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泉の奥の洞窟は、それまでとは一変し、荒々しく隆起した岩が連なっていた。焼けただれたような岩場もやはり鍾乳石なのだろうか。先程までと比べて歴史が長いのか、それとも浅いのか。ぼんやり考えながら歩く。
が、それも長くは続かない。
道の途中、ふいに人の形をした岩が現れた。多数の石筍が重なって自然に作られたものだ。天を仰ぎ、呻くような嘆いているような姿の石像。
その横には、金属の扉があった。横にあるボタンを見て、ノゾミは一目でエレベーターだと理解する。
「驚いたわ、巌窟王じゃない。さっきは冗談のつもりで言ったんだけど、本当にこんなものがあるなんてね」
「さっきの、あの、エドモンなんたらかい?」
「ええ、そうですよー。すごく昔の本なんですけどね、巌窟王って名前の、洞窟に閉じ込められた男の話があるんです。出口の真横に立ってるってのは、ちょっと出来過ぎですけどね」
ラトルの解説に頷きながら、メドウスは像を見上げた。カマドウマが一匹、像の肩から背中へともぞもぞ這っていった。
「出口ってのは?」
「この扉ですね。エレベータって言って、まあ、動く階段みたいなものです。ここの文字の”R”ってのが、外に出られることを意味しています」
「ここが出口ってことは、あの奥が最後の部屋かしら?」
薄暗い闇の中。目を凝らすと、観音開きの扉が見えた。豪華ではないが、重たく頑丈そうな作りだ。錆でくっつきかけている閂を蹴飛ばし、無理やりに引き抜く。二人で力いっぱい扉を押すと、地面をザリザリと擦りながら、ようやく動き始める。
その部屋は思っていたよりも殺風景で、でも思っていたよりも整っていて。そして、思っていた以上のものがあった。
三人を歓迎したのは、一体の死体。もっと言えば、その異臭。人間二人はほぼ同時に顔をしかめる。壁にもたれ、肉は無く、骨が見えている。服もとうに朽ちており、かなりの時間が経過していることは明らかだった。
ノゾミは古臭いホラー映画をふと思い出し、恐る恐る振り返る。ドアの内側には傷がびっしりとついていた。赤黒いものは、血だろうか。
身震いする。ノゾミの手は、思わずメドウスの手を探して宙を掻いた。
「ねえラトル。エドモンに文字を教えたのって、船乗りさんだっけ?」
メドウスの手前、宇宙船の、という一言は飲み込んだ。
「逆ですよ、逆。船乗りがエドモン。脱獄を助けて途中で死んじゃったのが、神父さまです」
あらためて部屋を見回すと、岩をくりぬいたようなのっぺりとした壁。ゼロからではなく、もともとある横穴をある程度利用しているのだろう。くびれたひょうたんのような形で、二つの部屋がつながっている。
壁にかかったランプ型の照明がオレンジ色の光を放つ。いつから放ち続けていたのだろうか。
手前の部屋には、多くの本が積まれた本棚があった。そして机とベッド。奥には――目のくらむばかりの財宝が。
ヴィエントの私室、書斎といった位置づけだろう。書斎を模したというべきか。どうせ機械仕掛けの主人は、ここを使うはずもなし。手に取ろうとした本は異様に軽く、中身のないイミテーションだった。
「ノゾミ、ちょっと来てくれ」
メドウスが呼ぶ。机の上に置いてあったのは日記帳か。
「読めるかい? 僕には断片的にしかむりだけど」、
「文字自体は大丈夫だけど、ずいぶんぼろぼろね」
字がかすんだりにじんだりしている部分はあるが、文章自体に問題はない。神父様と呼ぶには少々俗っぽい、この不幸な男が書いたものだろう。
胸の鼓動を抑えつつページをめくるが、日記は数ページであっさりと終わっていた。
「冒頭から恨みつらみの連続ですねー。そして命乞いで締められています。こんな辺境の地で助けも望めませんから、無理もないですが」
「何かわかったことはあるかい?」
ラトルは静かに読みあげた。透き通る声は、哀れなファリア神父へ捧げる祈祷のように響いた。
「……ダンジグの野郎が裏切った。あのクソ野郎にここに閉じ込められた。クソったれ、絶対にここから出て殺してやる」
ダンジグ。それが裏切り者の名前だろうか。
「ダンジグはコーディネーター気取りだ。一人でこの星を好きにするつもりか、見捨てられたこの星を」
「一人きりで、せいぜい野垂れ死ぬまで王を気取っているがいい、クソ野郎。ライの海にはどうせたどり着けねえんだ」
重要そうなのは、このあたりでしょうかね。ラトルはそう言うと、次の言葉を待った。
メドウスに理解できた言葉が二つある。一つ目は、コーディネーター。ダンジグという男は、コーディネーターだ。探さねばならない。
そして、ライの海。それは、ゴードンが最期を迎える前に赴いた、理想郷の名前だった。
「ノゾミ、君はライの海のことを知っているの?」
メドウスが聞いた。横目でノゾミを見ると、彼女の目は日記ではなく、机の上の壁に向いていた。破れかけた一枚の地図。ただの衛星写真だが、メドウスにとっては初めて見る。恐ろしく正確で、細かい地形まで描かれている。
ベーメンのずっと北、海峡の向こうがわに付けられたバツ印。すぐ下には、蛇の血のような赤銅色で、『ライの海』と書かれていた。
「ええ、もちろん知っているわ。私の旅の目的地よ」
ノゾミはつまらなそうに答えた。




