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七大地獄の話は、魔法使いゴードンの冒険譚のハイライトの一つだ。それがどこまで現実とリンクしているかは別として。
メドウスも子供時代に繰り返し読んだらしく、なかなか詳しく覚えていた。ああ見えて、彼も昔は普通の男の子だったということだ。
馬の背で、星の下で、メドウスは色々な話を少しずつ語ってくれた。
おかげでノゾミもラトルも、この星に染み込む世界観や人々の思いを、かなり理解することができた。
東の地を訪れたゴードンは、いくつかの恐ろしい驚異を見つけた。彼はそれらをアグアス・テルマレスと呼び、帰郷後、人々に紹介した。
『アグアス・テルマレス』とは、古代語――この星の本来の古代語のほうだ――で、地獄という意味だ。
ゴードンは仲間とともに一つ一つアグアスを攻略していったが、七つ目にあたるヴィエントで愛用の杖を失い、ついにその攻略をあきらめて西へ戻ったという。
「で、ここがその七大地獄の最初の一つ、セフェってわけね」
ゾンビをハルバードで薙ぎながら、ノゾミは言った。久しぶりの退屈しのぎの相手に、ノゾミは嬉々として向かっていった。
セフェ。泥のアグアス。
灰色の泥が広がる湿地。
かつての冒険者だろうか、それともモンスターか。とにかく四つ足で動く灰色の何かが無数に起き上がり、襲いかかる。
泥炭地に沈んだ死体にマナがたまり、それが生者のマナに引かれて起き上がってくる。
身もふたもない言い方をすると、ゾンビの沼だ。
メドウスの話では、ゾンビは普通、こんな開けた場所では発生しないらしい。
人間も動物も立ち寄らないような場所では、マナが自然に分解されづらい。例えば以前の霊廟の中のような場所だ。溜まっていったマナがいつしか固まり、ぼんやりとした意志を持った存在がゴースト。死体にとりついたものがゾンビというわけだ。
しかしここは、深い森の奥。人里からは離れているが、野生の動物は多い。ゾンビが発生するほどのマナ量は普通は溜まらないというのが、メドウスの意見だ。
一つ目の脅威、セフェ。それは、ここが死の世界の入り口だということを暗に示していたのか。
ただのゾンビの群れとはいえ、その数は膨大だ。
ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ。ハルバードで、マジックで、レーザーで。何度も弾ける灰色の泥を見過ぎて、目を閉じても頭の中で戦っている自分がいる。
最初のうちは、倒したゾンビの数を数えていた。ノゾミは19匹、メドウスは16匹。それから後は、わからなくなっていた。
「飽きたわ」
やがてノゾミは泥に背を向ける。背後で次の泥山が盛り上がっているにも関わらず。
「もういいのかい?」
メドウスは倒したゾンビからマナを集めつつ、さらに攻撃を続ける。泥の山は無惨にも泡となる。
「ええ。宝物でもあれば、もう少し頑張ってもいいんだけど」
ゾンビはマナの含有量が多いので、メドウスとしては嬉しい場所だったのだが、確かに長居するようなところでもない。
ノゾミはあらかた満足すると、馬にまたがり、速足で歩かせる。
たったそれだけで、もうゾンビたちには追い付く手段はなかった。力尽きたように、再びセフェの深い泥の中へと沈んでいく。
人の手による痕跡を見つけたのは、そのすぐ後だった。
小さな石碑。矢印と何らかの文字らしきものが彫られていた。
墓石や何かを祀ったりしたようなものではなく、もっと実用的なもの。おそらく、村への方向と距離を示しているのだろう。三人はそう判断した。
示されているだろう方向へと進んでいくと、一本の道にぶつかった。獣道ではなく、細いながらも人が通ることを目的とした道の跡だ。
道なりに、そのまま進む。
しばらく歩くと、山間に隠れるように作られた、寂れた寒村を見つけた。結局村人には出会わないまま、ここまでたどりついてしまった。
村の入り口には木でできたアーチ状の門があり、村の名前が彫られていた。
予想していた通りだ。
そこには地球の言葉で、『ベツレヘム』と書かれていた。




