03-1
翌朝、ノゾミがギルドを訪れると、一人の男が受付嬢に必死で訴えていた。男の服やブーツには乾いた泥がはりつき、破れや生傷もいくつかある。汗の臭いから察するに、つい先ほどまで命の危険がある場所にいたのだろう。
「頼むよ、なあ、早く冒険者を派遣してくれって。こっちだって死ぬ思いをして抜け出してきたんだぜ」
「そうおっしゃいましても、こちらも人数が集まらないと」
まだ朝早いせいか、ギルドに他の冒険者の姿はない。トラブルとチャンスの匂いを感じたノゾミは、つかつかと歩いていき、二人の間に強引に体を割り込ませる。
「ちょっと落ち着いて。私がその冒険者なんだけど、話を聞かせてくれない?」
男は一瞬騒ぐのをやめたものの、ノゾミを上から下まで舐めまわすように見ると、軽くため息をついてまた受付嬢に向き直る。
「おい、こんなちんちくりんはいらんから、まともな冒険者はいつ来るんだよ」
ノゾミは深くため息を吐く。仕方ない。ノゾミは近くにある重たそうな木製のテーブルに目を向けた。
パワードアーマー、ノットマンを起動する。補助モード。テーブルの端に手をかけ、ぐっと力を込める。軽い抵抗だけで重さは感じない。というより、この程度の負荷だと軽すぎて、逆に天井にぶつけてしまう心配をしなければならない。
「ねえ、だれがちんちくりんだって? 助けが欲しいんでしょ、落ち着いて説明しなさいよ」
「わかったから少し黙ってろよ―― あ?」
片手でテーブルを持ち上げたノゾミを見て、受付嬢と男は同時に固まった。シンプルな手だが、彼女の力量をわからせるには十分だった。
それでもまだ男は迷う。時間と、不確かな冒険者への信用と。いろいろなものを天秤にかけているのだろうが、他に選択肢もなかった。
男はしぶしぶ納得する。しようとする。
「わかったよ、あんたにお願いする。俺はフォルトナから来たキャラバンの一人だ。山脈沿いに南下してベーメンまであと一日のところまで来てたんだが、ゴブリンの群れに夜襲を食らっちまった。俺は何とか抜け出せたが、他の皆は散り散りになっちまった」
「ちょっと待ってよ、それって、その……手遅れなんじゃないの?」
「いや。あの辺りは結構洞窟が多いだろ? 一応こういう時の隠れ場所は何か所か決まってんだ。たぶん、逃げ込んだ奴もいると思う。早く助けが欲しい」
受付嬢は慌てて言い訳をするように口を開く。
「で、でも、ゴブリン狩りは数を集めないとやばい仕事です。そりゃあ単独で逃げ出したり突破したりなら、少し経験ある冒険者なら楽勝ですよ。けど、集団相手にキャラバンの救出まで含めるなら、しっかり作戦立てていかないと絶対危険ですって」
ゴブリン。
その響きにノゾミの胸が高まる。ツアー前にカタログなどで見たことがあるが、通常のRPG同様、名前の響き通りの定番ザコモンスターだ。ただし群れを作るモンスターで、数がとにかく問題になる。
とはいえ、美味しい相手でもある。
しばらく目を閉じて、にやける口元を抑えつつ、考え込むふりをする。いかにさりげなくこの依頼を受けるか。頭の中はそれだけだ。
「じゃあ、こういうのはどうかな。まず私が彼と先行して、ゴブリンの偵察とかく乱、時間を稼ぐわ。その間にギルド側で討伐隊を編成して、すぐに派遣してほしいの。
救出を考えるならそれしかないだろうし、キャラバン側からのお礼も見込めるなら、悪くない案だと思うけど?」
横目で男を見ると、是非もないといった感じで首を縦に何度も振っている。
「はあ、わかりましたよ。ただし、私に討伐隊派遣だなんて権限はありませんから。上司が出勤してきたらすぐに相談しますけど、今この場で約束はできません。夕方になってまだ援軍が来ないときは必ず撤退してください。約束できます?」
受付嬢は強い口調でノゾミに釘をさす。問題ない、たかがゴブリンだ。もう十分とばかりに手をひらひら振って、男に向き直る。
「さあ、話もまとまったところで、案内してもらいましょうか」