03-2
男はスチーヴと名乗った。キャラバン出身なだけあって、このあたりの地形には詳しく、道すがらいろいろ教えてもらった。
ベーメンの周囲は広い草原地帯が広がっており、その真ん中には寝そべった大蛇のように川が横切っている。大蛇の頭は西の大洋に注ぎ込み、尾は東の山脈へと伸びている。王都をここまで発展させた源だが、現在その平野部には小さな集落が点在するばかり。
モンスターのせいもあるが、一番の理由は土だ。広がっている草原をよく見ると、赤茶けた地肌が所々に露出している。まばらに痩せた木程度はあるものの、この土地で農作物はろくに育たない。
東の山脈に近づくほど草木は数を減らし、山麓付近ではほぼ赤一面の世界が広がる。色彩に乏しく、遠くから見ると山というより一枚の壁のようだが、近づくと無数のいびつな岩山が姿を現す。
左も右も鏡写しのように区別がつかない赤一面の地形は、ミラーバレーだのミラーマウンテンだのと呼ばれていた。
「そろそろだ」
スチーヴの声を合図に、岩山に並走するように徐々に角度を変えていく。
バイザー型のゴーグルを下ろすと、索敵。とりあえずサーモスコープを起動する。ピピピッと小さな警告音が鳴り、薄緑の画面上に複数の光点が現れる。
数こそ多いが互いに距離はばらばらで、待ち伏せや戦闘中の様子はない。見失ったキャラバンを、まだ探している途中なのだろうか。
「目標の北側のほうが敵が少ないわ。北西方面から強襲する。できる限り敵を減らしながらね」
「そのあとは?」
「なるようになるでしょ」
ぶっきらぼうに返すと同時に、二人は岩々の間へと突入する。ノゾミは背を伸ばし、右手のガントレットを正面の獲物へと向ける。銃口は腕を伸ばした正面方向につけられており、少し訓練すれば射撃自体はさほど難しくないのだが、馬上から撃つのは初めてだ。落ち着いて体を揺れにまかせ、モニタに映るレティクルを合わせる。
気付かれた。敵はこちらに向き直り、手にした棍棒を振り上げ威嚇する。仲間へ警告の声を上げようとした瞬間、発砲。
「ぎゃうんっ」
ゴブリンは何が起きたかわからないまま、地面に転げのたうち回った。胸を焼けた棒で刺された感覚が残っている。焦げ臭いにおいがかすかに漂うが、すぐに荒野を吹き抜ける風に散らされていく。
仲間に、助けを。
彼の儚い願いは、喉の奥からあふれる血であっさりと塗りつぶされた。
複数の敵が陣取っている岩山は迂回し、退路を確保しつつ、はぐれた獲物から少しずつ狩っていく。攻撃力や命中率は機械で補えても、戦術はそうはいかない。囲まれないように、ルートは慎重に選ぶ必要がある。
「すごいな、まるで奴らのいる場所が見えているみたいだ。ほとんどマナが無いからって、バカにして悪かったよ」
見えてるのよ、と心の中で返す。会話にまで付き合う余裕はなかった。一瞬だけにんまりしたらすぐに、索敵、照準、発砲。索敵。
ほこりっぽい風がのどにささり、目に入る汗がうっとおしい。目標にむけて向かっているつもりが、数分に一度は、スチーヴから方向を指摘されてしまう。一体どこを見てルートを判断しているのだろう。そんなことをぼんやり考えていたら、突然ガントレットが鳴り出した。連続使用による異常発熱を知らせる警告音だ。
「ねえ、まだ着かないの? そろそろこちらもスタミナ切れよ」
「あとほんの少し、あの奥の岩山の影だ」
スチーヴが指さす、頭一つ大きな岩。その左側の別の岩陰に、複数の光点が映り込む。五匹。周囲を警戒するが、他に敵はいない。ここが正念場だ。
「あの岩の裏にいるのが、たぶん最後よ。私は片付けてから行くから、先に洞窟に向かって」
それだけ言うと剣を構える。突如、ノゾミは顔を横殴りにされた。何が起きたか考えている時間はない。目の前に赤い光がちらつき、モニタには砂嵐が混ざる。
大きくバランスを崩すが、立て直している余裕もない。落馬寸前で自分から飛び降り、勢い一番手前のゴブリンに飛び蹴りをかます。続いて二匹目。体当たりをするようにもつれ合う。喉を狙って剣を突き立てる。絡みついてくる手が邪魔だ。ふりほどくとすぐに起き上がり、正面を見据える。
左右から同時にゴブリンが迫る。これで四匹。片方は今までの奴らよりも一回り体が大きい。灰色に曇るゴーグルが邪魔だ。左手で弾きのけると、小さな方から狙いを定めて切りかかる。
「はああっ!」
がつん、と固い衝撃。横から赤い巨体のゴブリンが割って入り、ノゾミの剣はあっさりと受け止められた。太さもあり、とても切り落とすことはできそうにない。
「こいつ、強い。他のと違う!」
「ノゾミ、気を付けろ! そいつがボスだ、炎も使う。最初に襲ってきたのもそいつだ」
「はあ、炎? ゴブリンのくせに?」
ジェリー社はプレイヤーの障害としてモンスターを配置する際に、星の生態系をいじる。基本的には既存の生物を大型化、凶暴化させるまでだが、時には炎を吐いたり毒を飛ばしたりと特別な設定をすることもある。ただそれらは、基本的にドラゴンやジャイアントといった大型種、特別な存在に与えられる能力であり、ただのゴブリンが炎を吐くなんてことは普通聞かない。
しかし、それらはあくまでもノゾミの知る限りの知識である。冒険にサプライズはつきものだ。となると、会社が馬鹿正直にツアーの内容をすべて話すなんてことはないだろう。
「いいわ、ちょっと驚いたけど、所詮ゴブリンよね。どうせ倒さなきゃならないんだもの、やらせてもらうわ」