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女性は、ホワイトと名乗った。今ではベツレヘムの唯一の住人だ。
美しい女性だった。
その名の通りの白い肌、白い服。艶めかしく流れる黒髪が、それをさらに引き立てていた。悲し気な瞳さえ演出と感じるほどに、その姿は絵になっていた。
その姿を見て、メドウスはさっきから胸の奥に引っかかっていることについて、考える。しばらくうなったあと、ようやく思い出す。
彼女は、女王に似ていたのだ。ベーメンを治めている、女王レイナに。
小さいころ、パレードで遠くから一度だけ見たことがある。子供のころは何も知らず、無邪気に手を振っていた。
先代の王は、争いが絶えなかったこのあたりの部族をほぼ一人でまとめあげ、ベーメンを作り上げた。その後、政治の基盤を作り長年統治し続けてきたのが、今の女王レイナだ。
黒の女王だの暗殺女王だのとあだ名され、きな臭いうわさには事欠かない女王だった。
ホワイトは、メドウスの記憶にあるその横顔に、肖像画によく似ていた。
メドウスの複雑の思いには気付かず、彼女はロールプレイを続けた。
「ようこそ、ラハムの村へ。ここは忘れ去られた古代の文明に守られた地。しかし、この村は既に滅びの運命にあります。完全に滅び、砂となってしまう前に、神々から伝えられたとされる武器を受け継いでいただけませんか」
言葉には悲痛な色が含まれていた。NPCとしての言葉を素直に信じてくれるのは、この場にはメドウスしかいないというのに。
ノゾミが隣を向くと、メドウスが瞳を潤ませて真剣に聞いている。
「……ええと、メドウスさん、あのこまっしゃくれた女はロボ――じゃなくて。ええと、自動で動く魔法人形ですよ。人間じゃありません」
とうとう堪え切れずに、ラトルが本当のことを喋る。メドウスの耳には届くだろうか。
ノゾミとしては、まあそうだろうなとしか思わない。ここに人がいなくなってどれくらい経つのかはわからないが、人間が長期間暮らしていた痕跡がないことくらいはわかる。
彼女はどれほどの間、一人ぼっちで過ごしたのだろう。たった一人でこの村を守ってきたのだ。この村の長、いや、この星の孤独な女王として。
そんな存在に対して、人間だとか人形だとかの区別は、ちっぽけなことなのかもしれない。メドウスのように、敬意を払うべきなのだろう。そんな気持ちが浮かんでくる。
が、それはそれ、これはこれ。女王への答えは決まっている。ノゾミは元気よく答えた。
「用事があるの。機械を使わせてほしい。あと、もらえるものがあるなら、何だってもらうわ」
ホワイトはにっこり微笑む。
「ありがとうございます、ノゾミ様。では鍵のありかを教えましょう。宝物庫の鍵は、七大地獄の深奥、ヴィエントにあります。かの魔法使いゴードンですら到達できなかったという、禁断の地です。せめて今夜は、この村でゆっくり疲れを癒してから出発してください」
「はあ? 開けてくれるんじゃないの?」
「うわー、やっぱり意地汚いですねー、この女は。ぶりっこして頼めばみんなほいほい言うことを聞くと思ってるんですよ」
このタイミングでお遣いイベントを挟まれるとは。ノゾミはあからさまに面倒そうな顔をし、ラトルまで珍しく不満を口にする。
フォロー役はメドウスが引き受ける。慣れたものだ。
「ノゾミだって行きたがってた場所なんだし、ちょうどいいじゃないか」
「そりゃそうだけど……。自分で行こうとしてることを他人から指示されると、どうもやる気がなくなっちゃうのよね」
「ノゾミさん、その発言はめんどくさい女への第一歩です」
ラトルは今にも女子力について語り出さんばかりである。
まあいいか、別に急ぐ旅なわけでなし。しぶしぶ地獄見物に了承する。
夜は村にある家の一つを借り、英気を養う。
狭いけれど、ベッドもシャワーもある。昨夜までの野宿と比べると雲泥の差だ。メドウスはスイッチ一つで出てくる清潔な温水に、感心しきりだった。
「使い方がわからないなら、一緒に入ってあげようか?」
ノゾミがからかうと、メドウスは顔を赤くして黙り込んだ。
人間二人が休んでいる間、ラトルはホワイトと通信し、情報のやり取りを行う。
情報には制限がかかっている、そこまで多くのヒントはなかったが、一番聞きたいことは聞き出せた。
「メドウスさん、喜んでください。ここの工作室の機器を使えば、コンデンサを作ることもできそうです。完成しますよ、あの武器が」
「ありがとう、ラトル。早速明日からでも取りかかれるかな?」
「いやあ、それがー」
どうやら、工作室を含む専門施設は、宝物庫の奥にあるらしい。というか、宝物庫の一部がそれらしい。
確かにアーマーのパーツを手に入れたところで、取り付けや微調整ができなければ、宝の持ち腐れだ。剣のような原始的な武器ならそのまま使えばいいのだが。
結局どうあがいても、地獄の攻略は避けて通れないイベントだった。
「ところでラトル、もしかしてこの村が嫌いなの?」
メドウスは、この村に来てから、ラトルの機嫌が悪いのに気が付いていた。いや、正確には、ホワイトを見てからか。
「村ではなく、あのポンコツロボットのせいですねー。ホワイトっていうのは、AIの中でも一番の嫌われ者なんです。お嬢様ぶっててドジなくせに、男の冒険者たちにはちやほやされて、すっごく人気なんですよ!」
「……なにそれ?」
意味も分からず顔を見合わせる二人。
「あたしたちのAIパターンは、色で性格わけされているんです。女性タイプは赤系統、男性タイプは青系統。それぞれ白に近いほうが礼儀正しくて、黒に近いほどオレ様タイプになります」
そういえば、ラトルは最初、タイプオレンジだと自称していた。思い出してみるとずいぶん昔のことのように感じられるが。
きっとそのことで、彼女とは相性が悪いのだろう。
「例えば赤だとどんな性格なの?」
「極度のツンデレです」
「なにそれ」
開発者の趣味なのだろうか、ノゾミにはその嗜好は理解しづらい。
とはいうものの、ホワイト側に問題はなく、ラトルが一方的に嫌っているだけのように思える。口には出さないが、ラトルの毒は半信半疑で聞き流すことにした。




