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テングの件で寄り道はしたものの、予定通り次の日の夕方には、目的地のリブロ・ハルボルへとたどり着いた。
島へ渡るのは明日の朝だが、それまでにやることを済ませておかないといけない。
おそらく以前も同じように島へ渡ったことがあるのだろう。グレンは手慣れた様子で地元の漁師と交渉し、漁船を一隻借りてきた。
話をまとめると、さっさと荷物を積み込むように急かしてくる。
「三人にしては大きめの船を選んだのね」
「お前さん、手ぶらで帰るつもりか? 魚に食わせるには過ぎたエサだぜ」
意味が分からず、ノゾミはきょとんとしている。メドウスが説明する。
「モンスターの死体はいい素材になるのさ。マナをたくさん吸った牙や皮は、武器に加工した後もマナを通しやすくなる。例えば攻撃力が増したり、炎を弾いたりね。特にドラゴンは長生きだし、たくさん獲物を殺すだろ。他のモンスターよりずっと多くのマナを吸ってるんだ」
「へえ。死体からはぎ取ってアイテムを作るなんて、本物のゲームみたいね」
ノゾミはドラゴンの牙で作られた武器の威力を想像してみる。あのテングの体を貫くこともできたのだろうか?
モンスターの素材を使った武具自体は、今までも武器屋などで見かけたことはある。大抵値段の桁が違うので、実用ではなく装飾や儀礼の類だと思っていた。
「おい、本当にこいつ、ギルドに登録してるのか?」
グレンは今更な説明に呆れている。無理もない。完全にバカにした顔を見て、ノゾミがなにやら言い返す。
わいわいと騒ぐ三人の横で、ラトルは全く別のことを考えていた。
マナを通しやすくなる、だって?
グレンと別れ、宿に向かう道中。ラトルはある提案をする。うずうず逸る気持ちを止められないといった様子だ。
「ノゾミさん、今回の分け前として、ドラゴンの牙はメドウスさんにいただけませんか? 作ってみたいものがあるんです」
「別にいいんじゃない? あの酔っ払いが文句を言わないなら、だけど。まあ、あいつには貸しがあるし、なんとかなるわよ」
まるで夕飯を決めるような返事だった。貸しとはテングのマントの件である。
「ちょっと待ってよ、あれがどれだけ高価な素材か知らないの?」
メドウスは驚いたように止めるが、付き合ってくれたお礼だと言ってノゾミは取り合わない。
相場は知らないけれど、かなりの高値であることくらいはノゾミにも予想がついている。ドラゴンには興味があっても、金銭へのこだわりが特にないだけだ。
ああ、作られた武器には興味があるな。何を作るか知らないが、一番に見せてくれればそれでいい。そうノゾミは付け加える。
時間は戻るが、先日、ラトルとメドウスはある実験を行った。
マナの存在を知ってからというもの、その特性についてラトルは様々な考えを巡らせていた。ヘッドセットが二つあるのをいいことに、ノゾミがいない時間もメドウスと色々な話をしていた。
「じゃあメドウスさん、言った通りにこの杖にマナを流してもらえますか?
メドウスの前には、二本の杖が縦に並べて置いてある。杖の上には、細くて丸い棒が横に、橋のようにかけられていた。ちょうどアルファベットのHの形だ。杖も棒も、同じマナを通しやすい材質でできている。
メドウスは両手でそれぞれの杖の根元を持つと、集中してマナの動きをイメージする。右手から杖を通り、横棒を経由し、左手に戻る。体を通り抜け、また右へ。そう、ちょうど輪を描くように。点ではなく、一本の線が連なって動くようなイメージを。
棒は、転がった。手も触れずに、思った以上の勢いで。
「へー、こんなことが起きるなんて初めて知ったよ。ラトルって面白いことを知ってるんだね。何か名前はついてるの?」
その無邪気さがひたすらうらやましい。メドウスにとっては、ちょっとした手品を見せられた程度の感覚なのだ。
「そうですねー、疑似ローレンツ力ってとこですか」
ラトルは震えそうになる声を抑えて答える。
ラトルはショートしてしまいそうなくらいの感動を覚えていた。
これが世に出たら、産業革命レベルのブレイクスルーが起きてもおかしくはない。何も大げさな話ではないはずだ。なんて素晴らしい、いや、なんて恐ろしい可能性を発見してしまったのだろうかと。
そして、警戒すべきは、これを先に発見して隠匿した者がいるという事実だ。
「まあいいでしょー、トラブルの解決はプレイヤー様に任せましょう」
オレンジ色は楽観主義者の色なのだ。ラトルは次の実験を考え始める。




