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Future in an oblong box  作者: 鳴海 酒
第13話 黒の女王のマーチ
69/91

13-4


「むー。 はー。 いや、別にいいですよー、ゲームはプレイヤー様が優先ですから。いいんですけどねー」

 ラトルはひどい疎外感の中にいる。


 ノゾミは、ベッドに座るメドウスの背にもたれかかり、その手をひらひらと舞わす。あたかも首をはねろと命じる女王のように。指先が、手首が、中空がキラキラと光る。その手にはマントが握られている。

 ノゾミの顔はしまらないまま。にんまりと口角を上げ、浮かべるのは好色な笑み。甘えた声で呼びかける。

「ねー、メドウスー?」

 メドウスは答える。上ずった声。

「なんだい?」

 その顔は疲れているような、戸惑っているような。諦めも入っているのか。

 ノゾミはくすくすと笑う。こぼしたコーヒーが床に染みこんでいくように、妖しい声が溢れていく。

 メドウスは根気強く返事を待つが、笑い声以外は返ってこない。


「バカップルですねー」

 あきらめのようなつぶやき。機械の身ということを、こんな形で悔やむとは思わなかった。ラトルはインカムごと外されて、枕元に投げ出されていた。電源こそ落とされてはいなかったが、さりとて気にも留められていなかった。


 ラトルのつぶやきが聞こえたのかはわからない。ノゾミは言う。

「ねーえ、メド。私、いいことを考えたの。口うるさい妖精(ノイジー・メアリー)なんかお風呂の薪にして、家を買いましょう。借家でもかまわないけど、大きい家よ。お金が足りないのならもう一度東に行って、宝石でも銃でも取ってくるわ」

「えーと、ノゾミ、それは確かに素敵な意見だと思うよ。でも僕は、先にお城に行きたいんだけど――」


 はあ、とメドウスは頭を抱える。昨夜からの彼女の変わりっぷりはどうしたものか。女性慣れしていないメドウスには、さっぱりわけがわからなかった。

 悪い気はしない。むしろ誘惑に心が折れそうだ。ノゾミを相手にこういう妄想をしたことも、一度や二度ではないのだから。

 ただし、今はダメだ。

 メドウスはひんやりとした鉄の塊を思い、耐えようと固く誓う。

「ノゾミ、僕はまじめに言ってるんだ」

 ノゾミは跳ね起きるように体を起こし、ぐちゃぐちゃになった毛布の上に座り直す。笑みは消え、真剣な表情でメドウスに向き直る。

「あら、私だってクソ真面目よ、メド。城だろうが牢屋だろうがついていく。どうせなら楽しい場所のほうがいいけどね。かたき討ちも付き合うわ、あなたの仇は私にとっても仇ですもの。城の連中を全員縛り上げて、一人ずついびってあげる。あなたの好きな人を犯人にしていいのよ。何人選んでもいいわ。もしそれが気に入らないのなら――」

 ノゾミはごろんと横になり、メドウスの膝に優しく頭を乗せる。

「私の上に乗っかって、ずっと手綱を握っといてくれない?」

 白く細い指があごを伝った。柔らかいはずの指先が、メドウスには骨のように感じられた。

 その指はそのまま枕元へと伸び、ラトルを手に取り、口元へと寄せる。

「ハロー、メアリー。作戦は立ててるわよね?」


 メドウスは北西側にある森から侵入しようと提案したが、ラトルだけでなくノゾミにも反対される。ラトルはデータからで、ノゾミは経験と勘。闇と森に紛れるのはいいけれど、いかにもお客様を誘っているようで気乗りがしなかった。目的地からも遠い。

 侵入するのなら、南西にある一角。城内とは明確に区切られているものの、そこには堀を渡った城側に作られている酒場がある。そこは城の警備兵たちのための食堂だ。

 兵だらけだが専用というわけではなく、時間にもよるが一般の客でも自由に入れる。ある程度の騒がしくもあり、多数の人目という問題さえなければ、侵入にはうってつけの場所だ。

 そして人目を解決する道具は今、ノゾミの手の上にある。


 夜のとばり。酒場の喧騒。

 実際に来てみると、思っていた以上に雑な場所だった。

 ノゾミたちからすると、ずいぶんとお粗末な警備だ。金属製の眼で見られることもなければ、レーザーで狙われることもない。備え付けられたカメラは、あくびをするたび自前のレチナを擦っている。

 それでも王城だけあり、警備の人数は多かった。要所にはしっかりと兵が置いてある。


 二人は予定通りに酒場で軽めの食事をとると、そのまま酔いを醒ますふりをして、道を外れる。そして一瞬でマントをかぶり、闇に溶け込む。


 もとはあの四つ足で動くテングがかぶっていたくらいだ。小さいものではないのだが、それでも二人でとなるとかなり密着しなければならない。

 ノゾミは両手をメドウスの腰へと回し、吐息を首にかける。メドウスは自分の鼓動が聞こえないかと心配になる。文句を言うべきかと迷ったが、歩き出してすぐに、ノゾミのほうが上手だったことを知る。

 彼女は器用に歩幅や踏み出しを変えて、メドウスに合わせてくる。少し控えめな速度ではあるが、足の一つもぶつかることはなく、普段とさほど変わらずに歩くことができる。


 見咎めるものはいない。しばらくはこのまま橋の下だ。隠れたまま、あたりの店が明かりを落とすのを待つ。


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