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未開の山脈を越える。依頼で行くわけではないし、そもそもラハムという施設が機能しているかもわからない。厳しいわりに金にもならない、普通なら魅力も何もない旅だ。
メドウスにとっては渡りに船だった。もともと、いつかは自分でもラハムを目指す予定だったのだ。
さして理由らしい理由がないのは、実はプレイヤーであるノゾミだけだ。だが、かといって断る理由もない。七大地獄とやらには心惹かれる。
地獄見物を追加条件にして、三人はレヴィベ山脈を越えることを決めた。
ミラーマウンテンの赤い土は二人を歓迎した。じりじりと焦がすような太陽の季節は過ぎ去り、砂嵐の吹き荒れる、乾燥と風の季節だった。巻き上がる乾いた砂は、斜め横から叩きつけるようにぶつかってくる。
ノゾミは、七日だけ亭の小さな看板娘、マレーンを思い出す。夜更かしをしてなかなかベッドに入らない彼女に、父親のメイは”砂男”が来るぞと脅かしていた。
眠らない子供の目に砂を投げつけて無理やり瞼を閉じさせる化け物らしい。
ゴードンめ、なぜドラゴンより先に、そいつを燃やしてしまわなかったのか。
ノゾミもメドウスも、布を口元に巻いて砂嵐に耐えている。喋るどころか、息をするのもおっくうだった。
こんな天候の中で旅を急いだのは、ラトルに急かされたからではない。
もうすぐ冬が訪れる。山脈は雪と氷に包まれ、完全に死の世界となる。そうなれば山を越えるどころではない、春まで旅はお預けだ。
二人にできるのは、ゴブリンに襲われないだけましだと慰め合うことくらいだった。
砂嵐の舞う岩場を越え、獣道と呼ぶべきかも迷うようなか細い隙間を走り、硫黄の臭いの流れる火口を遠くに眺める。
いつしか道はなだらかになる。山脈の天井にたどり着いたのだ。
日が落ちる前に火を起こし、湯を沸かす。持ってきた干し肉をあぶる。ゆっくりとただの湯を飲み込んでいく。喉に残った幸せな感覚がたちまち消えていくのが、ひどく恨めしい。
干し肉の塩気がじんわりと口に広がるのを待ち、ほんの少しのアルコールをかぶせる。
肌寒さは感じていたが、酒を湯で割ることはしなかった。しびれるような濃さをそのまま味わい、寒さに震えたならば、湯だけを口に含んだ。
ノゾミは、酒を持ってきた自分を褒めてやる。どこかのクソ酔っ払いは武器のほうが大事だとほざいていたが、あのセリフは罠に違いない。
馬がいなないた。頬を二、三度ぺちぺち叩き、立ち上がる。こうして勢いでもつけなければ、そのまま倒れてしまいそうだった。
同じように立ち上がろうとしたメドウスを止めた。
いいから、休んでなさい。
当然ながら彼は拒否するが、先ほどから船を漕いでいたのをノゾミは見ていた。
「じゃあブラッシングは明日の朝にして、今は二人で休みましょ」そういって寝転がると、安心したように彼も横になる。
待つほどのことはなく、すぐに寝息が聞こえた。
私はアーマーというずるをしている。これでいい。
完全に寝入ったのを確認すると、起き上がり、馬にブラシをかけていく。強めにすると喜びの声が聞こえ、少し癒された。
二頭ともしっかり手入れをしてから、私はメドウスの隣でゆっくり目を閉じた。




