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Future in an oblong box  作者: 鳴海 酒
第12話 地獄めぐり
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12-11


 その夜、ノゾミはベッドに腰かけて、ぬるい酒を飲んでいた。

 久しぶりに文明の利器の恩恵を受けた。暖かいけれど味気ない食事に、氷でキンキンに冷えた酒。しかし喉越しは良いのだが、なんだか物足りなく感じる。この星の、乱暴なくらいの癖の強い酒に慣れてしまったせいだろうか。何だか味がぼけてしまっているように感じた。

 隣ではメドウスが早くも寝息を立てていた。ううん、またこのパターンか。弱いやつめ。


 ノゾミは少し寂しくなった。ぼけっとして窓の外の闇を見ていた。ラトルと話をする気分にはならなかった。


 見捨てられた星。ダンジグとかいうやつに騙された、バカな神父が書き残した言葉だ。メドウスはそれに少しだけ引っかかっていた。まあ、当然だろう。自分の住む地を、故郷を、そんな言い方をされれば誰だって引っかかる。

 そして、ノゾミには心当たりもあった。やっぱりな、という思いが。


 ワイルド・ホース・ツアーを主催しているジェリー社は、民間企業だ。当然ながら金を稼ぐことが目的である。つまり、ツアーの利用者数が増えてないとやっていけない。

 通常は惑星を、またはその一部分をまるまる改造し、多数のプレイヤーを同時に入植させる。MMORPG形式だ。

 それとは別に、少人数が対象のツアーもある。その星が今後の開発に適した環境かどうかを確かめる、いわゆるβテストである。今回ノゾミが参加しているのも、こちらである。

 αテストで調査済みの星の文化や生態に合わせ、モンスターや少数のダンジョンを設置しかけている状態だ。プレイヤーをサポートする施設も整っていないために危険は伴うが、そのぶん生のスリルが味わえる。

 多くの星が開発されたが、それでもまだ、希望者に対して定員は非常に少ない。金かコネが無ければ参加できないような、熱狂的なファン層を持つコース。


 もちろんノゾミは富裕層ではないし、若くして一発あてたわけでもない。顔と体にはそれなりに自信はあったが、別にモデルというわけでもない。ただそれだけだ。

 ノゾミはスラムの出身だった。とある犯罪を犯し、逃げているところだった。そこで逃亡先に決めたのが、この星だ。

 幼いころからの憧れだった、冒険者。未開の星に潜り込み、逃亡すると同時に夢がかなうというのなら、言うことなしだ。ノゾミは一生この星で暮らすつもりだったし、ゲームをクリアする気もなかった。ライの海。その地図を見付けた時の複雑な表情も、その複雑な事情のせいだった。

 金もコネもない彼女が、人気のツアーに参加するにはどうするか。簡単だ。使ったのだ、まともじゃない金とコネを。


 悪人には悪人のルートがある。時代が変わり、場所が変る。所詮はネズミの通り道だ。やり方も作法も、目まぐるしく次々に変わっていく。しかし、決して消えることだけはない。

 幸い、ノゾミにはあてがあった。まともじゃない金とコネを使い、いかがわしいルートで誘われた、たった一名だけのツアー。検索しても名前すらろくに出てこないような星。しかし、希望にはマッチしていた。

 相手も、ノゾミが訳ありだということはわかっていたが、お互いに都合が良かったので何も問題は起こらなかった。余計なことを聞かず、お互いに下手くそな芝居をして建前を通した。それが大人の対応ってやつだ。


 そんな理由で参加したツアーだったので、ノゾミは早々に気付いていた。ここマニフィコは、過去に何らかの理由で開発を中止された星なのだろうということに。

 ダンジョンの少なさやベツレヘムの作られた年代、モンスターの数や繁殖状況。ラトルと特に突っ込んだ話をしたわけではないが、おそらく彼女も何か察しているだろう。

 問題は、その中止された理由だ。


 最初は単に採算のせいだと思っていた。開発が進む前に星の環境や地理により開発費が予想外に膨らんでしまうこと自体は、容易に考えられる。

 しかし――。


 自分はひっそりとゲームを楽しみたかっただけなのに、少しずつ、透明な強い力に翻弄されている気がする。昔からよく感じていた、権力やら何やらの目に見えない圧力に似ていた。それが自分を締め付けている感覚が抜けなかった。残念ながらきっと、この勘は当たっている。ノゾミはそう思っていた。

 西へ、ベーメンへ戻ったら、本格的に面倒なことに巻き込まれそうだ。そう思うとため息しか出てこない。

 まあいいさ、今はまだ夢の中だ。その時になってから考えよう。


 いつの間にかグラスは空になっていた。ノゾミは立ち上がり、メドウスのグラスに残っていた酒をぐっと飲みほした。寝ているメドウスを見て少しだけ迷った後、そのまま自分の毛布に包まって目を閉じた。

 意識はすぐに落ちていく。ノゾミは泥のアグアス、セフェの夢を見た。灰色の泥にはまってしまい、必死でもがく夢だった。


「おっはよーございますー!」

 キンキンする声が響く。ヘッドセットは枕元。声の主はもちろんラトルだが、発声は、直接二人を起こしに来たホワイトからだ。落ち着いた表情のままで、違和感が半端ない。

「見てください。昨夜、徹夜してこれだけ加工が終わりましたよ!」

 機械の身体であるラトルとホワイトは、夜のうちに休みなく作業を続け、完成させてくれていたのだ。

 ホワイトが見せたトランクには、30個ほどの小さな部品が並んでいる。出力やサイズを少しずつ変えたものを複数用意してある。

「ありがとうラトル、早くハロルドさんに届けてあげよう。楽しみだね」

「ええ。ラトル2号もきっと、首を長くして待ってますよ」

 笑顔のメドウスらの横で、ノゾミは複雑な表情を浮かべていた。口に含んだ葡萄酒がクソみたいに渋く、吐き出すか迷っているような顔だ。


「……あの、ノゾミさん、どうしたんですか?」

「なんでもないわ」


 ノゾミはぷいと後ろを向くと、荷物をまとめ、発つ準備を始めた。メドウスもすぐにそれに倣った。


 山脈が雪に覆われる前に、ノゾミ達は西へ戻らなければならなかった。まだアグアス・テルマレスをすべて見たわけではなかったが、逆に言えば、心残りはその程度のものだ。そしてそれを冬の風が待ってくれる保障はない。

 ノゾミとメドウスは、それぞれが心の中で、春になったらまた来ようかと思った。


 帰りは行きよりはましだった。天候に恵まれたのと、赤い砂嵐がぶち当たるのが顔ではなく背中だったという、ささやかな差ではあったが。

 ともあれ、二人は東の地を後にした。

 ベーメンへと、帰ってきたのだ。


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