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Future in an oblong box  作者: 鳴海 酒
第9話 きっちょむさん
39/91

09-9

 

 ノゾミの投げるロープが、また一つテングの足に絡みつく。メドウスは知らなかったが、それはボーラと呼ばれる地球の武器だった。

 ロープの先にいくつかの重石を取り付けただけの簡単な武器だが、手足の長いテングとの相性は最高だった。

 ロープを切ろうと必死にもがくが、当然、腕と首は真っ先に封じられている。たまにあげるおたけびは威嚇のつもりだろうか、ノゾミは全く意に介さずに、次のボーラを手に取った。


 ここまではいいのだが、やはり決め手に欠いていた。

 試しに一度、モーニングスターのように重石部分を思いきりぶつけてみたが、小さなへこみが一つできただけ。力任せにハルバードで殴りかからなくて正解だった。

 他にもハンマーなども持ってきたが、まだ攻撃に使うつもりはない。


「ここからどうするんですかー? 狙ってた岩がある場所まで、あと少しですけど」

「うん、足の縄をを少しほどいてみようか。うまく移動してくれればいいけど」

 これでは戦いというより狩りじゃないか。メドウスは淡々と作業を進めるノゾミに寒気を覚えた。

 メドウスの頭の中には、攻撃してダメージを与えることしかなかった。それが適わなかった場合は撤退くらいのものだ。

 けれどもノゾミは、無力化するというまったく別のアプローチを見せた。しかも村にある普通の道具を工夫するだけで、いとも簡単に。その発想の幅が、実現させてしまう頭脳が、メドウスは恐ろしかった。

 同時に自分の矮小さも感じてしまう。陰謀を暴きたいと思うだけで、何も動いていない自分が恥ずかしくなる。

 本当に考えたのか? 本当に何もできることは無いのか? 心の中でもう一人の自分が、メドウスを問い詰めていた。


 ノゾミは一人で考え込むメドウスをよそに、嬉々としてテングを追い詰めていた。無惨にも二足歩行を強いられたテングは、川辺の影の下へよたよたと吸い込まれていく。その頭上には、アーチ状の石橋があった。

「ラトル、スキルを!」

「はいはーい。スキル使用、パワー+1。効果時間のカウントを開始します」


 カウントを待たずにボーラを放つ。まずは一撃、軽快な風切り音がこだまする。

 ノゾミはボーラを投げると同時に、ハンマーを片手に跳ねるように岩を蹴り、一息に崖を駆けあがった。マジックモーメントに脚部のバーニアも追加する。

 後ろでバシャバシャと激しい水音が聞こえる、テングが倒れた音であってくれと願う。

 ノゾミはハンマーを大上段に構えると、渾身の一撃を、アーチの根元の岩へと振り下ろした。


 ガアン。長く響く、爆発のような轟音。ハンマーの先は完全に折れて、岩にきれいな亀裂が入っていた。飛びのくノゾミ。森全体が騒がしくなる。


 待っていた崩落は、起こらなかった。


「何やってんだ、あいつ」

 離れたところで戦いを見物していたグレンは、思わずつぶやいた。

「おもしれえ戦い方しやがると思ってたが、やっぱりただの馬鹿か?」

 手を貸すつもりはさらさらなかった。あの程度は一人でも何とかする。その程度の信頼は持っていた。

 まあいいさ。見たいところは見た。グレンは肩にかけていたテングのマントをかぶり直すと、村へと、酒場へと戻っていった。


 ラトルはそっと聞く。やけに丁寧な口調が忌々しい。

「あのー、もしかして石橋を落とそうとしたんですか? そのちっぽけなハンマーで?」

「……うっさい」

「だいたい殴って石橋を落とせるなら、直接殴りつけたほうが早かったんじゃないですか? チタン製のボディでもひとたまりもないですよ、たぶん」

「うっさいって言ってるでしょ」

 ノゾミの顔は赤く火照り、下を向いたままぷるぷる震えている。どうやら本気で恥ずかしかったようだ。


「だいたい、わかってたんなら先に言えば良かったじゃない!」

 ノゾミは大声を出す。少しはすっきりしたようで、川原の岩の一つに手をかける。高さは三メートルほど。岩の向こうには、いまだもがき続けるテングがいた。

 再びマジックモーメントを使う。今度は腕に。

 岩はゆっくり傾いていき、じきにふらふらと重力との綱引きを始める。そのままさらに押し込むと、岩は逆方向へと倒れていった。

 金属のへしゃげる音とともに、バチバチと何かが弾ける音が連続する。煙と樹脂の焼ける臭いが漂う。


 ――どむん。


 こもった爆発音がした。それを最後に、テングはついに息絶えた。


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