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Future in an oblong box  作者: 鳴海 酒
第12話 地獄めぐり
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12-8


 ライの海。それは、魔法使いゴードンが冒険の果てに目指した地だ。多くの冒険者が夢見た理想郷。

 ただ、それはあくまで比喩表現であり、実際にそう名付けられた地域があるわけではない。

『ゴードンはライの海を目指して旅立った。そして、帰ってこなかった。』 本にはそう素っ気なく書かれているだけで、どこにあるのか、どんなところかなどはさっぱりだ。

 ……というのが、メドウスを含む世間一般の常識だった。


 ところが、ノゾミはそこを旅の目的地だと言う。

 普段のメドウスなら、軽く流していただろう。せいぜい、ここの主人はそういう研究もしていたのかなと思うくらいだ。

 が、目の前の地図の恐ろしいまでの精度が、そして他ならぬノゾミの口からその地名が出たことが、あっさりとメドウスを変えた。新しい常識をすんなりと受け入れさせた。


 メドウスは壁の地図をじっくりと見直す。ライの海。手書きの――書きなぐりの汚い字だ。

 ベーメンのはるか北、プエルタ海峡を越えた先。海峡の向こうの陸地を海沿いに北西へ二日ほどだろうか、小さな島が描かれている。


 ベーメンの北には、フォルトナという商業都市がある。歴史は浅いものの、自由競争をうたい急速に発展した都市だ。プエルタ海峡とはそのさらに北である。

 海峡を境に人口はぐっと減る。人が住んでいないわけではない。しかし、山がちで大型のモンスターが生息する地を、海を越えてまで開拓する理由は薄かったのだ。

 それでも海沿いを東に進めばいくつかの村は点在していたが、西側は依然未開の地。


 なるほど、確かにここなら人が迷い込むことも少ないだろう。簡単にには見つからないわけだ。

 メドウスは一人納得する。そして、ノゾミの顔色をうかがうように聞いた。

「ゴードンは――、もしかしてヴィエントも、その、コーディネーターってやつなの?」


 ノゾミは驚き、軽く目を見開いた。少しだけ考え、深いため息を吐き、首を横に振った。多分違う、と。

 ヴィエントはただの障害物だ、テングやゼノボアと同じ存在。

 ゴードンの正体というか、その存在についても、目星はついている。話中話の主人公であり、冒険者を導くシェヘラザードだ。


 問題は、それをどこまで話すべきなのか。


「ラトル」

「はーいー?」

 困ったノゾミはラトルに助けを求めた。

 ラトルの声も、普段よりも幾分重たかった。ノゾミの言いたいことを察したのだろう。

 ノゾミは肩を落としながら、諦めたように口にした。

「もう全部話しちゃおうよ」


「ダメに決まってます、守秘義務違反です」

 ラトルの口調は強かった。しかし、悲しそうでもあった。

「でも、コーディネーターのことをばらしたのは、あなたでしょ?」

「うー、そりゃそうですけどー」

 痛いところをつかれて、ラトルは何も言い返せない。普段は何も考えていないように見えるノゾミだが、こういう突っ込みは鋭いのだ。今はただただ、その勘の良さが恨めしい。


 ノゾミは続ける。

「ここまで来て隠すこともないでしょ? 大丈夫よ。メドウスは頭も良いし、何も話さなくとも、そのうち自分の力で答えにたどり着くわ。私たちが教えたところで、それが少しだけ早くなるだけよ」

 言われるまでもなく、ラトルもそれは感じていた。メドウスという人間は、この星の環境を考えるとかなり()()()に入る人間である。

 だが、だからこそ危険なのだ。

 

 黙り込むラトルを肯定と受け取ったわけでもなかろうが、ノゾミは小さく「よし」と気持ちを切り替えると、机の横に倒れていた椅子に手をかけ、引き起こした。

 ガンガンと少々乱暴に土ぼこりを払いのける。少々がたつくが、気にしない。座るには問題ないことを確認し、メドウスを促す。

「座りなさい、大事な話をするから」

「なんだい、藪から棒に。」

「いいから」

 鞄から干し肉と小さな酒瓶を引っ張り出し、ぐびりと口に含むと、メドウスに渡した。半ば無理やりに飲ませる。


 自分は壁際にあった岩の一つに腰を乗せ、足を組む。

「今からの話は嘘でも妄想でもない、本当の話だから、よく聞いてて。信じられないこともたくさんあると思うけど、とりあえずそんなもんだと思って、受け止めなさい」


 メドウスは少しだけたじろいだが、ノゾミの秘密に関してはもとより知りたかったことなのだ。むしろ望むところだ。

 彼女の性格では、嘘をついたり煙に巻いたりということが下手なのも知っている。ノゾミが本当だというのなら、それが真実なのだろう。


「まず、私たちはすごく遠くから来ました。あ、私たちってのは、私とラトルのことよ」

「うん、わかってる」

「遠くといっても、あなたが思っているよりもずっとずっと遠く。海の向こうよりももっと。……夜、空に星がたくさん浮かんでいるでしょう」

「七日だけ亭のパスタにかかってるコショウみたいにかい?」

「そうよ、貧乏性の男が食べるパスタみたいによ。――あの星の一つから、私たちは来た。空を飛ぶ船を使って」

「へー」

 メドウスは驚くというより、感心した。素晴らしい技術じゃないか。


「でも、今話さなきゃいけないことは、そこじゃないの。あのね、あなたが暮らしてきたこの国は、私たちのゲームのために調整された世界なの」

「……ゲーム? 調整だって?」

 ノゾミは親指を立て、軽く爪を噛んだ。どういえば伝わるだろうかと考える。


「ゴードンと一緒に旅をしてみたいと思ったことは?」

「もちろんあるさ、子供のころはみんなそんなものだろう」

 メドウスは軽く笑った。自然な笑顔だった。ノゾミの心がきゅっと締め付けられるのは、罪悪感からだろうか。自分でもわからない。


「私もよ。あちこち冒険をして、悪い魔法使いを倒したりして。でもそんなのは、本の中にしかいない」

「そうだね、現実はそこまで都合よくできちゃいない」

「そうよ。じゃあ、都合のいい世界を作っちゃえばいいじゃない。適当な場所にドラゴンを飼って、迷宮を作って、奥に魔法使いの人形を置いて。そして、そうやって作り上げた世界を冒険してやろう。そう考えたバカが、私たちの仲間にいたのよ」


 そこまで聞いて、初めて、メドウスの笑顔が崩れた。


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