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Future in an oblong box  作者: 鳴海 酒
第12話 地獄めぐり
57/91

12-3


 その部屋は、むんとする熱気に包まれていた。

 目に入ったのは、床一面を満たすスカイブルーの泉。そして、その中に浮かぶいくつもの蓮。いや、睡蓮か。

 一つ一つの葉は人間が楽に座れるほどの大きさがあり、ところどころに咲いている花がなければ、それと気付けなかったかもしれない。それほどノゾミの知る睡蓮とは違っていたが、美しさは遜色のないものだった。


 ブディズム最高の境地の一つに、極楽浄土というものがあるそうだ。ノゾミが思い出したのは、その光景だ。

 地獄のまっただ中に極楽とは、皮肉にもほどがある。

 ただ一つノゾミの知識と違うのは、それらの浮かぶ池が、異様なまでの熱を持っているということ。

 熱水。それも、今にも沸騰を始めそうなほどの。

 立ち上る湯気と汗で、ノゾミの着衣は早くもべとべとだ。

 不快さもあったが、それよりも先に思ったのは、

「この湯気、レーザー対策かしら?」

「可能性はありますね。泉がただのお湯なら、この程度は何の問題もありませんが」

 ラトルはそういうが、やはりあの時の戦い、失態を思い出してしまう。


「こんなところに客とは、何年振りか」

 突然声がした。紺色のローブを纏った男が立っていた。

 フードを目深にかぶり、表情は見えない。ゆっくりと蓮の葉を踏みしめる。金の刺繍が施されている高そうなローブを、惜しげもなくそびきながら歩みを進める。

「ようこそ、六大地獄の終焉、オセアンへ」

 その声、仕草。ノゾミはちらりとバンクスのことを思い出す。


 メドウスは早くなる鼓動を無理やりに押さえ、聞いた。

「六大? 七大地獄じゃないんですか?」

「ほう、儂の知らぬ間に、七つ目の脅威が発見されたか。西方の人間も、なかなか侮れん」

 六大? 終焉? 微妙な食い違いに、メドウスははっとする。

「私はメドウスという魔術師です。あなたの名前を聞かせていただけませんか?」


 男は、ローブの内に隠していた杖を高く掲げ、言った。

「儂の名はヴィエント。かつては群青のヴィエントと呼ばれていた。今は、名を呼ぶものもおらんがね」


 知っているかと、ノゾミはメドウスに横目で訴える。メドウスは頷き、小声でノゾミに説明する。

「ゴードンは、東の地で、濃紺のローブを着た魔法使いと戦ったってさ」

 会話を聞いていたわけではなかろうが、ヴィエントは薄ら笑いを浮かべていた。


「なるほど、最後のアグアスは、あんた自体ってわけね。魔法使いヴィエントが、このダンジョンのボスってわけだ」

 ヴィエントは杖を振りかざすと、ゆっくりとこちらへと、葉の上を渡り始めた。


 聞きたいことはすべて聞いた。ノゾミは返事を待たずに、一足飛びに距離を詰める。

「ラトル、スピード上げて!」

 空中で叫ぶ。ノゾミは水切りの石のように、蓮の上を滑っていた。メドウスは一瞬でノゾミを見失う。目が追い付いたのは、ギンという鈍い金属音の後。

 丸い葉が連続して揺さぶられ、その中心には細い亀裂が連続していた。いかにその葉が分厚くても、スキル込みのノゾミの踏み込みは受け止めきれなかったのだ。それでもなんとかもったのは、マジックモーメントのおかげだろう。

 一度目の折衝は、互角。互いに後ろの葉へと飛び下がった。

 ノゾミは跳ねる熱水を避けて、体勢を整えた。対するヴィエントは、無理にこらえず、自分から後方へと飛んだ。


「炎よ!」

 かすかにしゃがれた声とともに、熟れて落ちた柿のような炎の塊が、ノゾミへと迫った。

 一皮だ。ほんの一皮むけば、その蕩けた果肉がノゾミにまとわりついただろう。熱で頬がチリチリいぶされる。下からのものとは、明らかに質の異なる熱。

 ノゾミは足首を掴んでくるような感覚のする葉を蹴り飛ばし、避けた。ぶよぶよと頼りない足元は、背筋を凍らせる。


 着地したノゾミは葉に手を付くと、トカゲが這うような体勢で低く飛び掛かる。

 ヴィエントは既に杖を構えなおしていた。

 距離を取ると炎にやられる。そう思ったノゾミは、剣をまっすぐに突き出す。杖を眼前に構え、それを受け止めようとするヴィエント。


 待て、ゴードンの杖の魔法は何だった?

 そう、炎と――


 とっさのところでノゾミは剣を逸らす。勢いを殺しきれなかったものの、とりあえずは別の葉へと飛び乗った。

「ほう、良く避けたな。知っていたのか?」

 パチリ、とヴィエントの杖が青い閃光を発した。


 ――雷だ。


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