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Future in an oblong box  作者: 鳴海 酒
第13話 黒の女王のマーチ
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13-8


 グレンの警戒に引っかかったのは、実はメドウスのほうだった。

 グレンは、薄く広く、マナの場を張り巡らせていた。マナの量が多く、濃度も濃いメドウスは、離れていても力場(フィールド)への干渉力が強い。

 しかしマナ(エネルギー)を感じられる者は多くとも、力場(フィールド)を意識し、使用できる魔術師は、相当限られている。


 マナを使える者ならば、他人のマナを感じることもできる。それによって相手の接近に気付くことも。ただしそれは、相手が何も考えずにマナを垂れ流していた場合であり、普通はそんなことはあり得ない。

 マナを留めておくのはさして難しい技術でもなく、ばたばた音を立てて歩かないといったマナー程度の感覚だ。当然、メドウスはもちろん、ノゾミでさえもそうしている。メドウスが今までこの方法で敵に気付けたのも、相手が野獣やゾンビだからだ。


 グレンは頭の中で地図を組み立て、相手の位置を書き込む。じきに、二人の影はゆっくりと階段を上っていく。

 頃合いを見計らい、グレンも動き出す。あたりは暗く、静まり返っている。部屋を出た瞬間は何ともなかったのに、すぐに震えが肩を襲う。ひどい寒気は酒のせいだろうか。コートの襟を締めると、少しだけましになる。

 温めたウイスキーが欲しい。熱いやつだ、アルコールが飛びそうなくらい熱してもかまわない。胸のポケットを探る。瓶に触れ、その冷たさに迷う。珍しくその指を引っ込めることを選ぶ。

 グレンは背を壁につけ、愛銃、ヘイトブリーダーを取り出す。拳銃にしてはかなり長めに作られた銃身が、暗闇の中でわずかな光を見つけ、自己を主張する。階段を下から見上げる。その先はさらなる漆黒の闇に塗りつぶされている。透明になるまでもない。カラスでも黒猫でも十分だ。


 ノゾミたちはゆっくりと進んでいる。時折兵士とすれ違う。気付くものはいない。

 警備の様子や逃げ道を何となくでも知っておくために、目の前の階段をすぐに登らず、通路を一通り見ておく。いくつも部屋はあったが、中にまでは入っていない。細かい地図の作製は、ラトルの役目だ。

 三階に上がった二人は、先ほどまでは目の前に続いていた階段がないことに気付く。外から見ているので、まだ最上階ではないのはわかっている。

 通路を二度ほど曲がると、兵士が守っている階段を見つけた。

 兵士の鼻先を通り過ぎる。姿はともかく、音は消せない。息を止めるようにして歩く。その慎重さときたら、真面目腐った科学者が動かないサボテンをコマ送りで観察しているようだった。メドウスが先を行き、ノゾミがぴたりとついていく。


 豪華な装飾も考え物だと、ノゾミは思った。ふかふかの絨毯は、足首まで埋まるんじゃなかろうかと心配になるほど柔らかく、足音を完璧なまでに消していた。

 石の床に比べ、足跡だけは残る。けれど、人影もない暗がりの中、ぽつんとへこむ絨毯に気付かぬ兵士を責めるのは酷だろう。

 熱い吐息は、相変わらずメドウスの首筋にかかり続ける。背にも体温と柔らかさが伝わってくる。けれど、メドウスはノゾミに何も言わない。敬意すら抱いている。

 衣擦れの音に神経をすり減らすうち、ぴっとりと密着するノゾミがそれを抑えてくれていることに、ようやく気付いたからだ。


 ラトルが囁く。

「おそらく、次の四階に、女王の私室があるでしょう。あの場所に警備を置いているということは、上には兵はいないかもしれません。――楽観はできませんけどね」

 ラトルの推測は当たっていた。

 下に比べると、単純な作りのフロア。十字に通路が走り、それぞれの角に四つの部屋がある。兵の姿は見えない。二人はようやく、少しだけ緊張を解いた。


「どこから調べる?」

 メドウスが聞く。ドアを開ける必要があるのだ、四分の一では終わらない。夜な夜な一人でに開くドアなんて、怪しいなんてもんじゃない。人の気配が無いとはいえ、見られたら最後、透明だろうが関係ないだろう。夢とでも思われない限りは。

 ラトルは一応調べてみる。ひどく冷たい石の壁が、レーダーを無情にも遮る。

 ノゾミは不用心にマントから出る。二人が止める間もなく、歩く。何やら調べた後、一つのドアの前でつぶやく。

「ここよ、たぶん」

「ラトル、あなたの意見は(ユー・ノウ)?」

 右の手の平を空に向ける。自信満々に教師に答案を差し出す子供のようにな仕草。

 つられてラトルは、バカげて(クレイジー)ますね。思わずそう口に出すところだった。なんでわかるんです? その言葉も飲み込んだ。今のノゾミならさらりと「愛の力よ」とでも言いかねないと思う。

「どうしてそう思うの?」

 訊ねたのはメドウス。

「絨毯の擦れ方と、ノブについた手の脂。たぶん、一番最後に人が出入りした部屋は、ここだと思うの」

 これだから人間はわからないのだ。ラトルは心の中で、素直に白旗を上げる。


 ラトルはドア越しに確認する。何も音は聞こえない。そして、不用心にもカギはかかっていなかった。有事の際に味方がすぐに踏み込めるようにだろうか。

 考えても結論はでない。判断に自信も持てない。しかし、今の状況ではこれが精いっぱいの情報だ。

「で、どうするの? まさか蹴破るなんて言わないだろうね」

「私がノックをする。声を出される前に、とりあえず話しかけてみるわ。相手が私たちの思っている通りの存在なら、なんとかなると思う」

 ノブに手をかける。


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