09-2
男はグレンと名乗った。メドウスはその名前に聞き覚えがあった。銃を使う冒険者、その中でも一番の使い手と噂される男だ。
キャトルマンをかぶり、長い革製のコートに身を包む。胸元から見える白いシャツ以外は、確かにノゾミの言う通り、全身茶色のコーディネートだ。
コートの下はいくつもの装備を隠しているようだが、その長い銃身は隠しきれない。
メドウスの錬金術師としての血が騒ぐ。
「グレンさん、それって銃ですよね。こんな長いのは初めて見ますけど」
ラトルとノゾミは、銃という単語に敏感に反応する。
「おう兄ちゃん、銃に興味あるのか?」
「はい! 僕はもともと錬金術を学んでいたんです、いくつか本物もみたことはありますけど、こんな立派なのは初めて見ました!」
その言葉を聞いて、グレンは嬉しそうに説明を始める。
意外と気のいいやつなのかもしれないとノゾミは思った。実際そうなのだろう、友人の紹介とはいえ、新米冒険者の危険な旅に付き合ってくれるのだから。
話が一段落するのを待ち、ノゾミは声をかける。
「いい加減に行くわよ、準備もしなきゃならないんだし」
「いつ出発するつもりだ?」
「三日後。朝、ギルドで待ち合わせましょう」
「ルートは?」
「海路を使いましょう」
セレーソ島は南の火山島だが、島と言っても東側は大陸と陸続きになっている。
島がある大陸南端は、南側が開いたコの字型の湾となっており、島はもともと湾の中にぽつんと浮かんでいたのだ。それが約100年ほど前、東側の火口から噴火。流れ出た大量の溶岩で、大陸とつながってしまった。
東側の溶岩の道を通るのが陸路であり、西から船で島へ渡るのが海路だ。
海路なら港がある町で補給も簡単だし、船が使えるぶん疲労も少ない。難点と言えば、そこまでの道が山道なこと。狭い上に起伏も激しいが、冒険者のような身軽な旅人なら、こちらのほうが断然早い。
ただし、町と言っても、そこは小さな港町だ。装備品に関しては、前もってベーメンで準備しておかなくてはならない。
ノゾミとメドウスは、相談しながらギルドを出ていく。
グレンは、ノゾミ達と別れると酒場へ行き、ウイスキーを注文する。
まずは一口だけ含むと、口の中へゆっくり染みていくのを待つ。グラスを傾け、琥珀色の液体がトロリと流動する様を眺める。
グレンは、出来が悪いグラスが好きだった。切子が入っていないグラスはクソだ。
傾けるたびに透ける光が歪むのを眺めながら、その粘り気を堪能するのだ。喉をどう流れ落ちていくかを想像し、それを確かめることのできる幸せを噛みしめる。
あと二日で、瓶でしか酒を飲めない日々が始まってしまう。
瓶も素晴らしいのだ。蓋を開けた瞬間に噴き出す空気は、アルコールにじっくり漬け込まれており、夕日のように鮮やかな色をしている。
けれど、それだけだ。
暗闇で女を抱くほど、つまらんこともない。それは、難しい言葉で”浪費”と言うんだ。無駄遣いだ。この楽しみを鼻だけが独り占めするなんて、俺は絶対に許さない。
思慮分別もなくなだれ込む、香、酒、酒、痺れ。
悪くない。自分で制御できないものというのは、しばしば人を甘く狂わせる。
神は死んだ、だったか。はるか昔に教わった、クソみたいな言葉だ。誰が言ったのかも覚えていないが、そいつは間違っている。
神が最初からいると思うから、そんな言葉を吐くことになるのさ。感謝だ、感謝をするために、自分らで神を創造しなければならないんだ。
グラスを掲げ、この星にもウイスキーがあることを、神に感謝する。
それにしても、とグレンは思った。
グレンにとってこの依頼は、難しくはあっても不可能ではない。割に合わないといった方がいいだろうか。
だが、あの女にとっては。
ノゾミの装備を思い出す。
あの程度の火力でドラゴン退治とか、舐めてんのか? 飛び道具は腕のFN-02のみ。グレンが知る型とは若干違うが、そもそもあの口径では出力が足りな過ぎる。
ハンドグレネードでも持っていれば別だろうが、まとめて吹き飛ばすような武器は、今回の依頼には不向きだ。
各種マスタリーを入れた鎧を装備しているのだ。倒せないにしろ、死ぬような心配はいらないだろう。本人がやる気なのだ、お手並みを拝見させてもらおう。
ただ、あの兄ちゃんは死ぬかもしれないが。
グレンはにやけながら、一人でグラスを掲げた。




