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ドラゴンは血を吐き、地に突っ伏した。ヒューヒューと風が喉を抜ける音が聞こえた。
既に虫の息だ。ハルバードを通し、腕を熱いものがたどってくるのがわかる。これがドラゴンのマナだろうか。しかし、呑気に回収しているつもりもない。
瞳に刺さった剣を引き抜く。
後はワームか。
鉛のように重たい体に鞭打って、手の届くところから始末する。あらかた片付けたところで、ラトルに索敵を頼む。
クリアです。
その声を聞き、ようやく安堵のため息が漏れる。
いつの間にか、メドウスが坂の上から降りてきていた。
「ノゾミ、足を引っ張ってごめん」
メドウスは目を合わせようとせず、じっとうつむいたままだ。こんな時にどうすればいいのか、ノゾミにはわからない。ラトルに聞いてみようかとも思ったが、それはそれでずるい気もする。
とりあえず直接答えず、心からの笑顔で感謝する。
「助かったわ、あなたのおかげで勝てたの」
本心だ。足を引っ張られたなんて少しも思っていない。そもそも、役に立ったかどうかなんて議論に意味はあるのだろうか。一緒に戦った、その事実がすべてだった。
「帰ろう」
ノゾミが手を差し伸べると、メドウスはようやく、少しだけ笑った。
「ところでー、このデカブツをどうやって持って帰るつもりなんですか?」
ラトルのセリフに、ノゾミは意地悪く笑った。
声を張り上げる。
「グレン、見てるんでしょ。運ぶのを手伝いなさい」
しばらくの沈黙の後、遠くから声がした。
「知ってたのかよ、抜け目ねえな」
グレンは頭を掻きながら姿を現す。
左半身が消えたままの不自然な姿。例のマントを肩にかけているのだろう。
ラトルはぎょっとした。グレンが隠れていたことにではなく、ノゾミがそれを知っていたことに。
これだから人間は不思議なのだ。低性能のセンサしか持っていないのに、回りの状況を把握する。予測しかできないことに対し、あたかも観測済みのように、確信をもって行動する。
それにしても、本当に高性能なマントだ。距離が離れていたとはいえ、ラトルのセンサ―類は少しも反応していなかった。
あらためて感心するとともに、グレンに対する警戒レベルを引き上げる。万が一敵として対峙した場合、どうするか。対策を考えておかねばならない。
ドラゴンの死体を起こし、巨体に足をかけてハルバードを引き抜く。ドロドロの血液がノゾミの足を汚す。
持ってきた布とロープで手早く死体をくるみ、縛っていく。かなり重たいが、アーマーを補助モードにしてグレンの手伝いがあれば、何とかなるだろう。
荷造りをしながらグレンが聞く。
「で、子供はやらないのか? むしろそっちが目的だぞ」
「あ」
戦いに夢中で、本気で忘れていた。
頭上の巣を眺める。ノゾミよりも小柄な三匹の幼竜。母親を殺した相手を見て、何を思っているのか。
ノゾミはメドウスの腕を軽く引っ張った。メドウスは、ノゾミが泣きそうな顔をしているのを初めて見た。いたたまれなくなり、思わず口から出る言葉。
「帰ろうか」
それを聞き、ノゾミは嬉しそうに言う。
「仕方ないわ。依頼は失敗ね」
吹っ切れたような、さわやかな声だった。
グレンは呆れている。めんどくさそうに言う。
「飢え死にするぜ。ひと思いに殺してやる方が、情け深いと思うがね」
もっともなセリフだった。その行為が単なるエゴだということくらい、ノゾミもわかっている。
突如、黒い影が落ちる。
雲ではない。頭上を、新たなドラゴンが舞っていた。
即座に武器を手に取り警戒する。が、奴の狙いは残された幼竜だった。
羽ばたいて巣に近寄ると、ヒナの一匹を咥え空へ連れ去る。きいきいとやかましい悲鳴。それもガリっという嫌な音が聞こえるまでのことだった。
満足そうに巣を眺め、餌がまだ残っていることを確認する。
食べ残しを宙に放り投げると、再度巣に狙いを定め、滑空する。
グレンが淡々とした動作で狙撃銃――ラストカーレスを構える。発砲。
ろくに狙ったようには見えなかったが、ドラゴンは綺麗に右目を打ち抜かれていた。見えない手にわしづかみにされるように、墜落する。
ドラゴンは岩に手をかけてよろよろ起き上がると、ゆっくりと山の向こうに消えていく。
「依頼は失敗なんだろ?」
グレンは事も無げに言い、帽子を被り直す。
「いいとこあるじゃん」
ノゾミが茶化したが、返事はない。
照れてんの? ノゾミは歩きながら、なおもしつこくグレンをからかった。
船で待っていたザーコフは、帰ってきたノゾミらをねぎらい、肉と水を出してくれた。疲れ切っていた二人は、少しかじっただけで、そのまま眠りにつく。
夜中、船の揺れで少しだけ目が覚めた。
隣にドラゴンの死骸をくるんだ布が乗っているのを確認すると、再びすぐに目を閉じた。




