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「そろそろ行きましょう」
ラトルが声をかける。
「だーめ、もう少し」
ノゾミはメドウスにもたれかかる。首筋に顔を埋めて擦りつけている。メドウスが何か言わないと、朝までこうしているだろう。
酒場の明かりはまばらになり始めているだ。完全に消える前がいい。店は閉店準備に追われ、兵士たちも最後の引継ぎにと忙しく動き回る。
人の動きこそ活発になるが、皆が自分のことを考えている。二人はそれに合わせて動き出す。
のそのそと橋の下から這い出る二人。透明な歪みが移動する。電灯もない暗闇の中、それを見つけられるものはいない。気配に気づいた者がいたとしても、風に草がそよいでいるように見えるだけ。
掘りづたいに東へと向かう、葉擦れの音すら風がさらっていく。
「あの、ノゾミ、もう少し離れて歩かないか?」
「あら、歩きづらかったかしら」
ノゾミはメドウスの後ろから、腰回りを抱きしめるようにくっついている。よくもまあ、足をぶつけずに歩けるものだ。
「それならあなたが後ろから私を抱きしめてくれていてもいいのよ、メド。こういうふうにね」
ノゾミはゆっくりと両手をメドウスの胸元に移し、優しく撫でまわす。顔を赤くして、メドウスはそれ以上の追求をやめる。
ラトルはため息を吐いた。昨日から回数を数えておけば良かった、きっと三桁は軽く超えたんじゃなかろうか。このログは百年残しておいて、ノゾミさんの熱が冷めた時に見せつけてやろう。
「バカ言ってないで、早く行きますよー。あと20分くらいで門が閉められちゃいますー」
ラトルが言う門とは入口の大門のことではなく、通称『暗がり通路』と呼ばれる地下通用口の門のことだ。
この城は、石垣を迷路のように巡らせている。暗がり通路は、政務などを行う本殿と王族の居住部をつなぐ、唯一の通り道になる。
もちろん他のルートも確認済みだ。王族の使う通路は別にある。そちらは城の内側にあるため、忍び込むには使えない。外周部を伝っての移動も、高い石垣に阻まれて困難。結局、暗がり通路を通るか、さもなくば空でも飛ぶかという話になる。
ノゾミは何度か先に偵察に来ており、暗がり通路も通っている。その際、石垣も当然観察した。
すぐ下に立って見上げると、なおさら高く見えてくる。下は角度が緩く、一見楽に登れそうに見える。しかし、上に行くにしたがって急になり、いやらしい場所に見張り台や銃眼が見える。
マジックモーメントを使っても、これを登りきるのは至難だろう。当然だ、マジックモーメントは、この星の人間には当然の技術だ。ならばそういうことを考慮せずに城を作るはずがない。
テングの時に崖を駆け登ったように、脚部のバーニアを同時展開するならば、登るだけならできるだろう。ノゾミは考えには入れておく。
もちろん隠密には無理だ。一人ならば、派手に音をまき散らしながらなら簡単だというだけ。しかし、メドウスが危険にさらされた時は、どうしようもない時には、ノゾミは迷わず一人で囮になるつもりだった。
堀の横の道は唐突に途切れ、行き止まりになっている。ここからは本当の意味で、城の中だ、
さすがにノゾミもここまできていちゃつくほど愚かではない。よし、と気合を入れて、顔を上げる。マントをしっかりかぶり直す。遠目に松明の明かりが見える。揺らめく明かりは、歩く際の微妙な揺らぎを打ち消してくれる。
うかつに口を開くこともしない。指示はインカムからのラトルの声を最優先で。肩を軽くたたくなど、簡単な合図をもう一度確認しておく。
「さて、ここからですね。覚悟はよろしいですか」
ラトルの言葉に、二人して頷く。二人は歩き始める。
やることは基本的に変わらない。マントに隠れて進むだけだ。人が増える。決してぶつかるわけにはいかない。端を歩く。のんびり待つこともしない。この時間、門さえくぐれば人の数はぐっと減る。
門の手前で人がたまっている。警備兵が一人一人の書類を確認し、さばいている。適当に二人組のメイドに狙いをつけ、すぐ後ろにはりつく。共に門を潜り抜ける。すれ違う男に軽く触れたかもしれない。幸い気にされていない。居住部側の通路は少しだけ明かりが少なかった。すぐに闇へと溶け込む。
急ぎはしない。人は少ない分、ここからは足音が目立ってしまう。かかとに体重を残しつつ、ゆっくりと歩く。
ノゾミが事前の偵察に一人で来た理由は、ノットマンのサポートにより、ほぼ無音で歩くことができるからだ。その間メドウスも、ラトルの指導で足音の消しかたを教えてもらう。簡単なコツだが、知っているのと知らないのとでは、全然違うはずだ。
前を歩く男に歩調を合わせ、微細な足音をさらに慎重に隠す。
通路を抜け、いくつかの階段を上り、ついに女王の住む館へとたどり着く。
屋根の上に魚をかたどったグロテスクが見えた。月明りで鈍く光る。ノゾミは歓迎されているのだと解釈した。




