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早朝とは名ばかりで、まだ暗闇が支配する時間だ。三人の冒険者は船に乗り込む。船長が確認の声をかけ、船は港を離れた。
墨を溶かしたような海を見ていると、ふらふらと自分から飛び込んでしまいそうな怪しい魔力を感じてくる。
昨日のことだが、ノゾミは船長に聞いた。夜に船を出すのは危険ではないかと。返ってきた答えはシンプルだ。夜の海のほうがまだ、ドラゴンよりは安全だと。
ねえメドウス。声をかけたが返事は無い。早々に眠りに落ちてしまったようだ。
彼はもともと研究者である、ここ数日の旅でずいぶん疲れがたまっていたとしても、無理はない。ノゾミは優しい目でメドウスの寝顔を見ると、体が冷えないよう、そっと手持ちの毛布を掛けてやった。
景色を楽しむこともできず、すぐに退屈が押し寄せる。
ノゾミはグレンの隣に腰を下ろす。今のうちに分け前についての話をしておこうと思ったものの、どう切り出そうか迷っていた。
「……何か用があったんじゃねえのか?」
グレンの方から声をかけてくる。気遣いというよりは、寄ってくる犬を追い払うようなものだろう。
「うん、ドラゴンの素材のことなんだけどさ」
「お前らの好きにしろ、俺は戦わん」
グレンはそれだけ言うと、大あくびをした。
その申し出は二重の意味でありがたい。ノゾミの目的はどちらかといえばドラゴンとの戦闘自体だったし、ドロップアイテムも問題なく手に入る。
しかし、腑に落ちない。
ノゾミの怪訝な視線が鬱陶しかったのか、グレンは面倒そうに口を開く。
「メイの旦那からは何も聞いてないのか?」
「知り合いの冒険者に案内を頼んだ、って」
「そうだ、俺が頼まれたのは、お前らの案内だけだ。ドラゴンを倒しに行くつもりだから、戦い以外の部分を助けてやってくれってな」
なるほど、それで新米冒険者への講習をするように、旅のルートや大きめの船を手配したりするなどしてくれていたのか。
確かにメイから聞いたのは、案内人という表現だった。ノゾミは今更ながら気が付いた。
お人好しめ。こちらの冒険者としてのマナを知っている彼だ、そういった部分の経験不足に不安を感じての計らいなのだろう。プラチナタグ持ちということも合わせて考えると、戦い抜きとはいえ、そこそこ以上の金額を支払っているであろうことは容易に想像できた。
目の前の男が新米冒険者だったころを想像してみる。なんだかんだで面倒見も良いし、悪いやつではないのだろう。口はクソ悪いが。
グレンは寒いのか、身を震わせて小瓶を傾けた。つられるようにノゾミも膝を抱き寄せ、その上に顎を乗せる。
「あんたのことだから、酒樽ごと積み込むかと思ってたわ」
「荷物に空きがあればそれでもいいが、武器より優先しようとは思わん」
意外にも真面目な返事が返ってきた。
「なんだ、仕事中は飲まないとか、そういうのかと思った」
「最初はそうしてたがな、いつの間にかうやむやになった。人間ってのはぶれるもんだ」
少しの沈黙。
グレンは星を見上げ、聞く。
「飲むか?」
「いただくわ」
ノゾミには強めの酒だった。ふー、と息を吐きながら整える。
しばらくしてグレンは再度ノゾミに話しかける。
「ドラゴンを狙ってんだろ? 間引きじゃなく、成竜の方を」
返事は無かった。ノゾミは既にうとうとと眠りに入りかけていた。




