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ドラゴンの解体作業のため、リブロ・ハルボルにはもう一日滞在し、翌日帰途に就くことになった。小さな町だが、腕のいい職人がいるらしい。
ドラゴンの生息地域は限られている、この町なりの貴重な産業なのだろう。
こちらとしては、注文があるのは牙だけである。ラトルの指示通りに職人に要望を伝え、細かいところは一切を任せた。
空き時間は治療と休息にあてた。
ガスで倒れただけのメドウスよりも、ノゾミの傷のほうが多かった。
ワームの噛み傷に、ドラゴンの爪が掠った跡。どれもいつの間にかついたものばかりだ。幸い大きなものはないが、メドウスは傷跡が残ることを心配していた。
ケガに関する扱いが、VRと現実の一番の差異だろう。こればかりはゲームのように、ポーションで一気に回復とはいかない。
性能の良い傷薬も無いわけではないが、そもそも傷を負わないことが一番なのだ。
「俺は先に帰るぞ」
休んでいるノゾミに、グレンは言った。水先案内人の役目もここまでだ。
「あんた、本当に何もいらないの? 爪でも骨でも、好きなところ持って行けば?」
それはノゾミなりの感謝の気持ちだったのだが、グレンは荷物になると言うだけだった。
グレンは馬で山道を戻ったが、ノゾミらは馬車を手配し、西周りの平坦な道を選んだ。
ベーメンに戻った二人を迎え、メイは自分のことのように喜んだ。
「いやー、ここまでやるとは思っていませんでしたよ! 無事に帰ってきてくれただけじゃなく、こんな大きなドラゴンを狩ってくるなんて!」
荷台の中身、解体されたドラゴンの素材を見たメイは、感心しきりだった。
とはいえ、依頼内容は果たしていない。自信満々で引き受けた手前、ギルドには少し顔を出しづらいが、このまま報告をしないわけにもいかない。
ノゾミが意を決してギルドのドアを開くと、受付嬢のドロレスの方から手を振ってきた。相変わらず明るい娘だ。
「おめでとうございますー、まさかカッパー二人がドラゴンを倒すなんて思いませんでしたよ!」
「でも、依頼は未達成なんです。ごめんなさい」
申し訳なさそうに報告するノゾミ。
すると受付嬢は意外なことを言った。
「グレンさんから聞いてますよー。巣が、手を出せない高台にあってどうしようもなかったんでしょ? 大丈夫です、親竜を倒した時点で周囲の被害は抑えられますから。問題なく依頼達成扱いですよ!」
グレンから? 二人は顔を見合わせて驚いた。あいつがこんな気を回せる奴だったなんて、意外を通り越して気味が悪い。
ギルドからはさらに一つ、贈り物が用意されていた。
「これ、お二人のシルバータグです。ドラゴンを倒した証ですよ。今回グレンさんは手を出さなかったと聞いていますので」
本来シルバータグとは、ドラゴンと戦う最低限の資格として必要なものだ。
今回の依頼を受けた時は、グレンのパーティーメンバーに入るということで条件をクリアした。そして今は、グレン抜きでドラゴンを倒したということで、実力も見せつけることができた。
ちょっとずるいやり口ではあるが、二人がシルバータグに見合う冒険者だということは証明されたのだ。
もっとも、証言だけでシルバータグを渡すなんてことは、普通ならあり得ない。明らかにグレンの持つ、プラチナというランクのおかげだった。
もちろんグレンとしても、理由なしこんなことをするわけがない。
最低ランクのカッパー冒険者では、スムースにゲームを進めて行くのに色々と面倒くさい手続きが邪魔をする。実際に間近でノゾミたちの実力を見て、すぐにシルバー、ゴールドとランクが上がっていくだろうとは感じた。だが、それを待っているのも時間がかかる。
二人は、素直にシルバータグを受け取った。もらえるものはしっかりもらっておき、今後の方針を決めることにする。
真っ先に提案したのはラトル。
「武器が作りたいんですが! 例のドラゴンの骨を使って!」
ラトルは、山を下りる時からずっと待っていた。頭の中の設計図と見比べ、計算し通しだった。これだけ大きいドラゴンだから、きっと太い骨が取れるだろう。こちらの予想している負荷に耐えられるだろうか。密度は? マナの抵抗値は? 試したいことは山積みだ。
ラトルが熱弁をふるう。いいよ、そうしよう。笑ってメドウスが賛成する。ノゾミにも異論はない。
いくつかの武器職人を回り、設計図を見せて話をしていく。ラトルの意見をメドウスが伝え、職人の意見でラトルは設計図を修正する。
ノゾミは早々に飽きて、後ろの方で椅子にこしかけ、転寝をしていた。
ようやく職人を決めて作業に取り掛かったのは、二日目の夕方だった。
選ばれたのはハロルドという老職人。ドラゴンの素材を扱うことに関しては王都一だという有名人だったが、現在は息子に店を譲り、既に引退していた。
ハロルドが重たい腰をあげたのは、メドウスと顔見知りだったから。
錬金と鍛冶という仕事上の付き合いだけではない。彼は、メドウスの師バルサラの数少ない親友の一人だったのだ。




