13-5
時間は戻るが、メドウスがノゾミを引っ張っていった後のことだ。グレンは一人取り残され、頭を抱える。
わけがわからない。いや、どうやら痴話ゲンカに巻き込まれたらしいことくらいはわかるのだが。
ソースをどっぷり付けたステーキを頬張ろうと、口を開けた瞬間に取り上げられる。たっぷり匂いだけかがされて。
まったく青臭いクソみてえな場面を見せやがって。本格的にいらつく前にメドウスらが去ったのは、お互いにとって幸運だ。それによってグレンは毒気を抜かれてしまっている。
頭を抱え、割れたグラスをブーツのかかとですりつぶす。少しだけ落ち着く。
「まあいいさ」
グレンはそう口にする。思うだけではだめだ、落ち着くには形にすることが必要だ。グレンはそう思っている。
そうだ、まあいいのさ。どのみちあの女の提案にはのるつもりだった。
グレンにとって都合が悪いのは、ノゾミのゲームが停滞することだ。急いでいるわけではない。しかし、足が止まるのはだめだ。
グレンは顔を引き締める。この部屋はあの女の――プレイヤーの部屋だ。頭を切り替える。カメラなどで行動が監視されている可能性も考え、行動する。
自分はまだ、この世界の冒険者としてふるまわなければならない。一度パーティーを組んだとはいえ、彼女らのことをそこまで親しい関係だとは思っていない。そして今は、いきなり部屋に連れてこられただけ。
腕を組みかえ、壁にもたれる。ゆっくりと周囲を見回す。この部屋を荒らすリスクを考える。不自然ではない範囲の行動を。何がある? 何を隠している?
ろくに家具はない、殺風景な部屋だ。本当に女の部屋かとグレンは疑う。ギルドのドロレス嬢の部屋にしけこんだときは、もう少し化粧品の類が並んでいたものだ。もっとも、冒険者と普通の女では違うのかもしれないが。
机の引き出しなどは、せいぜい拳銃を隠せるかといった程度のもの。まともな収納はクローゼットだけか。悩んだあげく、取っ手に手をかける。まさか開けた途端に爆発なんてことはないだろう。ゆっくりと手前に引こうとするが、ぎしぎしときしみ、抵抗される。戸板の下方を軽く蹴る。
軽く勢いをつけて扉が開く。かけてある服の陰から、木製のストックが覗いている。
グレンはゆっくりと息を吐く。やはり銃は隠していたか。意外ではなかった。しかし、一体どこで手に入れた?
その横には革袋。口は半端に開いており、反射した光が鈍くちらついている。
それにしても不用心なやつだ。この宿のことはグレンも知っている。駆け出しの冒険者が泊まるにしては上等で、セキュリティもしっかりしている。だからといって、鍵もかけず、ろくに隠すつもりもないとは。やはりただのバカなのか。
グレンはかかっている服を片手でずらし、そこで凍り付いた。
「これは……」
思わず漏れかけたつぶやきを、喉の奥で握りつぶした。ずんぐりとした安定性を重視した形状。愛銃のラストカーレスよりも、短く太い砲身。
グレネードランチャーか? 手を伸ばしかけ、迷う。首筋の毛が逆立つ。触るのはやめておく。代わりに、じっくりとそれを観察する。
この銃口からして、打ち出されるのは通常弾ではない。PK-36のシリーズだろうか。いや、まさか。わざわざこんなものを用意するやつが、煙幕弾や催涙弾程度で満足するわけがないだろう。となると。
頭をよぎるのは、PK-187シリーズ。取っ手付きの単純な手榴弾だが、その火力は携行武器で最大クラスだ。
隣の革袋に目を移す。先ほどは気付かなかったが、奥の方に中身がこぼれ出ていた。金貨に宝石。ベーメンの物ではない。昔の事だが、グレンには見覚えがある。
こいつら、姿を見ないと思っていたら東に行ってやがったのか。金と武器をたんまり抱え込み、何をするつもりだ?
確認はそこでやめた。しまりが悪い扉は、もう一度蹴って無理やり押し込む。
グレンは七日だけ亭を出る。
夜道を歩きながら、ノゾミたちの目的を考える。何をしようとしているかではない、何ができるかだ。武器、金、そして隠密の道具。
グレンは笑った。笑いがこらえられなかった。乾いた路地にバカ笑いが響く。ごみをあさっていた野犬に、飲み干した酒瓶をぶつけてやった。瓶ははずれ、レンガに当たり弾ける。家主が窓を開け何かを言おうとしたが、その前にグレンににらみつけられ、押し黙る。閉められた窓の中で、文句が聞こえた。
考えるだって? バカな、わかりきっているだろう。
これだけそろえて強盗なんてかわいらしい真似でおさまるものか。悪い冗談だ。だいたい金なら既に持っていた。俺の問いに、あいつは迷いなく体を投げ出そうとした。そこまでするほどの目的なんて、いくつもない。
クーデターだ。
それ以外に考えられなかった。やつら、王城に忍び込むつもりか。
若い男を連れ回した甘ちゃんだと思ってたことを謝ってやるよ、お前は最高の女だった。さっき抱けなかったことが、ひどくもったいなく感じる。
この生ぬるい牢獄のような街にも、そろそろ飽きている。最後の最後にひっかきまわして出ていこうと誘われている。それはひどく魅力的な提案だ。
ノゾミたちは東へ行った。ならばホワイトという女にも会ったはずだ。そして、この国の女王の秘密も知ったはずだ。もちろん普通なら、トップを殺したからといって、そのまま国を手に入れられるわけはない。しかしこの国は、普通ではない。
プレイヤーとして話しかければ、女王は自分の権限の及ぶ範囲で命令を聞くだろう。王城の地下にはコントロールルームもある。うまく使えば、簡単にこの国を乗っ取れる。あとはリアルタイムストラテジーだの都市開発シミュレーションだの、好きなようにパッケージの文字を書き換えるだけだ。
グレンは唾を吐きつつ家へと戻り、隠していたマントを取り出す。肩にかけると、新しい酒瓶を掴んで七日だけ亭へと戻る。
カウンターでグレンは言う。
「頼まれたものを置いたら、すぐ帰る」
主人のメイと知り合いだったのは、運がいい。少しのやりとりですんなり通してもらう。
ノゾミの部屋の前に立つ。蹴り飛ばすつもりだったが、膝を持ち上げたところで、坊やの顔が浮かぶ。名前は何と言ったか。思い出せはしない。
聞き耳を立てる。声はしない。人の気配もない。
「くそったれ」
蹴り飛ばす代わりに乱暴なノックをし、答えなど聞かず、ベッドにマントを投げつける。
ばつが悪く、逃げるように部屋を後にする。
自宅に戻ったグレンは、考えていた。どう動けば一番楽しくなるのかと。
とりあえずは女王の身辺警護でもしてやるか。騒動が起こるときに、自分がその場にいないというのはごめんだ。
女王レイナ。その厳格さから、黒の女王とあだ名される女性の名だ。名付けたのは他でもない、グレンだ。当時結婚したばかりの、トレヴァーの妻の名前を付けてやったのだ。酒樽みたいに丸々太った、いい女だった。
グレンは久しぶりにかつての友人の顔を思い出そうとして、眼を閉じた。




