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Future in an oblong box  作者: 鳴海 酒
第12話 地獄めぐり
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12-9


 メドウスは、少しだけ震えた声で聞いた。

「ねえノゾミ。君は、この世界が作られたものだと言ったね。もしかして僕も、魔法人形とか機械人形とか、そういった類の存在なの?」

「まさか。そんな大げさなものじゃあないわ。あなたたちは昔からこの星で暮らしていた、普通の人間よ。作られたのはばらまかれたモンスターたちくらい。……それとたぶん、ベーメンとか冒険者ギルドとか、そういう社会の仕組み」


「ベーメンが? どういうこと?」

「それは――」

 そこでノゾミは一度、言葉を切った。順番に説明させてくれる? どうぞ。 そんなやりとりをして黙りこくる。慎重に言葉を選ぼうとしているのがメドウスにもわかったので、じっと次の言葉を待っていた。

 メドウスは目を閉じて、しばらく沈黙の音を聞いていた。


「冒険を体験するための世界を、作ろうと思った人たちがいた。でも、そのためには莫大なお金がいるわ。自分たちだけで楽しむんじゃなく、客を呼んで、お金を集めなきゃいけない。そうなると大がかりな舞台が必要になった。住人のための街ではなく、冒険者のための街が。それだけじゃない。地域全体を作り変えていくなら、足掛かりにする場所はどうやったって必要になる。長い時間それを使いたいなら、その後の維持管理も必要。植木屋みたいに、ちょいちょい伸びてくる葉を刈り取るような汚れ役も」

 説明は唐突に始まった。メドウスは言葉の一つ一つを反芻し、丁寧に消化していった。

「なんとなくわかるよ。作りたいものはちっぽけで、頭の中にもあるんだけど、そのためには工場や設備から作っていかなければならない。ほんの一握りのものが欲しくて、僕たちは膨大な量の砂山を積み上げていくんだ」

 それが、僕の育った街、ベーメンなんだね。メドウスが言うと、こくりとノゾミは頷いた。


 メドウスはじっと何かを考えていた。

 今度はノゾミが沈黙に耐える番だった。手持無沙汰になり、そわそわしながら酒を舌の上で転がした。ぴりぴりする感覚が鈍くなると、二口目を口に含む。それを何回か繰り返した後、結局ノゾミは沈黙に耐え切れなくなった。

 肩をすくめて聞いた。

「何か、あなたを慰めたほうがいいのかしら?」

「どうしたんだい、えらく優しいじゃないか」

「私はいつだって優しいわ」

 頬はうっすら赤く染まっていた。歯切れ悪く、言葉を続ける。

「だって、こういう隠された真実を知った住人は、たいてい発狂したり絶望したりするもんだって聞いたんだもん」

 聞きかじった程度の話ではあったが、実際にほかの星であったことらしい。無理もないとノゾミは思う。事実そのものも衝撃的だろうし、それを何も知らない他の人間たちに話したところで、狂人のラベルを貼られるだけだ。


「大丈夫だよ。もちろん驚いたけど、そういう心配はないさ。……それより、一つ君の意見を聞きたい。もしもゲームの枠からはみ出した人、もしくははみ出そうとした人がいたら、どうなると思う?」

 ノゾミは最初何のことかわからなかったが、メドウスのいう人物が、彼の師バルサラのことだと気付き、顔を曇らせた。メドウスは、思わぬところから残酷な事実に突き当たってしまったのだ。


「少し考えていたんだ。もしかしてお師匠様は、この真実にたどり着きそうになったから殺されたんだろうか、って」

 ノゾミは大きく息を吐いた。ゆっくりと、過去にメドウスから語られた話を思い出す。

 不審な死を遂げた、複数の錬金術師。実験中の襲撃。現場に残された、放火の跡。

 可能性は大きい。というより、その推測はほぼ間違いないだろう。

 バルサラは、この星にあって欲しくない技術に手が届きかけたのだ。おそらく今までも同じような錬金術師がいて、そのほとんどはコーディネーターに消されてしまったのだ。

 ラトルの意見も聞こうとして、止めておく。このAIはそこまでポンコツではない。ラトルはすべてわかっていて、メドウスにヒントを与えたのだ。復讐相手のヒントを。


 技術の発展を阻害するものがいる。師バルサラの推測は、正しかった。メドウスはあらためて師の先見性に驚かされたけれど、今となっては、あのときに実験を止めることができなかったという事実のほうがずっと重たかった。

 一体いつから、この星は技術という名の葉を刈り取られてきたのだろう。いつから人々は同じ夢を繰り返し見せられていたのだろう。月はずっと満ち欠けを繰り返していたというのに。

 それとも、もしかしたらそんなに深刻な話ではないのかもしれない。確かにノゾミの世界の技術には遠く及ばないけれど、この国の人は皆、平和に幸せに暮らしているじゃないか。ならばこの世界がガラスの牢獄だったとしても、何の問題があるというのか。

 そう。ほとんどの普通の人にとっては、遠い未来の技術よりも、目の前にある幸せの方がずっと大切なのだから。


「私のことを――、あなたたちの世界をおもちゃ箱みたいに扱った私たちのことを、軽蔑する?」

 ノゾミは恐る恐る聞いた。メドウスに嫌われることが怖かったから。

「まさか。ノゾミとラトルのことは、変わらず大切な仲間だと思ってるよ」

「嘘よ」

「本当さ、そんなに気にしちゃいない。まあでも、別のプレイヤーに会ったら、歓迎の言葉くらいはかけてあげようかな。『ようこそ、このどん詰まりの世界へ』って」

 メドウスの口調は、酒場でメニューを頼むときのように、いたって自然なものだった。ノゾミは、自分の心配がバカらしく思えたことが、心から嬉しかった。


 二人はひとしきり笑いあった。

 知らなかったことを知っただけで、別に何が変わったわけではない。今はちゃんと幸せだし、落ち込むようなこともない。

 この話はこれでおしまいだ。


「行こうか」

「ええ」


 奥の小部屋には財宝が積まれていた。

 ダンジョンクリアの報酬。冒険者としての目的の一つ。

 乱雑に置かれており、とても一度に持っていける量ではない。仕分けを考えるだけでもうんざりする。

 二人は本来の目的、コンデンサ作りを優先することに決めた。

「今は、持っていけるだけにしておこう。足りなくなったら、その時はまた、一緒に取りに来ればいいさ」

 持っていけるだけとはいうものの、捨て値で売り払ったとしても、しばらく遊んで暮らせる額にはなるだろう。必要以上に持って帰ってトラブルになるくらいなら、この場所に保管しておいたほうがよほど安心できる。

 メドウスがまだ若く、欲にあてられていないことが幸いした。


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