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Future in an oblong box  作者: 鳴海 酒
第10話 ドラゴンの島へ
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10-8


 ドラゴンは血を吐き、地に突っ伏した。ヒューヒューと風が喉を抜ける音が聞こえた。

 既に虫の息だ。ハルバードを通し、腕を熱いものがたどってくるのがわかる。これがドラゴンのマナだろうか。しかし、呑気に回収しているつもりもない。

 瞳に刺さった剣を引き抜く。


 後はワームか。

 鉛のように重たい体に鞭打って、手の届くところから始末する。あらかた片付けたところで、ラトルに索敵を頼む。

 クリアです。

 その声を聞き、ようやく安堵のため息が漏れる。


 いつの間にか、メドウスが坂の上から降りてきていた。

「ノゾミ、足を引っ張ってごめん」

 メドウスは目を合わせようとせず、じっとうつむいたままだ。こんな時にどうすればいいのか、ノゾミにはわからない。ラトルに聞いてみようかとも思ったが、それはそれでずるい気もする。

 とりあえず直接答えず、心からの笑顔で感謝する。

「助かったわ、あなたのおかげで勝てたの」

 本心だ。足を引っ張られたなんて少しも思っていない。そもそも、役に立ったかどうかなんて議論に意味はあるのだろうか。一緒に戦った、その事実がすべてだった。


「帰ろう」

 ノゾミが手を差し伸べると、メドウスはようやく、少しだけ笑った。

「ところでー、このデカブツをどうやって持って帰るつもりなんですか?」

 ラトルのセリフに、ノゾミは意地悪く笑った。

 声を張り上げる。

「グレン、見てるんでしょ。運ぶのを手伝いなさい」

 しばらくの沈黙の後、遠くから声がした。

「知ってたのかよ、抜け目ねえな」

 グレンは頭を掻きながら姿を現す。

 左半身が消えたままの不自然な姿。例のマントを肩にかけているのだろう。


 ラトルはぎょっとした。グレンが隠れていたことにではなく、ノゾミがそれを知っていたことに。

 これだから人間は不思議なのだ。低性能のセンサしか持っていないのに、回りの状況を把握する。予測しかできないことに対し、あたかも観測済みのように、確信をもって行動する。

 それにしても、本当に高性能なマントだ。距離が離れていたとはいえ、ラトルのセンサ―類は少しも反応していなかった。

 あらためて感心するとともに、グレンに対する警戒レベルを引き上げる。万が一敵として対峙した場合、どうするか。対策を考えておかねばならない。


 ドラゴンの死体を起こし、巨体に足をかけてハルバードを引き抜く。ドロドロの血液がノゾミの足を汚す。

 持ってきた布とロープで手早く死体をくるみ、縛っていく。かなり重たいが、アーマーを補助モードにしてグレンの手伝いがあれば、何とかなるだろう。

 荷造りをしながらグレンが聞く。

「で、子供はやらないのか? むしろそっちが目的だぞ」

「あ」

 戦いに夢中で、本気で忘れていた。

 頭上の巣を眺める。ノゾミよりも小柄な三匹の幼竜。母親を殺した相手を見て、何を思っているのか。


 ノゾミはメドウスの腕を軽く引っ張った。メドウスは、ノゾミが泣きそうな顔をしているのを初めて見た。いたたまれなくなり、思わず口から出る言葉。

「帰ろうか」

 それを聞き、ノゾミは嬉しそうに言う。

「仕方ないわ。依頼は失敗ね」

 吹っ切れたような、さわやかな声だった。

 グレンは呆れている。めんどくさそうに言う。

「飢え死にするぜ。ひと思いに殺してやる方が、情け深いと思うがね」

 もっともなセリフだった。その行為が単なるエゴだということくらい、ノゾミもわかっている。


 突如、黒い影が落ちる。

 雲ではない。頭上を、新たなドラゴンが舞っていた。


 即座に武器を手に取り警戒する。が、奴の狙いは残された幼竜だった。

 羽ばたいて巣に近寄ると、ヒナの一匹を咥え空へ連れ去る。きいきいとやかましい悲鳴。それもガリっという嫌な音が聞こえるまでのことだった。

 満足そうに巣を眺め、餌がまだ残っていることを確認する。

 食べ残しを宙に放り投げると、再度巣に狙いを定め、滑空する。


 グレンが淡々とした動作で狙撃銃――ラストカーレスを構える。発砲。

 ろくに狙ったようには見えなかったが、ドラゴンは綺麗に右目を打ち抜かれていた。見えない手にわしづかみにされるように、墜落する。

 ドラゴンは岩に手をかけてよろよろ起き上がると、ゆっくりと山の向こうに消えていく。


「依頼は失敗なんだろ?」

 グレンは事も無げに言い、帽子を被り直す。

「いいとこあるじゃん」

 ノゾミが茶化したが、返事はない。

 照れてんの? ノゾミは歩きながら、なおもしつこくグレンをからかった。


 船で待っていたザーコフは、帰ってきたノゾミらをねぎらい、肉と水を出してくれた。疲れ切っていた二人は、少しかじっただけで、そのまま眠りにつく。

 夜中、船の揺れで少しだけ目が覚めた。

 隣にドラゴンの死骸をくるんだ布が乗っているのを確認すると、再びすぐに目を閉じた。


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