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Future in an oblong box  作者: 鳴海 酒
第13話 黒の女王のマーチ
68/91

13-3


 グレンは二人の男と飲んでいた。

 ノゾミが近づくのに気付くと体をずらし、隙の少ない姿勢に座り直す。その自然な動きにノゾミは気付かない。薄汚れた服の下には、芯となる筋肉と薄い脂肪。

 男たちもまた、熟練の冒険者だった。


「おう、ノゾミじゃねえか。最近見ねえと思ってたが、どうした?」

 ノゾミは銅貨を適当に掴み、テーブルに置く。じゃらっという音に隣の客までが横目をやる。酒代としてはかなり多めの額だ。

 場所をかえさせてくれ。そういってノゾミは、強引にグレンを引っ張ってきた。話が話なのだ、万が一にも聞かれたくはない。

 連れてきたのは、七日だけ亭のノゾミの部屋。


「ノゾミ、グレンさんまで巻き込むつもりかい。」

違う、とノゾミは言う。ラトルは思い当たることがあり、メドウスに言う。

「まあまあ、少しノゾミさんに任せてみてください」


 なんでもいいが、話なら早くしてくれ。面倒そうにグレンが言う。気だるそうに壁にもたれかかる。

 こほん、と小さく咳ばらいをして、ノゾミは切り出す。

「グレン、例のマントを貸してもらえないかしら」


 グレンは渋い顔をした。あれが必要になるとは、どんな面倒事なのか。

 すぐに答えず、酔った脳みそで考える。この女じゃねえな、こいつ単独ならノットマンでなんとかするはずだ。となると、隣の男か?

 試してみるつもりで、グレンは言う。

「いいぜ、お前さんが一晩付き合ってくれるならな」

「わかったわ」

 ノゾミはベストを脱いで、そばの椅子にばさりとかける。

「メドウス、悪いけど少し席を外してもらえる?」

 

 特に迷いはなかった。あのマントは金で買えるものではない。例え借りるだけだとしても、自分の身体一つで済むなら破格の条件だと思った。

 少しだけ思ったのは、先にメドウスを慰めてやれば良かったということくらいか。仕方がない。時をおいてグレンの気が変わっても困る。


「ノゾミ」

 ふいに肩を掴まれた。そして、そのまま頬に固いものがぶつかる。ノゾミはよろけてテーブルに手を付いた。

 グラスが床に落ちて割れたが、誰も拾おうとはしなかった。


 メドウスはノゾミの頬を殴った。平手ではなく、拳で。

「行くよ」

 そういうとノゾミの腕を爪が食い込むほど強く掴み、部屋から連れ出した。ノゾミはぼんやりとしたまま、一言も発さずに従った。


「ちょっとノゾミさん、何考えてんですかー」

 メドウスに引きずられながら、ラトルが言う。

「だって、メドウスを助けたかったんだもん」

 ノゾミはメドウスの気持ちには気付いていたけれど、その気持ちの強さに対して、根本的に理解していなかった。

 メドウスは最善の行動を取ったのだろう。例えば口で止めたとして、ノゾミが反論していたとしたら、そこでメドウスの言葉も止まったかもしれない。グレンを殴ろうとしたところで、いくら酔っぱらっていたとしても、ケンカでメドウスが相手になるわけがない。軽くのされて終わっていたはずだ。


 メドウスは何も考えずに歩く。酒場の喧騒とは逆の方向へ。夜道の暗闇に心が塗りつぶされかけたとき、ふと我に返り、立ち止まる。

 ノゾミに殴ったことを謝ると、自分の気持ちを素直に伝えた。ノゾミはそれを、しゅんと小さくなりながら聞いていた。


「わかったわ、じゃ別の手を何か考える」

「そうだね」

 ひとまず仲直りしたものの、お互い目を見ることはできなかった。


「あの」

「なに?」

「手。ちょっと痛いわ」


 メドウスはまだノゾミの腕をつかんでいる。少し力を緩める。けれど、決して離そうとはしなかった。


「明るい道は、嫌かな」

 ノゾミは、歩こうとするメドウスの手を引いた。偶然だけれどそこは、スチーヴのときに入った安宿の近くだった。




 二人が七日だけ亭に戻ったのは、翌朝。

 扉を恐る恐る開ける。当然ながらグレンはいない。が、朝日が差し込み、ベッドの上の空間が歪にゆがむ。

 例のマントが置かれていた。


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