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残り二体か。ボスゴブリンの背丈は、オーガより小さいとはいえ、ノゾミの倍はある。動きが素早い分、接近戦ならオーガより厄介に感じるかもしれない。
レーザーはまだ使えない。もっとも、ノゾミの装備しているレーザーは、エネルギー消費が少ない代わりに出力自体はそう高くない。小粒のゴブリンならともかく、目の前にいるような巨体のゴブリンやダークバッファローのような筋肉の塊に対して、どこまで効果があるのかは怪しい。
剣を正眼に構えたままで唱える。
「アーマーモードを強襲に変更。出力マックスで。ソード、パターンクレイモア」
鎧は冒険者の忠実で有能な従者だ。小さく囁かれた命令を聞き逃すことなく、静かに実行する。
戦闘モードには二種類のタイプがあり、それぞれバトルモード、アサルトモードと呼ばれている。
通常戦闘時に使用するバランスの取れたBタイプに対し、Aタイプとは近接戦闘専用のモードだ。静粛性やエネルギー効率なども若干下がるものの、瞬発力と腕力の補正を重視。同時にAIによる近接格闘サポートも、高度なものに移行する。
各所のパーツが滑らかに激しく、筋肉を無理のない動きへと誘導した。
剣は一瞬で大きさを倍に増し、重量感のある肉厚の刃へと姿を変える。
ノゾミの剣は、使用者の命令である程度自由に大きさを変えられる。そして、ノットマンにインストールされているのは、ソードマスタリーだ。短剣から両手用の大剣まで、剣と名の付くものならサイズや形状を問わずに扱えるようになる。
もっとも基本的な組み合わせであり、その対応力の広さは他の武器マスタリーに対し、頭一つ抜けていた。
好都合だ。この星に来てからまだ二日目だが、剣による白兵戦も経験しておくべきだろう。ノゾミの使用しているアーマーは型落ち品だが、いくらボスとは言えゴブリン程度にやられるほどの安物でもない。
ゴブリンたちは連携もなく、ばらばらにノゾミに向かってくる。体を左右に振って適当に誘導してやる。
目論見通り簡単に攻撃のタイミングをずらされ、小さなゴブリンから先に攻撃が届く。攻撃とは名ばかりの、単純に手に持った棒を振り下ろすだけの行為。
ソードマスタリーが打ち下ろされたこん棒を自然な動きでいなし、流れのままに容赦なく腕を切り上げる。
左にステップし、相手がボスゴブリンに対して盾になる位置へ。剣で攻撃を逸らし、その隙に首を狙う。
が、白刃は空を切る。
ボスが、仲間のはずのゴブリンを棍棒の横なぎで払ったのだ。げぅんっという引き潰したような悲鳴が聞こえた直後、ボスの回りの空気が一瞬ゆがんだ。左手が薄赤くぼやけ、揺らめいた。次の瞬間、熱風というにはやけに濃い、空気の塊がノゾミを襲った。
車にでも轢かれたような衝撃。足が浮かされ、体は宙に舞う。胸の装甲板がきしんで悲鳴を上げる。しかし、アーマーに搭載されているAIもまた優秀である。吹き飛ばされはしたものの、とっさに体をひねり衝撃を逃がし、転倒もせず姿勢を立て直す。
ダメージは軽微、のはず。
「あっつい! なにこいつ、炎を腕から出すやつとか、聞いたことないし。新型?」
思わず大声で文句を叫んでしまう。
出発前に見たネット上の資料を思い出す。ジェリー社が出している公式なものではなく、有志による非公式の攻略サイトだ。冒険者が遭遇したさまざまな生物の資料。
その中でも特に危険な改造生物。それらはすべて、口から炎を吐いていたはずだ。
生物という枠に炎を作る器官を無理やり埋め込んだ結果、この制約ばかりはどうしようもないと聞いたことがある。ガセだったのか、それとも新しい技術か。
とはいえ、文句を言ったところで相手が攻撃をやめてくれるわけでもない。小さいほうのゴブリンは向こうでまだ伸びている。さっきのボスの一撃で虫の息のようだ。
迫るボスの棍棒から身をかわす。ただ振り回してくるだけとはいえ、その手数と腕力はすさまじい。打ち払い、角度を逸らしつつ、逆方向や口からの炎にも警戒する。直後に二回目が飛んでこなかったところを見ると、連続では打てないのだろうか。
焦れたボスが両手で大ぶりの一撃を見舞うが、それは渾身の一撃ではなく、距離をとるための一撃だ。左手を後方に構え、力を溜めるように。
来る。二度目は食らわない。ノゾミは既に踏み込んでいた。剣先がボスの左手に突き刺さる。肉の袋が裂ける。刹那、そのままぐっと腰を入れて斬り上げる。
血しぶきでできた赤い軌跡が首へ迫る。遮ろうとする右手とぶつかるが、既にその刃は、ボスの首に半分以上食い込んでいた。