09-7
最高の羊を送ってくれた相棒に、グレンは感謝した。
欲していたのは単なる生贄ではなく、対戦相手だった。手に持つべきものは葡萄酒でも花飾りでもなく、銃であるべきだ。いや、酒はやっぱり必要だな。だがそれくらいなら、こちらで用意してやるさ。
靄がかかった頭で思いだす。
テングとの折衝の時、ノゾミは確かにヘッドギアのディスプレイを使っていなかった。モニタは狙った通りに死んでいるのだろうか。こみ上げる吐き気をごまかすために、唾を吐く。
あいつは、そうだ、あいつは叫んだあと、消えた敵を見えているかのように剣を振った。いや、違う。それはあの坊ちゃんがマジックを使った後じゃなかったか。水で、奴の迷彩がスパークして。
じゃあなぜマジックが命中した? そう、やはりあの女だ。あの女は、何かしらの形で情報を得ている。
結論を出す。
まだ早い。じっくり待つべきだ
脳みその中でチカチカと明りが灯る。声がした。明日の朝にはどうせ忘れているのに、無駄なことを。
反論する。それでも構わないさ、もう一度同じロジックを組み立てて、もう一度同じことをつぶやくのだ。さもそれらしく。
メドウスは、ノゾミがベッドから起き上がる音で目を覚ましていた。声をかけようかと迷っているうちにノゾミは出ていく。
ヘッドセットを置いていくなんて、珍しいこともあるものだ。
そのままぼんやりとまどろむ。自然と浮かんでくるのは、ドタバタとした最近の毎日。
どちらが転機だったのだろうかと、たまに考えることがある。師の書斎に呼ばれたあの夜と、ノゾミに声をかけたあの時と。
「ラトル、ねえ、起きてるかい?」
気まぐれに、小さな相棒に声をかけてみる。はーい、どうしました? すぐに明るい声が返ってくる。
「別に用があるわけじゃないんだけどさ。 ……ふと思うことがあるんだ、こんなに楽しくていいのかなって」
「はいはい、人生相談ですね。人間の考えることはよくわかりませんねー。楽しいのなら、いいじゃないですか?」
ラトルの言うことはもっともなのだろう。けれど、やはりそう簡単に割り切れはしない。
メドウスがバルサラに弟子入りしたのは、五年ほど前のことだ。
メドウスは、自分には錬金術師としての才能が無いと考えていた。 例えば、研究を進める時の勘のようなもの。または、行き詰ったときの閃き。そういったものが決定的に欠けていると感じていた。
ただ、努力でそれを埋めようとして何でも前向きに取り組んでいたし、間違えても次に生かすために、記録をまめに残したりもしていた。何より根気があった。
結果、二人はどの師弟よりも多くの言葉を交わしてきた。
そんな師を失ったというのに、意外に平気なのだ。悲しんでいないわけではないのだが、喪失感があまりないのだ。
原因は考えるまでもなかった。ふとした瞬間に、彼女の横顔を追っていることに気付く。
「早い話が、仇も討たずにふらふら遊んでるのが、時折後ろめたくなると」
ノゾミがいなくても、ラトルの物言いは相変わらずだった。痛いくらいに的確な要約。
はー、と可愛らしいため息が聞こえた。
「ノゾミさんには決して言わないって約束できますか?」
「え? ああ、もちろん」
「もしその、お師匠さんについての隠された秘密が知りたいなら、コーディネーターと呼ばれる人物を探してみてください」
「コーディネーター?」
「調停者、と言う意味です」
メドウスの瞳の色が変わる。乾いた喉にむりやり唾を飲み込む。
なぜそんなことを言ってしまったのか、ラトル自身もわからなかった。これは重大な違反だし、禁忌事項である。プログラムの塊である自分がそんなミスをするなんて。
「それが、その人物が何を知っているんだい?」
「さあ。そもそもこの星にコーディネーターがいるのかいないのか、それもわかりません。ただし、いたならば、必ず何かを知っています」
静寂。部屋の温度が急に下がった気がした。身震いをして毛布をかぶりなおす。
ラトルは、重ねて注意した。
「この話はノゾミさんには絶対にしないでくださいね。性格的に、必ず首を突っ込もうとしますし」
「わかってる」
「守ってくださいね、ノゾミさんのこと」
顔が熱くなるのを感じ、メドウスは枕に顔を埋めた。
「いいんですか、あんなお転婆さんで。ほら、オーラちゃんとか宿屋のマレーンちゃんとか、もっと可愛い子はたくさんいるじゃないですか」
そう言うラトルは、いつもの口調に戻っていた。野原を転がるような明るさに誘われ、メドウスは素直に答える。
「僕は、ノゾミを守りたい」
それだけ言ってしまった後で、照れながら付け加える。
「守ってもらうのはあんまり好きじゃないだろうけど」
「さっきと逆のことを言いますけどー。ノゾミさんを狙うなら、守るとかよりもっと別の、メドウスさんの長所で勝負した方がいいと思いますよ。例えばほら、頭脳面とか」
話はそこで打ち切られた。廊下を歩く足音が聞こえてきたのだ。
暗闇の中で、メドウスは天井を睨んでいた。眠気は完全にどこかへ行ってしまっていた。
初めて見つけた、具体的な手がかり。そして、ラトルの口ぶり。
メドウスはぼんやりと考えた。
今回の依頼が片付いたら、ノゾミの故郷であるラハムという村を目指してみよう。
聞いたことのない場所から来た、見たことのない武器を使う冒険者。彼女は賢くて色んな知識を持っているのに、僕たちが当たり前に知っていることを知らない。
きっと鍵の一つはノゾミが握っているのだろう。直接答えを持っているわけではないかもしれないが、ノゾミのことを知っていくうちに、謎が解けていく気がした。




