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Future in an oblong box  作者: 鳴海 酒
第13話 黒の女王のマーチ
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13-7


 マントを渡した翌日、グレンはすぐに行動を始める。暗がり通路を通り、居住区へと向かっている。

「ああ、グレンさん、久しぶりですね」

 衛兵が頭を下げてくる。おう、ご苦労さん。グレンは通行証代わりにタグを見せると、そのまま門をくぐる。適当に挨拶はしたものの、顔も名前も知っているわけではない。


 グレンは兵士たちをノゾミと戦わせようと思っている。あのマントを奪い、逃げ道をふさぐ。おとなしく捕まるような女じゃないのは知っている。きっと網の中の魚のように、びくびくと暴れてくれるはずだ。

 どれほどの火力か知らないが、あの銃を使ってくれるかもしれない。グレンはそれを期待している。

 さらに、奴はノットマンを持っている。

 マナとノットマンは、非常に相性が良い。身体能力を高めるというデザインの方向性が同じなのだ。単純に併用するだけでも、威力や持続力が数段上になるのに加えて、マナはできる行動の幅を広げてくれる。ノゾミがテングと戦ったときのように、壁を駆けあがるなどは序の口だ。マナの量、純度。それらを鍛えていくと、どうなるのか。


 この星の人間たちは、マナの価値を過小評価している。グレンはそう考えている。おそらく、普段から当たり前のように目にしているからだろう。それがどれだけ特殊なことか、どれだけ恐ろしい力なのか、気付いていないのだ。

 ノゾミが、力のことをマジック・モーメントとか呼んでいたことを思い出す。名前をわざわざつけるだけはある。炎として扱うのは苦手なようだが、身体強化はなかなかの腕だった。

 マナの恐ろしさ、自由度の高さに、彼女は気付きかけている。


 考えているうちに、謁見の間に着く。衛兵がグレンを遮る。

「グレンさんですか。いったいこんな時間に、何の用です」

「呼ばれたのさ、あんたらのボスに」

 グレンは腕を組んだまま答える。

「すみません、私たちは何も聞いていないので、確認する時間をいただけますか」

 ”ボス”と呼んだことには触れられない。グレンは返事をする代わりに壁際へ下がり、胸元から小さな酒瓶を出し、ふたを開ける。

 瓶に口をつけようとしたところで、女性の声がした。

「何をしているのです、グレン。プラチナのタグは免罪符のつもりで与えたわけではありません」

 少し年を感じるが、厳格でしっかりと張りのある声。衛兵は声も立てず、背を伸ばして緊張を強める。

 グレンは瓶の口を恨めしそうに見る。諦めてふたを閉め、懐へとしまう。その後で、思い出したようにキャトルマンを取り、軽く頭を下げる。

 ベーメンの女王、レイナ。ゆったりとしたローブに、華美でない程度の装飾品。動くたび、銀の髪飾りがじゃらりと揺れる。顔はホワイトの生き写しだった。

「早く入りなさい」

 レイナはそういうと背を向け、謁見の間へと入る。

 付き従う近衛兵が後を追おうとすると、レイナが手で下がれと合図をする。二人の近衛兵は、そのまま首を垂れて扉から離れた。

 悪いね。小さくグレンはつぶやき、速足で中へと入る。少し背をかがめ、小さく笑みを浮かべる。台所へつまみ食いをしに行く子供のように見える。


 城内に、謁見の間は二か所ある。本殿にある落ち着いた雰囲気のそれと違い、こちらは金色に輝く、贅を凝らし、隠そうとしない作りだ。一応は「女王の威光を示すため」という理由付けもあるのだが、真実は単に開発者の悪趣味だった。

 二人きりになると、レイナは言う。

『お久しぶりです、ダンジグ様。本日のご用件は?』

 この星の言葉ではない。

『客が来るぜ。女だ、なかなか手ごわいやつさ』

『あらまあ。そのお客様の目的は?』

『地下のコントロールルームだろう。おそらく、この国をまるごと狙ってるはずだ。既にベツレヘムに行き、ホワイトとも会っているようだ。下手をするとお前にも手を出してくるかもしれん』

『まあ、それは恐ろしい。どうしましょうか』

『別に、何もしないさ。プレイヤーが国を狙ってきたんだ、きちんと相手をしてやるんだな』

 主従が逆転するのは言葉のみ。レイナは背筋を伸ばしたままで、頭は常にグレンより上にある。

 軽い打ち合わせをして、グレンは謁見の間を後にする。今日はこのまま、2階にある詰め所に泊まるつもりだ。しばらくはそうなるだろう。


 女王は近衛兵を呼ぶ。

 侵入者に備えるように。女王はグレンとの会話を脚色して伝えた。

 兵士たちに動揺はなかった。しかし、そんな馬鹿なとは思う。

 実際この城は、軍が攻めるならともかく、侵入者には非常に厳しい作りになっている。城全体で見れば穴はあっても、個々のブロックで見ると小さく区切られており、それぞれ侵入ルートも限られている。

 特に居住区内の警備は多めの人数を割いているので、誰にも知られずに侵入されるはずはない。そして、誰かに気付かれれば、すぐに応援はやってくる。

 しかし。情報元は、あのグレンだ。グレンがいうのなら、警戒するべきだ。兵士は皆、グレンのことを知っている。それが皆の判断基準となる。


 グレンは特殊な冒険者だ。この国の実力者で、彼の名を知らないものはいない。

 数人しかいないプラチナタグ持ち。冒険者のくせに、王城、しかも居住区への自由な立ち入りが認められている。女王と二人きりで話をすることも許されている。それなのに近衛兵として勧誘はされず、自由な身分にある。

 女王の片腕とまで呼ばれ、影ではどんな汚れ仕事を請け負っているのかと勘繰るものも多かったが、実際にそれを行動に移す勇気のあるものはいなかった。

 皆を納得させるだけの実力、実績があるからこそ、誰も面と向かって何も言わないのだ。

 対して、グレンにとって城の兵士たちは、単なるチェスの駒だ。動かして、ぶつける。あとはどうなろうが知ったことではない。楽しめればそれで良かった。


 それは、わずか二日目のこと。

 グレンは詰所のソファで横になっている。一応は応接用の部屋なのだが、今は何も言わずにグレンが占有する。

 何かに気付いたグレンは、ピクリと目を開ける。


「このマナは、誰だ?」


 グレンは、マナをごく薄く張り巡らせ、警戒していた。あまり使われない、使えるものがごく少ない技術だ。張り巡らせていたマナの流れが、わずかに乱れる。それは、生を持つものが足を踏み入れたことを示している。


 マナを知ったグレンは、色んな使い方を彼なりに研究した。ラトルのように特性を調べ、似たようなものを探した。電気に、磁場に近いという特性にも気付いていた。

 ラトルと違う点は、ただ一つ。グレンは、自分でマナの動きを感じることができた。

 だからこそ、実践で試すことができた。実際に使い、理論や計算とどれだけの違いがあるのかも知った。

 考え、使い、壊し、殺し、集める。それをひたすら繰り返す。

 昔の魔術師の中にも、いろんなマナの使い方をする者がいた。グレンはそれらも調べた。そして、その情報はできる限り葬った。レイナを使い、焼き捨てたのだ。

 グレンは情報の価値を知っている。技術を隠し、独占しようとしている。しかし、完全に隠すことの難しさも知っている。だからこそ、真に重要なところだけを隠す。


 戦いが始まろうとしている。グレンは表に出るつもりはない。

 彼はその力を、まだ隠し続けるつもりだ。ノゾミ達にも、この星の人間にも。


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