13-3
グレンは二人の男と飲んでいた。
ノゾミが近づくのに気付くと体をずらし、隙の少ない姿勢に座り直す。その自然な動きにノゾミは気付かない。薄汚れた服の下には、芯となる筋肉と薄い脂肪。
男たちもまた、熟練の冒険者だった。
「おう、ノゾミじゃねえか。最近見ねえと思ってたが、どうした?」
ノゾミは銅貨を適当に掴み、テーブルに置く。じゃらっという音に隣の客までが横目をやる。酒代としてはかなり多めの額だ。
場所をかえさせてくれ。そういってノゾミは、強引にグレンを引っ張ってきた。話が話なのだ、万が一にも聞かれたくはない。
連れてきたのは、七日だけ亭のノゾミの部屋。
「ノゾミ、グレンさんまで巻き込むつもりかい。」
違う、とノゾミは言う。ラトルは思い当たることがあり、メドウスに言う。
「まあまあ、少しノゾミさんに任せてみてください」
なんでもいいが、話なら早くしてくれ。面倒そうにグレンが言う。気だるそうに壁にもたれかかる。
こほん、と小さく咳ばらいをして、ノゾミは切り出す。
「グレン、例のマントを貸してもらえないかしら」
グレンは渋い顔をした。あれが必要になるとは、どんな面倒事なのか。
すぐに答えず、酔った脳みそで考える。この女じゃねえな、こいつ単独ならノットマンでなんとかするはずだ。となると、隣の男か?
試してみるつもりで、グレンは言う。
「いいぜ、お前さんが一晩付き合ってくれるならな」
「わかったわ」
ノゾミはベストを脱いで、そばの椅子にばさりとかける。
「メドウス、悪いけど少し席を外してもらえる?」
特に迷いはなかった。あのマントは金で買えるものではない。例え借りるだけだとしても、自分の身体一つで済むなら破格の条件だと思った。
少しだけ思ったのは、先にメドウスを慰めてやれば良かったということくらいか。仕方がない。時をおいてグレンの気が変わっても困る。
「ノゾミ」
ふいに肩を掴まれた。そして、そのまま頬に固いものがぶつかる。ノゾミはよろけてテーブルに手を付いた。
グラスが床に落ちて割れたが、誰も拾おうとはしなかった。
メドウスはノゾミの頬を殴った。平手ではなく、拳で。
「行くよ」
そういうとノゾミの腕を爪が食い込むほど強く掴み、部屋から連れ出した。ノゾミはぼんやりとしたまま、一言も発さずに従った。
「ちょっとノゾミさん、何考えてんですかー」
メドウスに引きずられながら、ラトルが言う。
「だって、メドウスを助けたかったんだもん」
ノゾミはメドウスの気持ちには気付いていたけれど、その気持ちの強さに対して、根本的に理解していなかった。
メドウスは最善の行動を取ったのだろう。例えば口で止めたとして、ノゾミが反論していたとしたら、そこでメドウスの言葉も止まったかもしれない。グレンを殴ろうとしたところで、いくら酔っぱらっていたとしても、ケンカでメドウスが相手になるわけがない。軽くのされて終わっていたはずだ。
メドウスは何も考えずに歩く。酒場の喧騒とは逆の方向へ。夜道の暗闇に心が塗りつぶされかけたとき、ふと我に返り、立ち止まる。
ノゾミに殴ったことを謝ると、自分の気持ちを素直に伝えた。ノゾミはそれを、しゅんと小さくなりながら聞いていた。
「わかったわ、じゃ別の手を何か考える」
「そうだね」
ひとまず仲直りしたものの、お互い目を見ることはできなかった。
「あの」
「なに?」
「手。ちょっと痛いわ」
メドウスはまだノゾミの腕をつかんでいる。少し力を緩める。けれど、決して離そうとはしなかった。
「明るい道は、嫌かな」
ノゾミは、歩こうとするメドウスの手を引いた。偶然だけれどそこは、スチーヴのときに入った安宿の近くだった。
二人が七日だけ亭に戻ったのは、翌朝。
扉を恐る恐る開ける。当然ながらグレンはいない。が、朝日が差し込み、ベッドの上の空間が歪にゆがむ。
例のマントが置かれていた。




