントロールルームですよ」
呆れたようにラトルは言う。
ラトルはノゾミに聞く。
『どうします? 地下に忍び込むなら今夜は出直しです。女王を殺せば、そもそもそんなことしたら、この国自体が一大事ですけど、とりあえず短期的にはコントロールルームにアクセスできる人はいなくなるでしょう。でも、結局はダンジグとやらも殺さなければ一緒です』
ノゾミは、女王を見張るメドウスの瞳をじっと見る。
『とりあえず出直しかしら』
女王を見るメドウスの瞳に、殺意はなかった。ノゾミはそう判断した。なんて優しいんだろう、直接ではないとはいえ、このクソ女も一枚噛んでいたというのに。
個人的に思うことはあるにせよ、ノゾミはメドウスの意志を最大限に尊重したかった。この件に関しては、自分は部外者なのだから。




