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水音はだんだんと大きくなる。洞窟内に音が反響しているのだ。天井も高くなり、気付けば二人は大きなホールのような場所を走っていた。
足を少し緩める。ここまでくれば大丈夫だろう。
唐突に耳元で例のアラーム音が鳴り、洞窟内に光が灯った。
間違いない、ライトが完備されているここは、人工的に用意されたダンジョンだ。
そう思ったのは一瞬で、すぐに目の前に広がる光景に釘付けになった。
淡いオレンジ色の光が照らし出したのは、大小無数のテーブル状の池。オーロラのような曲線のふちを優しく水が舐めてゆき、岩々を艶めかしく魅せている。
鍾乳洞だ。自然の洞窟をそのまま利用したダンジョンだった。池は洞窟の天井付近から溶け出すように、視界一面に広がっていた。
俄然やる気が湧いてきたノゾミに対し、メドウスは、ただただ困惑していた。
ああそうか、ライトを見たことがないのだ。ノゾミはすぐに気づいたが、声をかけるのはやめておいた。
ノゾミは思う。ランプの明かり程度しか知らない人たちにとって、美しくライトアップされたこの光景は、どう映っているのだろうかと。
真の意味で「冒険」を味わっているメドウスが、痛いくらいにまぶしく、うらやましく思えた。
きっと、主人公を横で眺めているNPCの気持ちというのは、こんなふうなのだろう。
不意に羽音が聞こえた。振り返ると、暗闇の中で安物の宝石のような光がいくつも震えていた。
「コウモリか。下がってて、僕が散らす」
言うが早いか、メドウスは両手を広げてマジックを放つ。
小型で空を飛ぶ相手。メドウスの使うマジックにとって、これ以上ないほど相性が良い敵だ。狙いもつけずに乱射するだけで、面白いほど簡単に巻き込まれていく。
ノゾミは群れを外れて滑空する影を見つけ、目をこらした。メドウスの前に出て、自らの身体を盾にする。
軌道に合わせてハルバードを振り下ろすが、空を切る。大きく円を描き、鍾乳石の間を飛び去っていく。
「でかいわね、あいつ」
他のコウモリより二回りはあろうかという体躯のわりに、スピードはしっかり出ている。ライトがあるとはいえ、薄暗闇ということもあり、目で追うのすら困難だ。
「ノゾミさん、左からも二体、トカゲっぽい奴が!」
ラトルの警告。
ごろごろと地響きのような唸りがしているのだ、とっくにノゾミも気付いている。大口を開けて突っ込む白い影に対し、真上からハルバードを振り下ろす。
真上から綺麗に叩き潰したはずが、ゴムでも叩いたような鈍い弾力とともに、弾かれる。手に若干の痺れを感じ、ノゾミは舌打ちをした。
クリーム色の巨体。先ほどのガーゴイルの色違いか。
「アイボリーガーゴイルってとこかしら。洞窟内だと、色白に育つのね」
こないだ戦ったレッドドラゴンに比べれば、軽いものだ。
ラトルも即座にサーモで周囲を索敵し、目標は目の前の二体だけだと確定させる。
振り回してくる尾を打ち払うと、腰だめにハルバードを持ち、一息に突き立てる。
鱗の継ぎ目に刃が滑りこみ、皮膚を裂けて食い込む。感触を手で確かめたら、すぐに引き抜いた。
どす黒い血が鍾乳石の階段を垂れるように、池の下へ下へと広がっていく。
もう一匹のガーゴイルは進路を変え、メドウスを狙った。生意気にも大コウモリが、連携したようなタイミングで中空を滑ってくる。
ラトルは二つの指示を同時に飛ばした。
「メドウスさん、マナを左から右へ、輪を書くように循環させてください! 早く!」
「ノゾミさん、ガーゴイルの足止めを!」
ノゾミはガーゴイルの斜め後ろからハルバードを振り下ろす。鋭い鉤が尾の根元に突き立ち、吊り上げられた魚のようにびちびちともがいた。
大コウモリは、翼を縮めてなおも速度を速めた。むき出しの犬歯がカチカチと鳴る。
が、コウモリはそのままメドウスへ向かわず、吸い込まれるように頭上の太い鍾乳石にぶち当たった。完全な自爆だ。
メドウスは身構え、コウモリに若干の注意を残しつつも、即座にガーゴイルに向けてマジックを放つ。
小さめで十分だ。腹を狙う。ガーゴイルは反射的に下がり、そして、
そこには奴の身体を支える地面はなかった。
引力という手が、尾を、下半身を握る。引きずりこむ。
ガーゴイルは数度バタついた後、そのまま岩の下へと滑り落ちる。
これで死んだとは思わないが、時間は稼げただろう。
「メドウス、光はあの奥へ続いてるわ」
ノゾミが指さす先は、池を突っ切ったさらに奥だ。大きな柱状の岩が、まるで門扉のように二人を誘っている。
濡れて滑りやすい岩に苦労しながら、二人は門へと向かった。
池を飛び越しながら、メドウスは聞いた。
「ラトル、さっきはコウモリに一体どんな魔法をかけたんだい?」
「あー、あれですね。エコーロケーションっていって、コウモリは音でこちらを探っているんですよ。だから、それを少しずらしました」
首をかしげるメドウス。
「マジックを使わずにマナ自体を操作することで、回りの熱を循環させたんです。熱で空気の層を作って音を屈折させて、奴の感覚を狂わせたんです。そうですねー、蜃気楼みたいに」
ラトルは「どうです、あたしも役に立つでしょう?」と得意げだったが、ノゾミは無視して、メドウスに左手を差し出す。
「ほら、そこ、滑るから気を付けて」
まだ熱の残る手を握りしめ、メドウスは最後の池を飛び越した。
太い門の奥からは、また別の不気味な光が漏れていた。




