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Future in an oblong box  作者: 鳴海 酒
第9話 きっちょむさん
34/91

09-4

 

 ああそうだ、ハンスのカフェで出されるミートパイだ。凝った模様の下に猿の脳みそを詰め込んだような、クソみたいなパイだ。

 やっと思い出せたことで、グレンは少しだけ気分が晴れる。


 何のことは無い、今のパーティーの話だ。

 腕利きの前衛に、ザコの群れを薙ぎ払う魔術師、それに加えて狙撃のできる銃使い。

 戦力的にはそこそこ以上が集まっているのだが、そろいもそろって秘密主義者ばかりの結果が、この針の筵のような雰囲気である。


 間接的とはいえ、ラトルも原因の一つだろうか。ラトルのことはグレンにはまだ秘密にしている。これからどうなるかはわからないが、今はまだ、不用意に存在を知られるべきではない。

 ただ、彼女のムードメーカーとしての役割は思った以上に大きかったらしく、ラトルが黙っているとノゾミとメドウスの間の会話まで減少していた。


 とりあえずの目的地である港町リブロ・ハルボルまで、馬で二日はかかる。島に着くのは最短で三日目だ。

 グレンは酒瓶に手を伸ばしたい誘惑に耐え、唾を吐く。

 馬は草原を南へと進む。じきに山道に入り、峠をいくつも越えなければならない。今のうちにスピードを上げて距離を稼いでおかねば。


 たまに現れるモンスターは、幸いにも小型から中型のものばかりだった。オウロ山でも出会ったシルバーウルフ。カーマインビーの群れに、子連れのサンタンエイプ。

 ノゾミは目を輝かすが、即座にメドウスがマジックを使って散らしていく。あまりのんびりもしていられない。夜の森は人のテリトリーではないのだ。


 三人は峠に入ってからもペースを落とさずに行軍した。縦列になり、紅葉が美しい川沿いの道を駆ける。

 馬車は通れないこの細道が、最短のルートだそうだ。

 なるほど、山の中を突っ切っていく強引な道だ。迷わない程度にはきちんと手入れされているのは、きっと定期的に行き来する旅人がいるせいだろう。

 この先の山深くに村があるらしい。ひとまずの宿場だ。


 ラトルが告げた。

「右の川岸に、倒れている人がいますね」

 樹々の隙間から確かに赤い服が見える。行き倒れか、盗賊の犠牲者か。

「川遊びの季節には、まだ早いわ」

 毒のある空気を吸い過ぎたのか、ノゾミは普段言わないようなセリフを吐く。メドウスが眉をひそめた。

「冗談よ。で、生きてるの?」

「さあ、近づかないことには何とも」

「行ってみるよ、何かあったのかもしれない」


 メドウスは二人に声をかけ、道を逸れる。草むらに強引に踏み込み、河原へと向かう。

 何かあったのかとグレンが聞く。

「人が倒れてたの。少し待っててくれる?」

「はっ、泳ぎたいんだろ、ほっとけよ」

 ノゾミの頬の筋肉がひきつる。


 メドウスは一足先に草むらを抜け、馬を適当な木につなぐ。しぶしぶ後に続くグレン。

 小走りで近寄るメドウスの先で、空間が裂けたように、虚空から突如刃が現れる。刃は舞うように空へと浮かぶと、メドウスの背後から肩をめがけて振り下ろされる。


「メドウス!」


 本来ならその一言が届く前に、すべてが終わっていたことだろう。

 空中に火花が舞い、山間に金属音がこだました。一瞬遅れ、ノゾミの美しい銀髪がふわりと巻き上がる。それがまだ重力と遊んでいる間に、ノゾミは走り出していた。

 グレンが構える銃から、一筋の白煙が立ち上る。


「ボケっとすんな、動け!」

 グレンが叫ぶ。

 ようやく我に返ったメドウスは狙いもつけずにマジックを放つ。反動で飛び下がるのと入れ替わりに、ノゾミが河原に躍り出る。

 狙いは虚空。

 剣を目一杯伸ばし当てずっぽうの横なぎを放つ。未だ漂う白煙が上下に裂けるが、手ごたえは無い。

「敵はどこ!?」

 叫んで見回すノゾミ。


 霧雨ほどのわずかな一瞬が引き延ばされる。ラトルだけの時間だ。いつものように電子回路の中で、センサーの出したそれぞれの数値を評価していく。

 目標右斜め前、二時方向。距離は三メートル。人間大の――おそらくロボットです。

 二人だけに、ラトルの声が届く。


「川にマジックを! 早く!」

 ノゾミは叫んだ。

 メドウスは少しためらうが、声に従い水の面を打つ。派手な音がして、砂利交じりの水があたりに飛び散った。


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