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Future in an oblong box  作者: 鳴海 酒
第10話 ドラゴンの島へ
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10-6


 マジックが直撃すると同時に、ノゾミはロープを投げつける。

 出し惜しみはなしだ。アーマーのスキルも使いつつ、体重をかけて巨体を一気に押し込む。

 ぐらついた体を支えようとした太い足が、ずるずると滑り始める。メドウスの二発目のマジックがドラゴンの足元を穿つ。

 脆い岩が砕け、ドラゴンは崖を転がるように落ちていく。

 ノゾミはハルバードを取ると、宙を舞うように追いかけた。


 崖下でドラゴンは低いうなり声を上げる。威嚇の段階はとうに過ぎている。

 砂埃をまき散らしながら、羽ばたきとともに強引にロープを振りほどく。かまわない、奴を引きずり落した時点で役目は済んでいる。

 自由を得たドラゴンは、迫るノゾミに向かっていきなり炎のブレスを吐き出す。

 マナが通った熱波。マジックと言うにはあまりに荒々しい吐息。

 直前で回避するものの、頬がひりつく。毛先が焦げたかもしれないな。ノゾミは呑気に考えながら、ハルバードを横なぎに振る。回避の勢いをそのまま乗せた、力任せの一撃は、ドラゴンの脇腹にめり込んだ。

 翼がノゾミの頭上に迫る。強引に叩き潰すつもりか。

 ノゾミは舌打ちをして地面を蹴り、翼は空を切る。

 奴の筋肉がどれだけの厚さか知らないが、先程の一撃でも、あまり効いているようには見えない。

 ブレスが再度ノゾミを襲うが、メドウスが横から相殺する。二つの炎がドラゴンの口元で混じり合い、火花をまき散らす。

 低い鳴き声。振り回される翼が邪魔で、懐には入れそうにない。

 砂埃の向こうで金色の瞳が蠢くのが見えた。ばさり、と翼が大気を打つ。

 構え直すノゾミだったが、ドラゴンが狙ったのはメドウスだった。何度も横から邪魔されたことで、そうとう頭にきたらしい。


 しまった。

 ノゾミの脊椎が凍った。わずか数度の羽ばたきで、一気に距離が詰められる。

 血の気が引いた体を無理やり動かす。駆ける。ハルバードが重たい、こんなの捨てていくべきか。

 耳元で甲高い警告音。うるさい、見ればわかる。

 ラトルの声もするが、まるで水の中にいるように、ぼんやりとしか聞こえない。


 焦るノゾミとは対称的に、メドウスは落ち着いていた。まずは下がることで、爪などによる攻撃範囲からなるべく遠ざかる。

 ドラゴンは宙からブレスを見舞う。

 そうだ、距離が開けば当然ブレスを吐く。わかっているならば、対処はできる。

 メドウスは右手を前に、左手を横に構え、マナを循環するように流した。ラトルの指導通りに。ブレスは方向を逸らされ、空間を削りながら飛散していく。

 少々の火傷など必要経費だ。予想以上の効果に、メドウスは痛みどころか強い高揚を覚えていた。

 もっと試してみたい。自分の体を、技術を。

 メドウスはノゾミの気持ちがわかった気がした。戦いそのものを楽しいと思ったのは、その時が初めてかもしれない。


 ブレスを避けられたドラゴンは、さらに不機嫌になっていた。

 大地に降り立つと、掴むのも面倒だとばかりに、大口を開けてメドウスに迫る。

 間一髪で、ノゾミが両者の間に滑り込む。

 メドウスを弾き飛ばしつつも、真正面から迫る咢にハルバードをぶち当てる。

 まるで金属同士がぶつかったような音が響いた。耳の中に鉄棒でも突っ込まれたような気分だ。マジックモーメントもスキルも全開で起動していたが、それでも圧倒的な体重差の前には分が悪い。

 しかし、それだけでは終わらなかった。

「ノゾミさん、そっちじゃない! 後ろを!」

 ラトルの慌てた声が届く。この状況で返事ができるわけがない。

 ノゾミは歯を食いしばりつつ、なんとか左腕からレーザーを打った。照準など知ったことか。ドラゴンは大きく広げた口内を焼かれ、後ずさる。

 今しかない。柄を軸に回転し、顎に蹴りをぶち当てる。ダメージとしては微々たるものだが、時間はできた。


 振り返り、息をのむ。

 メドウスは倒れていた。無防備に、瞳を閉じて。その横には、うねうねと動く、灰色の蛇が直立していた。

 ここにきて惜しんでいる暇はなかった。急いで煙幕を取り出す。ベーメンで買った安物ではなく。

 PK-37を放り、替わりにメドウスを小脇に抱える。

 蛇と思っていた生物の先が、イソギンチャクのように裂けて開いていく。赤い内臓のようなものが露出。


 見えたのはそこまでだ。煙に遮られる。

「高いところ、風のある場所へ! 急いで!」

 ラトルの声でやっと異臭に気付く。

 火山ガス? まさか、そうだとしても、倒れるのが早過ぎる。

 早く薬を! ラトルが泣きそうな声で呼びかける。

 わかってる。

 腰から錠剤を取り、メドウスをひっぱたく。起きる気配はない。メドウスの顔を持ち上げ耳を寄せると、弱いながらも呼吸音がする。

 錠剤を自ら噛み砕く。カラメルをまき散らしたような濃厚な甘味。口移しでメドウスに、唾液ごと流し込む。


 ドラゴンの咆哮と羽ばたきが聞こえる。

 メドウスを庇うように胸元に引き寄せる。咳き込む音が聞こえ、少しだけほっとする。

「スカーレットチューブだ、毒を吐く、ごほっ」

 メドウスが呻きながら教えてくれる。

 唾は飲まずに吐きなさい。それだけ伝えると、立ち上がる。

「ラトル、サポートお願い。本気で殺しにいくわ」

「わかってます」


 ここから後ろには、一歩も通すつもりはない。

 ノゾミの目の中で黒い炎が揺らめいた。


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