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Future in an oblong box  作者: 鳴海 酒
第12話 地獄めぐり
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12-2


 水音はだんだんと大きくなる。洞窟内に音が反響しているのだ。天井も高くなり、気付けば二人は大きなホールのような場所を走っていた。

 足を少し緩める。ここまでくれば大丈夫だろう。


 唐突に耳元で例のアラーム音が鳴り、洞窟内に光が灯った。

 間違いない、ライトが完備されているここは、人工的に用意されたダンジョンだ。


 そう思ったのは一瞬で、すぐに目の前に広がる光景に釘付けになった。

 淡いオレンジ色の光が照らし出したのは、大小無数のテーブル状の池。オーロラのような曲線のふちを優しく水が舐めてゆき、岩々を艶めかしく魅せている。

 鍾乳洞だ。自然の洞窟をそのまま利用したダンジョンだった。池は洞窟の天井付近から溶け出すように、視界一面に広がっていた。


 俄然やる気が湧いてきたノゾミに対し、メドウスは、ただただ困惑していた。

 ああそうか、ライトを見たことがないのだ。ノゾミはすぐに気づいたが、声をかけるのはやめておいた。

 ノゾミは思う。ランプの明かり程度しか知らない人たちにとって、美しくライトアップされたこの光景は、どう映っているのだろうかと。


 真の意味で「冒険」を味わっているメドウスが、痛いくらいにまぶしく、うらやましく思えた。

 きっと、主人公を横で眺めているNPCの気持ちというのは、こんなふうなのだろう。


 不意に羽音が聞こえた。振り返ると、暗闇の中で安物の宝石のような光がいくつも震えていた。

「コウモリか。下がってて、僕が散らす」

 言うが早いか、メドウスは両手を広げてマジックを放つ。

 小型で空を飛ぶ相手。メドウスの使うマジックにとって、これ以上ないほど相性が良い敵だ。狙いもつけずに乱射するだけで、面白いほど簡単に巻き込まれていく。


 ノゾミは群れを外れて滑空する影を見つけ、目をこらした。メドウスの前に出て、自らの身体を盾にする。

 軌道に合わせてハルバードを振り下ろすが、空を切る。大きく円を描き、鍾乳石の間を飛び去っていく。


 「でかいわね、あいつ」

 他のコウモリより二回りはあろうかという体躯のわりに、スピードはしっかり出ている。ライトがあるとはいえ、薄暗闇ということもあり、目で追うのすら困難だ。


「ノゾミさん、左からも二体、トカゲっぽい奴が!」

 ラトルの警告。

 ごろごろと地響きのような唸りがしているのだ、とっくにノゾミも気付いている。大口を開けて突っ込む白い影に対し、真上からハルバードを振り下ろす。


 真上から綺麗に叩き潰したはずが、ゴムでも叩いたような鈍い弾力とともに、弾かれる。手に若干の痺れを感じ、ノゾミは舌打ちをした。

 クリーム色の巨体。先ほどのガーゴイルの色違いか。


「アイボリーガーゴイルってとこかしら。洞窟内だと、色白に育つのね」

 こないだ戦ったレッドドラゴンに比べれば、軽いものだ。

 ラトルも即座にサーモで周囲を索敵し、目標は目の前の二体だけだと確定させる。

 

 振り回してくる尾を打ち払うと、腰だめにハルバードを持ち、一息に突き立てる。

 鱗の継ぎ目に刃が滑りこみ、皮膚を裂けて食い込む。感触を手で確かめたら、すぐに引き抜いた。

 どす黒い血が鍾乳石の階段を垂れるように、池の下へ下へと広がっていく。

 

 もう一匹のガーゴイルは進路を変え、メドウスを狙った。生意気にも大コウモリが、連携したようなタイミングで中空を滑ってくる。

 ラトルは二つの指示を同時に飛ばした。


「メドウスさん、マナを左から右へ、輪を書くように循環させてください! 早く!」

「ノゾミさん、ガーゴイルの足止めを!」


 ノゾミはガーゴイルの斜め後ろからハルバードを振り下ろす。鋭い鉤が尾の根元に突き立ち、吊り上げられた魚のようにびちびちともがいた。

 大コウモリは、翼を縮めてなおも速度を速めた。むき出しの犬歯がカチカチと鳴る。

 が、コウモリはそのままメドウスへ向かわず、吸い込まれるように頭上の太い鍾乳石にぶち当たった。完全な自爆だ。


 メドウスは身構え、コウモリに若干の注意を残しつつも、即座にガーゴイルに向けてマジックを放つ。

 小さめで十分だ。腹を狙う。ガーゴイルは反射的に下がり、そして、

 そこには奴の身体を支える地面はなかった。

 引力という手が、尾を、下半身を握る。引きずりこむ。

 ガーゴイルは数度バタついた後、そのまま岩の下へと滑り落ちる。


 これで死んだとは思わないが、時間は稼げただろう。


「メドウス、光はあの奥へ続いてるわ」

 ノゾミが指さす先は、池を突っ切ったさらに奥だ。大きな柱状の岩が、まるで門扉のように二人を誘っている。

 濡れて滑りやすい岩に苦労しながら、二人は門へと向かった。


 池を飛び越しながら、メドウスは聞いた。

「ラトル、さっきはコウモリに一体どんな魔法をかけたんだい?」

「あー、あれですね。エコーロケーションっていって、コウモリは音でこちらを探っているんですよ。だから、それを少しずらしました」

 首をかしげるメドウス。

「マジックを使わずにマナ自体を操作することで、回りの熱を循環させたんです。熱で空気の層を作って音を屈折させて、奴の感覚を狂わせたんです。そうですねー、蜃気楼みたいに」


 ラトルは「どうです、あたしも役に立つでしょう?」と得意げだったが、ノゾミは無視して、メドウスに左手を差し出す。

「ほら、そこ、滑るから気を付けて」

 まだ熱の残る手を握りしめ、メドウスは最後の池を飛び越した。


 太い門の奥からは、また別の不気味な光が漏れていた。


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